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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第068話 護衛志願の王子は在庫処分され、代わりに詐欺師を梱包して護送いたしますわ

 先日、私が白日の下に晒したヴィクトール・アシュベリー卿の醜聞。それは単なる一個人の不始末などではなく、隣国が組織的に仕掛けた、我が国の経済基盤を根底から腐らせる『財政的侵略』の端緒であった。


(……やれやれ、これだから数字の読めない狐は困るのですわ。せめて私の算盤を弾く手間を省く程度の整合性は保ってほしかったものね。あのような稚拙な改ざん跡を平然と並べ立てるなど、財務局の書庫を預かる身としては、侮辱を通り越して欠伸が出ますわ)


 私は、重厚な財務局の執務室で、隣国の過去十年にわたる通関記録と、闇市場での物価変動、そして隣国貴族たちの贅沢品購入履歴を照らし合わせていた。

 

 埃の匂いと古いインクの香りが混ざり合うこの空間だけが、私にとって唯一、雑音を排除して真実の数字と向き合える聖域。そこへ、静寂を切り裂くように廊下を騒がしく駆けてくる足音と、金属が擦れ合うような不快な予感が、私の鼓動を微かに速める。


 

「セレスティーナ・マッセ伯爵! 陛下がお呼びだ。至急、謁見の間へ!」


 現れた近衛兵の形相は、まるで国家存亡の危機でも告げるかのように悲壮感に満ちていた。私は静かに羽ペンを置き、漆黒を基調とした、一分の隙もない執務服の襟を正した。



――――

 謁見の間に足を踏み入れると、そこにはこの国の頂点に君臨する国王陛下が、獅子の如き威厳を纏って玉座に鎮座されていた。その傍らには、先日の舞踏会の時の輝きを完全に失い、青ざめた顔で近衛兵に両腕を拘束されたヴィクトール卿の姿がある。


「セレスティーナよ。先日の働き、実に見事であった。貴殿が暴いたのは単なる関税の不正ではない。我が国の経済を内側から食い破らんとする、卑劣極まりない猛毒の苗床であった」


 陛下の低く響く声が、広大な謁見の間の天井に反響し、重々しく降り注ぐ。私は優雅に、しかし事務的な正確さを持って一礼し、感情を削ぎ落とした声で応じた。


「過分なお言葉、恐縮に存じます。私はただ、帳簿に紛れ込んだ不純な数字を、あるべき姿へと精算したに過ぎませんわ。不正確な記述が残っていること自体、私にとっては生理的な苦痛でしかございませんので」


「謙遜はよせ。だが、問題はここからだ。ヴィクトール卿の背後には、隣国の強硬派が控えている。奴らはこの詐欺行為を『一部の役人の独断』として切り捨て、トカゲの尻尾切りで逃げ切るつもりだろう。それを許すわけにはいかん」


 陛下は玉座の肘掛けを強く叩き、さらに言葉を続けられた。


「この詐欺の全容を隣国の議会で証言し、奴らの逃げ道を完全に塞がねばならん。実際に奴の化けの皮を剥ぎ、その矛盾を論理的に粉砕した貴殿こそが、特使の護送と証言に最も適任であると判断した。セレスティーナ・マッセ伯爵、貴殿に特使ヴィクトールの護送、および隣国における証人としての任務を命ずる」


 

 陛下のお言葉に、私は静かに目を伏せる。隣国への護送。

 それは、自国の守護が及ばぬ敵陣の真っ只中に飛び込むに等しい。だが、私の左目が捉えた陛下の本音は、一点の曇りもない鋭い信頼に満ちていた。


【セレスティーナ、お前以外にこの嘘の塊を論破できる者はいない。その鋼の如き算盤で、隣国の歪んだ正義を完膚なきまでに粉砕してこい。お前の眼に見える数字こそが、我が国の最強の盾となるのだ】


「承知いたしました。我が国の名誉と、一銭の狂いもなき帳簿の真実を守るため、このヴィクトール卿を隣国の法廷まで、一点の染みもなくお届けいたしましょう。たとえその道中で、彼の精神が私の算盤の音に耐えかねて崩壊したとしても、証言台に立たせるだけの生命力は維持させてみせますわ」


 私がそう告げ、出発の準備を脳内で計算し始めたその瞬間、背後の重い扉が地響きを立てて開け放たれた。


「お待ちください、父上! ……いえ、陛下!」


 現れたのは、第一王子レナート殿下であった。整った眉を苦しげに吊り上げ、その瞳には隠しきれない焦燥と、私への執着に近い情念が渦巻いている。


「セレスティーナを隣国へ送るなど、あまりに危険です! あそこは今、不正を暴かれた報復に燃える者たちの巣窟。彼女に万が一のことがあれば、この国の損失は計り知れません……! 私が行きます。近衛の精鋭一団を率い、私が彼女の盾となり、共に隣国へ赴きその身を護り抜きましょう!」


 レナート殿下は私の手を取ろうと、遮る近衛を強引に退けて歩み寄る。その左目に浮かぶ【本音】は、もはや公務としての義務感ではなく、どろりとした独占欲に彩られていた。


【セレスティーナ、君をあんな殺伐とした場所へ独りで行かせはしない。この旅路で私が君をあらゆる害悪から守り抜き、その心を今度こそ手に入れてみせる。君の隣に立つのは、冷たい数字ではなく、この私であるべきだ】


 

(……殿下、貴方の情熱は、現在の王室予算における警備費の無駄遣いと同じくらい、私にとっては計算外のノイズでしかありませんわ。むしろ貴方が同行することによる警備上のリスク増加と、それに伴う外交プロトコルの複雑化を計上すれば、マイナス以外の何物でもございませんことよ。……はぁ、これだから『感情』という不確定要素を重んじる方は、計算が立ちませんわね)


 私は一歩下がり、彼の伸ばした手を無機質な礼で躱した。しかし、私が口を開くより早く、玉座から地を這うような怒声が飛んだ。


「控えよ、レナート!」


 陛下の一喝が空間を圧する。殿下はその場に縫い付けられたように硬直した。


「お前は、この国の次期後継者だ。隣国が逆上している今、王族がわざわざ敵地に首を差し出しに行くなど、愚の骨頂。セレスティーナは財務官として、その専門性と職責を全うしに行くのだ。私情で国家の天秤を乱すな!」


「……くっ、ですが、彼女はまだ十五の少女です!政治の犠牲にするにはあまりに……!」


「下がれ! これ以上の愚行は、王位継承権の再考を促すことになると知れ! お前が守るべきは一人の女ではなく、この国の秩序だ!」


 陛下の峻烈なる拒絶に、レナート殿下は拳を白くなるまで握りしめ、屈辱に震えながら項垂れるしかなかった。彼は最後の一瞬、縋るような、あるいは救いを求めるような視線を私に向けたが、私はそれを石像のような無表情で切り捨てた。私に向けられる熱量など、帳簿の上ではただの不純物でしかないのだから。



――――

「では、ヴィクトール卿。参りましょうか」


 私は、力なく項垂れる特使の隣に立ち、冷たく微笑んだ。彼を縛る鎖の音さえも、今の私には心地よいメトロノームの刻みに聞こえる。


「貴方の母国までの旅路、退屈はさせませんわ。道中、貴方の親族が運営する商会の脱税容疑と、過去数年の不透明な資金流入について、じっくりと精査させていただきますから。……ああ、そんなに絶望した顔をなさらないで? 数字は決して裏切りませんが、罪を隠すことはできない。ただそれだけのことですわ。私に同行するということは、貴方の人生におけるすべての誤差を精算されるということだと、理解しておりましたかしら?」


 私は背筋をピンと伸ばし、漆黒の外套を翻して歩き出した。

 これから向かうのは、虚飾と謀略が渦巻く隣国の深部。だが、私の手にある算盤が鳴る限り、どのような巨悪の嘘も、最後には零へと収束する運命にある。


 背後でレナート殿下の悲痛な視線と、呼びかける声が聞こえた気がしたが、私は一度も振り返ることはなかった。私に必要なのは、甘い愛の言葉でも王子の盾でもない。ただ、一点の曇りもない完璧な決算書と、それを成し遂げるための静かな時間。


(さあ、隣国の腐りきった帳簿を、根こそぎ書き換えて差し上げますわ。一銭の妥協も、一秒の猶予も与えはいたしませんことよ)


 朝靄を切り裂くように、私の靴音が王宮の石床に高く、そして冷酷に響き渡った。私の行く手に、誤差という名の逃げ道など、万に一つも存在しないのだから。

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