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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第二十話 もう一人の神谷透

カンッ。


酒杯が重なる音が、酒蔵の石壁に何度も反響した。


その音は次第に人の笑い声へと変わっていく。


笑っている。


何百人もの亡霊が。


神谷透だけを見つめながら。



---


透は震える手でスマートフォンを握りしめた。


画面の中では、自分とまったく同じ顔をした"もう一人の神谷透"が酒を飲み続けている。


コメント欄は異常だった。


> 「神谷さん、顔色悪いですね。」




> 「後ろに誰かいますよ!」




> 「今日も頑張って!」




> 「まだ飲める!」




そして、一つだけ赤い文字で表示されるコメント。


百升ノ音


> 『本物は、どちらだ。』





---


「……ふざけるな!」


透はスマートフォンを床へ叩きつけた。


画面が割れる。


しかし動画は止まらない。


割れた画面の中で、もう一人の透がこちらを見て笑った。


> 「逃げるの?」




> 「また途中でやめるの?」




その言葉は、一年前に炎上した時、コメント欄に何百回も書かれた言葉とまったく同じだった。


透の呼吸が乱れる。


「違う……。」


「俺は……。」



---


佐伯ミオが透の肩を掴む。


「見ちゃ駄目です!」


「これは呪いです!」


しかし透の耳には届かない。


画面の中の自分が、ゆっくり立ち上がる。


そしてカメラへ近付き、小さく囁く。


> 「君が止めたら。」




> 「代わりに誰かが飲む。」




画面が切り替わる。


白石レナ。


黒田蓮。


見知らぬ大学生。


主婦。


会社員。


高校を卒業したばかりの若者。


数え切れないほどの参加者が映る。


全員が机の前で酒を飲んでいる。


そして全員の机には、黒い模様。



---


ミオが呟く。


「この動画……。」


「未来じゃない。」


「今、この瞬間の映像です。」


透は顔を上げる。


「つまり……。」


「参加者全員が、同時に呪われてる。」


黒田蓮は青ざめる。


「三万人……。」


老人は首を横に振った。


「もう三万人じゃない。」


震える指で自分の古い携帯電話を見せる。


ニュース速報。


> 『100日限界チャレンジ、参加者12万人突破』




「一日で……。」


透は言葉を失った。



---


その時。


酒蔵の壁が大きく震えた。


ドォン!


天井から土が落ちてくる。


少年が叫んだ。


「始まる!」


村長は徳利を掲げる。


「席が足りぬ。」


その瞬間。


酒樽が一つ、真っ二つに割れた。


中から現れたのは――


白石レナだった。


しかし、それは生きているレナではない。


肌は青白く、濡れた着物をまとい、目には光がない。


レナはゆっくり透を見る。


そして涙を流しながら呟く。


> 「ごめんね……。」




> 「私……止められなかった。」




その背後から、さらに酒樽が割れる。


バキッ。


バキッ。


昭和の挑戦者。


平成の挑戦者。


令和の配信者。


次々と亡霊が姿を現す。


彼らは透へ敵意を向けているわけではない。


全員、苦しそうな顔で同じ言葉を繰り返していた。


> 「終わらせて。」




> 「もう飲みたくない。」




> 「帰りたい。」




少年は涙を流しながら透の手を握る。


「神谷さん。」


「あなたが最初なんだ。」


透は聞き返す。


「……何が?」


少年は静かに答えた。


> 「僕たちを助けようとしてくれた参加者は。」




その瞬間。


村長の表情が初めて大きく歪んだ。


まるで、その言葉だけは聞かれたくなかったかのように。


酒蔵の奥から、地鳴りのような低い唸り声が響き始めた。第一章は、ここから呪いの「調査」だけでなく、「救済」の可能性へと物語が動き始める。

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