第一話 始まりの乾杯
夕暮れの部屋に、スマートフォンの通知音が鳴り響いた。
> 『#100日限界チャレンジ』
「お酒好きなら挑戦しよう!」
神谷透は画面を眺めながら、小さく息をついた。
「また変な企画か……。」
画面には、人気インフルエンサーたちが笑顔で酒を掲げている。
ルールは単純だった。
机に指定された黒い模様を描き、その机の前で酒を飲む。
酒の種類も量も自由。
毎日、自分の限界まで飲み、その様子を動画で投稿する。
100日続けられた者が勝者。
賞金もスポンサーもない。
それでも、多くの配信者が参加していた。
「これ、再生数すごいな……。」
どの動画も数百万回再生。
コメント欄には、
「俺もやる!」
「絶対100日達成する!」
「酒豪なら余裕だろ!」
そんな言葉が並んでいた。
透は画面を閉じる。
本当は酒に強くない。
大学時代も、飲み会ではすぐに顔が赤くなった。
そして一年前。
ある耐久チャレンジを途中で断念し、視聴者から「逃げた」「口だけ」と叩かれ、大炎上した。
あの日から登録者は減り続け、動画を出しても再生されない。
「……今度こそ最後までやる。」
その言葉は、自分に言い聞かせるようだった。
数時間後。
机の上には新品の白い紙。
スマートフォン。
そして一本の日本酒。
画面に表示されたチャレンジサイトには、模様の画像が載っている。
「この印を机に描いてください。」
ただ、それだけ。
透は黒いペンを手に取る。
「なんか気味悪い形だな。」
笑いながら、画像どおりに線を引いていく。
最後の一本を書き終えた瞬間だった。
カチッ。
部屋の照明が一瞬だけ消えた。
「……停電?」
窓の外を見る。
向かいのマンションは明るい。
停電ではない。
気のせいだと自分に言い聞かせ、酒瓶の栓を開ける。
ふわりと米の香りが広がった。
グラスへ酒を注ぎ、カメラの録画ボタンを押す。
「こんばんは。神谷透です。」
「今日から100日限界チャレンジに参加します。」
少し照れながらグラスを持ち上げる。
「それじゃ……一日目。」
「乾杯。」
酒が喉を通る。
思ったより飲みやすい。
二杯。
三杯。
視聴者と雑談しながら配信は一時間続いた。
「今日はこのくらいで終わります。」
録画を止める。
何事もなく終わった。
……はずだった。
動画を書き出そうと映像を確認した透は、指を止める。
動画の最後。
配信終了のため頭を下げた、その一瞬。
机の向かい側。
誰も座っていなかったはずの席に――
濡れた着物を着た誰かが、静かにグラスを持ち上げていた。
透は息を呑む。
「……誰だ?」
映像を止める。
拡大する。
ノイズしか映らない。
もう一度再生する。
そこには、もう何もいなかった。
「編集ミスか……?」
そう呟きながら動画を投稿する。
数分後。
通知が鳴った。
> コメント:
「一日目、おめでとう。」
「あと九十九日。」
投稿者名は表示されていなかった。




