第12話 夫の買い戻し提案
三日後、オスカー本人がノイパスへやって来た。
吹雪明けの宿場門に立つ姿は、王都で見慣れた綺麗な外套そのままだ。けれど裾には南斜道の黒泥が付いている。正規路では来ていない。
「久しぶりだな、クララ」
帳場へ通すと、彼は暖炉の前に立ったまま言った。
「そろそろ王都へ戻れ。迎賓館での件は、水に流せる」
「消えた宿帳も、偽の証紙も?」
「君が余計なことを言わなければ、街道局は君を静かに戻せる。リディアも表へ出すぎたと反省している」
都合のいい言葉ばかりが並ぶ。
「私は席を買い戻される品ではありません」
私がそう言うと、オスカーの眉がぴくりと動いた。
「君は昔から大げさだ。記録官など裏方だろう。表に立つ者が必要なんだ」
「裏方がいなければ、あなたたちの表は一日も持ちません」
沈黙のあと、彼は声を落とした。
「離縁届はまだ正式に出していない。戻れば、体面は保てる」
「あなたが守りたいのは体面だけです」
私は机上の裏路線帳に手を置く。
「一度でも宿帳を読んでから来るべきでしたね」
その時、背後の扉が開いた。ヨナスが入ってくる。手には今日の路線表。
「朝便の報告だ」
オスカーは露骨に顔をしかめた。
「辺境伯ともずいぶん親しいな」
「仕事相手です」
私が即答すると、ヨナスは何も言わず路線表を机へ置いた。その静かな動作だけで、オスカーはそれ以上踏み込めなかった。
去り際、オスカーは低く吐き捨てる。
「戻らないなら、君は全部失うぞ」
私は答えなかった。
失うものなら、王都でもう失いきっていたから。




