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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第十九話 百日の亡霊

暗闇の奥。


村長の影の後ろに立っていたもの。


それは、生贄一家だけではなかった。


何十人。


いや、何百人。


古い時代の着物。


昭和の服装。


平成の若者。


現代の配信者。


時代の違う人間たちが、酒蔵の奥からこちらを見ていた。


全員の手には酒杯。


全員の机には、あの黒い模様。


黒田蓮が震える。


「……まさか。」


「このチャレンジをやった人間……全員?」


老人は静かに頷いた。


「失踪した者。」


「百日を迎えた者。」


「そして……最後まで逃げられなかった者。」


「みんな、ここにいる。」



---


村長がゆっくり歩いてくる。


「違う。」


低い声。


「ここは罰ではない。」


「選ばれた者が集まる場所だ。」


佐伯ミオが睨む。


「人を騙して、死者を増やしておいて?」


村長は首を傾げる。


「騙した?」


「違う。」


「人間が勝手に欲しがったのだ。」


「注目を。」


「評価を。」


「強さの証明を。」


その言葉に、透は胸を突かれた。


否定できなかった。


自分もそうだった。


過去の炎上。


失った人気。


「逃げた」と言われた悔しさ。


だから、この企画に飛びついた。



---


老人が叫ぶ。


「惑わされるな!」


「こいつは人間の弱さを利用しているだけだ!」


村長は老人を見る。


「お前もそうだった。」


老人の顔が歪む。


「……。」


「百日直前で逃げた。」


「命惜しさに。」


「仲間を置いて。」


老人は耳を押さえる。


「やめろ……。」


村長の声が響く。


「お前は今も、あの日の乾杯を聞いている。」


「仲間たちが消えていく音を。」


老人の目から涙が落ちる。



---


透は気付いた。


この呪いの本当の恐ろしさ。


死ぬことだけではない。


人間の後悔。


罪悪感。


恐怖。


それを永遠に残すこと。


「……じゃあ。」


透が村長を見る。


「お前は何がしたいんだ。」


「なぜ現代まで続ける。」


村長はしばらく黙った。


そして答えた。


「思い知らせるためだ。」


「何を?」


「忘れられる苦しみを。」



---


その瞬間。


少年が叫んだ。


「違う!」


酒蔵中に声が響く。


「僕たちは……。」


少年は涙を流す。


「忘れられたかったんじゃない。」


「助けてほしかっただけ。」


村長の影が揺れる。


初めて、怒りではなく動揺が見えた。



---


ミオは古い帳面を開く。


「あった……。」


「ここに本当の記録がある。」


ページの最後。


破られたと思われていた部分。


裏側に文字が残っていた。


> 生贄を決めた村長もまた、神への捧げ物として選ばれていた。




透は驚く。


「村長も?」


ミオは読み続ける。


> 村の上層部は、罪を一家になすりつけた。




> 本当の儀式は、村長一族の命を捧げるものだった。




> 村長は生き残るため、別の家族を差し出した。





---


全員が村長を見る。


老人が呟く。


「お前も……犠牲者だったのか。」


村長は黙っている。


長い沈黙。


そして。


「だから分かる。」


「奪われる苦しみが。」


「だから同じ苦しみを返している。」


透は拳を握った。


「それは違う。」


「お前がされたことを、他の人間に繰り返してるだけだ。」



---


その言葉に。


酒蔵の亡霊たちがざわめいた。


初めて。


村長ではなく、透を見る者が現れた。


失踪した配信者。


昭和の挑戦者。


明治の一家。


みんなが静かに透を見る。


その時。


スマートフォンが鳴った。


通知。


新しい動画投稿。


タイトル。


> 『100日限界チャレンジ 七日目』




投稿者。


神谷透


透の顔から血の気が引く。


「俺は……投稿してない。」


画面を開く。


そこには自分が映っていた。


酒蔵。


机。


黒い模様。


そして――


自分の隣に、もう一人の自分。


黒い影のような存在が座っている。


画面の中の透が笑う。


> 「七日目も、乾杯します。」




現実の透は叫ぶ。


「違う!」


しかし動画の中の自分は、


ゆっくり酒杯を持ち上げた。


> 「あと九十三日。」




その瞬間。


酒蔵中の亡霊たちが、一斉に乾杯した。


カンッ。

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