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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第十四話 百個の酒樽

ギィ……。


百個の酒樽が、まるで息をするように一斉に軋んだ。


神谷透はライトを握る手に力を込める。


「……何が入ってる。」


村長は答えない。


代わりに徳利を持ち上げ、小さく呟いた。


「百日で、一つ。」


「百人で、百樽。」


透の心臓が止まりそうになった。


「まさか……。」



---


黒田蓮が一番近い酒樽へ近付く。


樽の側面には墨で名前が書かれていた。


> 山田 誠




蓮は首を傾げる。


「知らない名前だ。」


次の樽。


> 高橋 真理子




さらに隣。


> 白石 レナ




「……!」


蓮が後ずさる。


「レナさん!」


確かにそこには、失踪した白石レナの名前が刻まれていた。


透も別の樽へライトを向ける。


そこに刻まれていた文字を見て、全身が凍りつく。


> 神谷 透




自分の名前だった。


しかも木肌は新しい。


まるで、数日前に作られたばかりのようだ。



---


「これは何だ!」


透が叫ぶ。


村長は静かに笑った。


「帰る場所だ。」


「死者は土へ還る。」


「酒を捧げた者は樽へ還る。」


ミオが首を振る。


「違う……。」


「こんなの供養じゃない。」


村長はミオを見つめた。


「供養?」


「誰がそんなことを言った。」


その目には、罪悪感も後悔もなかった。


「これは村を守るための約束だ。」



---


その時。


少年が透の袖を引っ張った。


「見ちゃだめ。」


「でも……。」


透は首を振る。


「確かめないと。」


少年は悲しそうに俯いた。


「みんな、そう言った。」


「みんな開けた。」


「そして帰れなくなった。」



---


透は、自分の名前が書かれた樽に手を伸ばす。


「神谷さん!」


ミオが止める。


しかし透は蓋を少しだけ持ち上げた。


ギ……。


隙間から冷たい空気が漏れ出す。


酒の香り。


腐敗臭。


そして、


誰かの囁き。


> 「助けて。」




透はライトを中へ向けた。


そこには酒など入っていなかった。


暗い樽の底。


無数のスマートフォンが積み重なっていた。


どれも電源が入っている。


画面にはライブ配信。


コメント欄。


再生数。


そして、失踪した配信者たちの最後の映像が映り続けていた。



---


突然、一台のスマートフォンが鳴る。


着信。


画面には、


白石レナ


透は震えながら応答した。


「レナさん!」


雑音。


ガリガリという音。


しばらくして、小さな声。


> 「……神谷さん。」




「どこにいるんですか!」


返事は泣き声だった。


> 「暗い。」




> 「寒い。」




> 「毎日、お酒の匂いがする。」




> 「帰りたい。」




そこで通話は切れた。



---


酒蔵の奥から、


何十人もの声が重なる。


> 「帰りたい。」




> 「帰りたい。」




> 「帰りたい。」




少年は耳を塞いでしゃがみ込む。


「また始まる……。」


透が聞き返す。


「何が始まる?」


少年は震えながら酒蔵の天井を見上げた。


「今日で……。」


「五日目だから。」


その瞬間。


天井から、一滴の酒が落ちた。


透の額に落ちる。


冷たい。


しかし次の瞬間、


その一滴は血のように赤黒く変色した。


酒蔵の奥で村長がゆっくりと口を開く。


> 「乾杯の時間だ。」




その声と同時に、


百個の酒樽の中から、


一斉にグラスを打ち鳴らす音が響いた。


――カンッ。

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