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第9話 車輪泥が語る夜の迂回路
夜半、南斜道の見張りから合図が入った。
無登録の二頭立てが、雪明かりの下を通ったという。私はヨナスと門番二人で追い、閉鎖された石橋の手前で車輪跡を確かめた。
「黒い泥だわ」
私は跪き、車輪にこびりついた泥を指先でこする。
ノイパス周辺は白い石灰土だ。こんな黒泥は、南斜道のさらに奥、古い鉱山脇でしか付かない。
「迂回路を使ってる」
「ああ。しかも空荷ではない」
轍の深さが違った。橋の脇に隠してあった小屋へ踏み込むと、中には王都向けの葡萄酒、香布、そして本来は雪峡へ来るはずの乾燥麦粥が積まれていた。
「冬季救恤便を抜いて、贅沢品にすり替えていたのね」
箱の側面には、迎賓館の仮保管印が薄く残っていた。
さらに小屋の棚から、夜便専用の簡易宿泊札が見つかる。署名欄には街道局の副署記号、そしてリディアの小さな花字。
「こんなに早く、義妹の筆跡が出るなんて」
「向こうが雑になっている」
ヨナスの声は落ち着いていた。
「君が来てから、連中は宿場が前より静かに動いていることを知らない」
小屋を封鎖し、荷を回収した帰り道、私は積まれた麦粥箱へ触れた。これが届かなければ、峠の労働者は冬を越せない。
帳面の改ざんは数字の問題じゃない。
生きるための便を、誰かが金に替えていたのだ。




