第十二話 酒蔵の子ども
「一緒に飲もう。」
暗闇の中から聞こえた声。
幼い少年の声だった。
神谷透は息を止める。
ライトの先にいるのは、小さな男の子。
古い着物。
裸足。
顔色は青白く、生きている人間には見えない。
その手には、ひび割れた酒杯が握られている。
「……君は誰だ?」
透の声は震えていた。
少年は首を傾げる。
「僕?」
少し考えるようにして答えた。
「僕は……待ってる人。」
「ずっと。」
---
佐伯ミオが一歩前へ出る。
「あなたは……酒見村の?」
少年はミオを見る。
そして、嬉しそうに笑った。
「知ってるんだ。」
「僕たちのこと。」
その瞬間。
地下の空気が変わった。
壁に刻まれていた数字が、次々と浮かび上がる。
一日目。
二日目。
三日目。
まるで、過去の時間が戻っていくようだった。
---
少年は酒杯を見る。
「お父さんが言ってた。」
「酒を飲めば、神様が助けてくれるって。」
透は胸が苦しくなった。
この子は信じていた。
本当に助かると思っていた。
しかし――
誰も助けには来なかった。
「君たちは……何をされたんだ?」
透が聞く。
少年はしばらく黙った。
そして、小さな声で言った。
「村の約束を破ったから。」
ミオが反応する。
「約束?」
少年は頷く。
「でも……僕たちは悪くなかった。」
その言葉だけが、酒蔵の中に響いた。
---
突然。
奥の酒樽から音がした。
ドン……。
ドン……。
中から誰かが叩いている。
蓮が後ずさる。
「中に……誰かいる。」
少年は悲しそうな顔をする。
「まだ帰れてない。」
「みんな……まだ閉じ込められてる。」
透は樽を見る。
表面には爪痕。
そして、黒い模様。
「この印は……。」
少年は透の机に浮かんだ模様を見た。
「席。」
「僕たちが座る場所。」
透の背筋が凍る。
「俺たちは……何になるんだ?」
少年は答えなかった。
代わりに、ゆっくり透の手を見る。
黒い染み。
模様に触れた時についたもの。
少年は呟いた。
「もう少しだね。」
「あと……九十日。」
---
その瞬間。
スマートフォンの通知音が鳴った。
圏外だったはずなのに。
画面には一つの通知。
> 『神谷透さんが酒見村跡地でライブ配信を開始しました』
「……え?」
透はスマートフォンを見る。
自分は配信ボタンを押していない。
しかし画面には、自分たちの姿が映っていた。
地下酒蔵。
三人。
そして――
少年。
コメント欄が高速で流れる。
> 「後ろの子ども誰?」
> 「演出すごい!」
> 「怖いけど面白い!」
> 「もっと見せて!」
透の顔が青ざめる。
「見られてる……。」
ミオが画面を見る。
コメントの中に、一つだけ違うものがあった。
投稿者名。
百升ノ音
> 「四人目の席が決まった。」
---
その瞬間。
少年の表情が変わった。
さっきまで悲しそうだった顔。
それが少しずつ歪んでいく。
「違う……。」
少年が呟く。
「僕じゃない。」
「僕たちじゃない。」
透が聞き返す。
「何が違う?」
少年は地下のさらに奥を見る。
震えながら言った。
「もっと怖い人がいる。」
「僕たちを閉じ込めた……」
「本当の人が。」
---
奥の暗闇。
誰もいないはずの場所から、
ゆっくり足音が近づく。
一歩。
また一歩。
少年は怯えた。
「村長が来る。」
そして。
暗闇の中から現れた影が、
静かに笑った。
> 「まだ儀式は終わっていない。」
> 「次の酒を。」
その手には、
村長の印が刻まれた古い徳利が握られていた。




