第6話 無口な辺境伯の朝の路線表
次の朝も、ヨナスは一番早い時刻に路線表を持ってきた。
表には峠の風向き、凍結箇所、朝便の遅れ見込みまで細かく書き込まれている。王都では、こういう実務をする男ほど表へ出ない。けれどこの人は、自分で手を動かすことを隠さなかった。
「毎朝ご自分で作っているんですか」
「夜明け前に見回る。見たものを記すだけだ」
「それを十年以上?」
「雪は昨日と同じ顔をしない」
短い答えなのに、妙に納得してしまう。
私は帳場で路線表を掲げ直しながら、昨日押収した偽証紙の封蝋を見せた。
「これ、迎賓館の保管庫から消えた蝋型と同じ混ぜ方です」
ヨナスは一度だけ眉を動かした。
「リディアという義妹だったな」
「ええ。彼女は『本物の令嬢』だと言って、義母にも街道局にも可愛がられていました」
「だが仕事の裏を知っているのは君だ」
その一言が、朝の冷気より先に胸へ入る。
ヨナスは沈黙の多い人だ。けれど必要な言葉を外さない。
「王都へ報告文を上げるか」
「まだ早いです。向こうは宿場が混乱しているとしか言わないでしょう」
「なら、混乱していない証拠を積め」
私は頷く。言葉は短いのに、背中を押される感覚があった。
別れ際、ヨナスがもう一枚紙を差し出した。昨日捕らえた商人の過去の通行記録だった。
「昨夜のうちに探させた」
王都で私のために夜のうちに記録を探す人間など、ひとりもいなかった。
私は紙を受け取りながら、小さく息をつく。
「ありがとうございます」
「礼は後でいい。宿場が立ち直ってから聞く」
路線表の端が、少しだけ温かかった。




