第3話 雪峡宿場への離任命令
雪峡街道へ向かう馬車便は、王都の香料を三日で消し去った。
窓を開ければ、冷えた風と馬の汗、乾いた薪の匂いが肺へ入る。王都では無骨だと笑われた匂いが、今は妙にまっすぐだった。
ノイパスへ着いて最初に見えたのは、雪壁に挟まれた宿場門と半分閉ざされた厩舎だった。馬車溜まりは広いのに車輪痕は少なく、宿場としての息が浅い。
「王都から来た記録官か」
低い声に振り返ると、黒い外套の男が立っていた。辺境伯ヨナス・シュネーベルク。三十八歳。飾り気のない立ち姿は、朝の雪嶺そのものみたいに静かで強い。
「クララ・ヴァイスです」
「顔色は悪くないな。王都で折れて来た者は、もっと浅い息をする」
歓迎としては不器用だったが、不思議と腹は立たなかった。
彼は一枚の紙を私へ差し出した。今日の路線表だった。街道の凍結時刻、通行可能な橋、朝便の発時刻が癖のない字で記されている。
「宿場を歩く前に、ここではこれが一番役に立つ」
「ありがとうございます」
「礼は要らない。食糧庫は減り、薪券は消え、夜の無登録便が走っている。立て直せるなら支援する。無理なら、その判断も記録に残せ」
彼はそう言って先に歩き出した。
宿場本館では、女将頭のイルゼが腕を組んで待っていた。四十代半ば、手の節々にこの宿場を守ってきた強さが刻まれている。
「王都の帳面さんかい。ここじゃ紙より雪の方が先に動くよ」
「その雪と帳面がずれている理由を知りたいんです」
食糧庫、厩舎、湯沸かし場、宿帳庫。歩くほど異常が見えた。空の麦袋、封を切られた薪券箱、差し替えられた通行証紙。そして宿帳庫の隅には、王都で見た銀松印の蝋片と同じものが落ちている。
左遷先としては、あまりに都合がよすぎた。
私は路線表を折り、胸元へしまった。
ここは終わった宿場じゃない。
嘘の流れが着く先そのものだ。




