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第2話 消えた青印の通行宿帳

夜の迎賓館は、昼の華やかさが嘘みたいに静かだった。


 私は宿帳庫の棚板を指先でなぞる。冬道用の宿帳が置かれていた場所だけ、煤と紙埃の筋が途切れていた。今日盗まれたのではない。もっと前から、計画的に抜かれていたのだ。


 保管箱の底から青印の蝋片を拾い上げる。迎賓館の封蝋なら王都紋章だけのはずなのに、これは端に銀松の模様が混ざっていた。雪峡街道で使う古い通行印だ。


「まだそんなことをしているのか」


 振り返ると、オスカーが戸口に立っていた。


「冬道宿帳が消えています」


「探し物なら明日にしろ。これ以上、リディアの顔を潰すな」


「潰れるのは顔ではなく街道の信用です」


 私が蝋片を見せても、彼は見る気すらない。


「君は昔からそうだ。人の機嫌より帳面を優先する」


「それが仕事です」


 その瞬間、扉が大きく開いた。街道局長、義母のマルティナ、リディア、書記官たちがそろって入ってくる。集まるのが早すぎた。私がここへ来ると知って、待っていた顔だった。


「クララ」


 局長が咳払いをする。


「君の帳場権限を外し、雪峡宿場ノイパスへの臨時離任を命じる。消えた冬季救恤便の責任は、宿帳を管理していた記録官にある」


 一瞬、言葉がうまく入ってこなかった。


「ノイパスへ?」


「人手不足の雪峡宿場なら、君の得意な帳面仕事にも合うだろう」


 リディアが申し訳なさそうな顔を作る。


「お義姉様、王都は少しお休みになった方がよろしいですわ。オスカーお義兄様も、その方が穏便だって」


 オスカーは静かに言った。


「少し距離を置こう、クララ。君は今、冷静じゃない」


 その口ぶりで、全部つながった。消えた宿帳、偽の証紙、帳場の交代、用意の良すぎる離任命令。


 私は青印の蝋片を掌で包み込む。


「わかりました。行きます」


 泣きも怒鳴りもしなかったからか、皆が少しだけ驚いた顔をした。


 けれど私の中では、別の感情が静かに起き上がっていた。


 この銀松印を、私は覚えている。


 そして街道は、嘘より長く轍を残す。


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