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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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2/15

第二話 消えない模様

翌朝。


神谷透は、いつものようにスマートフォンの通知音で目を覚ました。


画面には昨夜投稿した動画の通知が並んでいる。


再生回数 48万回。


「……え?」


思わず見返した。


昨日まで数千回しか再生されなかったチャンネルが、一晩で何十倍もの再生数になっていた。


コメント欄は異様な勢いで更新され続けている。


> 「このチャレンジやってみたい!」




> 「机の模様どこで手に入るの?」




> 「最後に誰か映ってなかった?」




> 「気のせいだろ。」




> 「あと九十九日。」




最後のコメントだけ、名無しだった。


透は眉をひそめる。


「またか……。」


プロフィールを開こうとしても、投稿者情報は存在しない。


エラー画面が表示されるだけだった。


「バグか?」


そう呟きながら机へ向かう。


昨夜の配信で使った紙を片付けようとした、その時だった。


透の動きが止まる。


「……なんで。」


紙は白紙だった。


昨夜、確かに黒い模様を書いたはずなのに、一切残っていない。


しかし──


机にはあった。


木目の上に、黒い線がくっきりと浮かび上がっている。


「嘘だろ……。」


爪でこする。


消えない。


濡れた布で拭く。


消えない。


アルコールで拭く。


それでも消えない。


まるで最初から木に染み込んでいたかのようだった。


「こんなの聞いてないぞ……。」


その時、スマートフォンが震えた。


白石レナからのライブ配信通知だった。


透は配信を開く。


「みんな見てー!」


明るい声が響く。


「私もさ、この模様描いたんだけどさぁ。」


レナは笑いながら机を映す。


「全然消えないんだけど!」


コメント欄が一気に流れる。


> 「俺も!」




> 「うちも消えない!」




> 「特殊なインクじゃね?」




> 「仕様です。」




その一文だけ、名無しだった。


レナは冗談半分で笑う。


「まぁ、百日終われば消えるでしょ!」


その瞬間。


配信画面が一瞬だけ乱れた。


レナの背後。


カーテンの隙間に。


誰かが立っていた。


白い着物。


濡れた黒髪。


顔は暗くて見えない。


透は思わず画面を拡大する。


だが映像はすぐ元に戻り、レナは何事もなかったように話を続けている。


コメント欄も誰も触れていない。


「……俺だけが見えたのか?」


胸の奥がざわつく。


その日の夜。


二日目の配信を始める時間が近づいていた。


「今日はやめようかな……。」


そう思った瞬間だった。


頭の中に、誰かの声が響く。


> 「飲まなきゃ。」




透は周囲を見回す。


誰もいない。


> 「今日も飲まなきゃ。」




胸が締め付けられる。


心臓が速く打つ。


「違う……。」


「今日は休んでも……。」


そう言おうとしたのに、身体が勝手に動いた。


冷蔵庫を開け、日本酒を取り出す。


グラスを机に置く。


スマートフォンをセットする。


録画ボタンを押す。


まるで誰かに操られているようだった。


配信開始まで、あと十秒。


透は机の黒い模様を見つめる。


さっきまで一本だった線が──


いつの間にか、二本に増えていた。


部屋のどこからともなく、酒を注ぐ音が聞こえた。


──コポ……コポ……。


透は恐る恐る振り返る。


そこには、誰もいなかった。

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