第十五話 最初の記録
カンッ。
百個の酒樽から響いた乾杯の音。
その音は酒蔵全体を震わせ、壁の古い木材が軋む。
神谷透は思わず耳を塞いだ。
しかし音は耳ではなく、頭の中で鳴り続けている。
カンッ。
カンッ。
まるで百人が同時に杯を合わせているようだった。
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突然、少年が透の腕を掴む。
「こっち!」
少年は酒樽の奥にある細い通路へ走り出した。
村長は追ってこない。
ただ静かに笑いながら徳利を抱えているだけだった。
透、佐伯ミオ、黒田蓮の三人は少年の後を追う。
通路の先には、小さな隠し部屋があった。
そこは酒蔵の倉庫らしく、棚には古い帳面や木箱が積まれている。
「ここは……。」
ミオは懐中電灯で辺りを照らした。
木箱の一つには、墨でこう書かれていた。
> 「記録 閲覧禁止」
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透は木箱を開ける。
中には分厚い帳面が何冊も入っていた。
一番古い帳面の表紙には、
> 明治三十八年 酒奉納記録
とある。
ページをめくる。
最初は酒の量や村人の名前が並ぶ普通の記録だった。
しかし途中から様子が変わる。
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一日目
一家を酒蔵へ入れる。
父、拒否。
母、泣く。
長男、沈黙。
長女、発熱。
末子、「帰りたい」と泣く。
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七日目
父、酒を拒否。
村長命令により無理やり飲ませる。
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十九日目
長女、誰もいない壁に話しかける。
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三十三日目
末子、「外で乾杯している人がいる」と笑う。
酒蔵の外には誰もいない。
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五十八日目
一家全員、夜中に同じ歌を歌い始める。
誰も教えていない歌。
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九十九日目
全員、「帰れる」と笑う。
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百日目
文字が途中で終わっていた。
その下には墨ではなく、赤黒い液体で一文だけ書かれている。
> 「神は来なかった。」
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部屋の空気が重くなる。
ミオは震えながら帳面を閉じた。
「……これは儀式じゃない。」
「監禁記録だ。」
透は黙って頷いた。
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その時、少年が棚の一番奥を指差した。
「まだある。」
埃を払う。
そこには新しいノートが置かれていた。
表紙は現代の大学ノート。
日付は――
令和八年。
つまり今年だった。
透はゆっくり開く。
一ページ目。
> 一日目
> 神谷透 開始。
二ページ目。
> 二日目
> 白石レナ 確認。
三ページ目。
> 三日目
> 黒田蓮 確認。
四ページ目。
> 四日目
> 佐伯ミオ 接触。
今日の日付のページ。
> 五日目
> 酒蔵到達。
透は血の気が引いた。
「誰が書いてる……。」
ページが勝手にめくれる。
次のページには、まだ来ていない未来の日付。
そして、一文だけ。
> 六日目
> 最初の裏切り。
その先は白紙だった。
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ミオが呟く。
「この記録……。」
「未来まで書かれる。」
黒田蓮は青ざめた。
「裏切るって……誰が?」
誰も答えられない。
その時、隠し部屋の外から足音が響く。
ゆっくり。
ゆっくり。
少年の表情が一変する。
「見つかった。」
部屋の入口の障子に、人影が映る。
一人ではない。
二人。
三人。
四人。
そして五人。
少年は涙を流しながら囁いた。
「お父さんたちだ……。」
障子が静かに開き始めた。




