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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第十一話 消された村

朝。


神谷透は、ほとんど眠れないまま車を走らせていた。


助手席には佐伯ミオ。


後部座席には黒田蓮が座っている。


三人とも、ほとんど会話をしていなかった。


目的地は――


酒見村跡地。


地図上には存在しない場所。


しかし、古い資料とミオの調査によれば、そこにはかつて確かに村があった。


「本当に行くんですか?」


蓮が小さく呟いた。


透は前を見たまま答える。


「行かなきゃ分からない。」


「でも……。」


蓮は自分の手を見る。


微かに震えている。


「俺たち、もう普通じゃないですよ。」


透は何も返せなかった。


その通りだった。


チャレンジを始める前の日常には、もう戻れない。



---


山道を進む。


舗装された道路は次第に細くなり、やがて車一台が通れる程度の道になった。


スマートフォンの電波も消える。


ナビ画面には、


「目的地周辺」


と表示されるだけ。


しかし、周囲には何もない。


「場所、間違えてない?」


蓮が尋ねる。


ミオは古い地図を広げた。


「間違ってません。」


「昔の地図では、この先に集落があります。」


三人が車を降りる。


少し歩いた先。


木々の奥に、それはあった。


崩れた石碑。


苔むした鳥居。


そして、消えかけた文字。


> 酒見村




透は息を止めた。


存在しないはずの村。


それが目の前にある。



---


村跡には家の土台だけが残っていた。


壊れた井戸。


倒れた柱。


誰もいないはずなのに、


風に乗って声が聞こえる。


「……飲んで。」


透が振り返る。


誰もいない。


「今、聞こえました?」


ミオが青ざめた顔で言った。


透は頷く。


蓮も震えていた。


「俺にも聞こえた。」


三人は無言で顔を見合わせる。


初めてだった。


自分以外の人間も同じものを感じている。



---


村の奥。


一番大きな建物跡。


そこには地下へ続く階段が残っていた。


「酒蔵……。」


ミオが呟く。


階段は半分崩れている。


しかし、その奥から冷たい空気が流れてくる。


酒の匂い。


古い木の匂い。


そして――


何かが腐ったような匂い。


透はライトを照らす。


壁には無数の傷。


爪で引っ掻いたような跡。


ミオが近づく。


「これ……。」


壁に刻まれた文字を読む。


> 一日目




> 二日目




> 三日目




無数の数字が並んでいる。


そして最後。


一番深く刻まれた文字。


> 百日目




蓮が息を呑む。


「ここで……。」


「この家族は……。」


言葉の続きを言えなかった。



---


その時。


地下の奥から音がした。


カラン。


何かが倒れた音。


三人はライトを向ける。


暗闇の中。


古い酒樽が並んでいる。


その中央に、一つだけ新しい樽があった。


違和感。


この場所には存在するはずがない。


透が近づく。


樽には文字が刻まれていた。


> 神谷透




透の顔から血の気が引く。


「……なんで俺の名前が。」


ミオが後ろから叫ぶ。


「触らないで!」


しかし遅かった。


透の指が樽に触れる。


その瞬間。


地下全体に響く。


ゴン……。


酒蔵の奥で、誰かが樽を叩いた。


一回。


二回。


三回。


そして、暗闇の奥から幼い声が聞こえる。


> 「やっと……来た。」




透のライトが震える。


闇の中。


小さな子どもの影が立っていた。


その手には、古い酒杯。


そして、透に向かって静かに差し出す。


> 「一緒に飲もう。」

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