第二話 消えない模様
翌朝。
神谷透は、いつものようにスマートフォンの通知音で目を覚ました。
画面には昨夜投稿した動画の通知が並んでいる。
再生回数 48万回。
「……え?」
思わず見返した。
昨日まで数千回しか再生されなかったチャンネルが、一晩で何十倍もの再生数になっていた。
コメント欄は異様な勢いで更新され続けている。
> 「このチャレンジやってみたい!」
> 「机の模様どこで手に入るの?」
> 「最後に誰か映ってなかった?」
> 「気のせいだろ。」
> 「あと九十九日。」
最後のコメントだけ、名無しだった。
透は眉をひそめる。
「またか……。」
プロフィールを開こうとしても、投稿者情報は存在しない。
エラー画面が表示されるだけだった。
「バグか?」
そう呟きながら机へ向かう。
昨夜の配信で使った紙を片付けようとした、その時だった。
透の動きが止まる。
「……なんで。」
紙は白紙だった。
昨夜、確かに黒い模様を書いたはずなのに、一切残っていない。
しかし──
机にはあった。
木目の上に、黒い線がくっきりと浮かび上がっている。
「嘘だろ……。」
爪でこする。
消えない。
濡れた布で拭く。
消えない。
アルコールで拭く。
それでも消えない。
まるで最初から木に染み込んでいたかのようだった。
「こんなの聞いてないぞ……。」
その時、スマートフォンが震えた。
白石レナからのライブ配信通知だった。
透は配信を開く。
「みんな見てー!」
明るい声が響く。
「私もさ、この模様描いたんだけどさぁ。」
レナは笑いながら机を映す。
「全然消えないんだけど!」
コメント欄が一気に流れる。
> 「俺も!」
> 「うちも消えない!」
> 「特殊なインクじゃね?」
> 「仕様です。」
その一文だけ、名無しだった。
レナは冗談半分で笑う。
「まぁ、百日終われば消えるでしょ!」
その瞬間。
配信画面が一瞬だけ乱れた。
レナの背後。
カーテンの隙間に。
誰かが立っていた。
白い着物。
濡れた黒髪。
顔は暗くて見えない。
透は思わず画面を拡大する。
だが映像はすぐ元に戻り、レナは何事もなかったように話を続けている。
コメント欄も誰も触れていない。
「……俺だけが見えたのか?」
胸の奥がざわつく。
その日の夜。
二日目の配信を始める時間が近づいていた。
「今日はやめようかな……。」
そう思った瞬間だった。
頭の中に、誰かの声が響く。
> 「飲まなきゃ。」
透は周囲を見回す。
誰もいない。
> 「今日も飲まなきゃ。」
胸が締め付けられる。
心臓が速く打つ。
「違う……。」
「今日は休んでも……。」
そう言おうとしたのに、身体が勝手に動いた。
冷蔵庫を開け、日本酒を取り出す。
グラスを机に置く。
スマートフォンをセットする。
録画ボタンを押す。
まるで誰かに操られているようだった。
配信開始まで、あと十秒。
透は机の黒い模様を見つめる。
さっきまで一本だった線が──
いつの間にか、二本に増えていた。
部屋のどこからともなく、酒を注ぐ音が聞こえた。
──コポ……コポ……。
透は恐る恐る振り返る。
そこには、誰もいなかった。




