第1話 奪われた王都迎賓館の帳場
王都迎賓館では、冬道契約の前日に誰が帳場へ立つかで、その年の街道局の顔が決まる。
宿泊札、通行証紙、馬車割り当て、食糧券の照合。三十五歳になった今も、私は客の顔より先に帳面の整合を見てしまう。十年間、宿駅記録官としてそう生きてきた。
「今年から帳場はリディアに任せる」
夫のオスカーが、来客用の銀盆を持つより軽い口調で言った。
隣には義妹のリディアがいる。二十八歳。白い旅装手袋に淡い青の外套、馬車の煤すら自分を飾るために舞っていると思っていそうな顔で微笑んでいた。
「お義姉様は宿帳庫の方がお似合いですもの。煤だらけの宿帳に囲まれている方が、ずっとお綺麗ですわ」
「帳場は飾りではありません」
私は冬季救恤便の通行証へ目を向けた。青印の位置が浅い。王都迎賓館の正規証紙なら、封蝋の下に細い銀糸が見えるのに、目の前の証紙は白すぎた。
「この証紙、誰が切りましたか」
私が問うと、リディアは首をかしげる。
「街道局の方が用意してくださったのでしょう? 細かいことばかり言っていると、お客様が怖がりますわ」
違う。紙端の毛羽だけでわかる。これは迎賓館の証紙ではなく、南通用門で流れている安い再漉紙だ。
私は反射的に帳場裏の保管棚へ戻った。けれど冬道用の通行宿帳だけが、一冊まるごと消えている。
「……誰か、宿帳庫を開けましたね」
オスカーは視線を逸らし、リディアは白い手袋の指で帽子の縁を撫でた。
「また帳面ですか、クララ」
たしなめる時だけ優しい声が、かえって冷えた。
「明日は契約前日だ。場を乱さないでくれ。リディアが不安になる」
「不安になるべきは義妹ではなく街道です。この証紙は偽物です」
「まあ、怖い」
リディアが小さく息をつく。
「お義姉様ったら、宿場の煤に染まりすぎましたのね」
その言葉より、証紙に残る安い紙の匂いの方がずっと冷たかった。
誰かが宿帳を抜き、通行証をすり替えた。
そして、その誰かは今、私の席の前で平然と笑っている。




