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第82話 流と不動、向き合いて

「改めて、よろしく頼む。

……違った。よろしくお願いします?」


「……サリティ様。私は一介の騎士にすぎません。

敬語は不要です。畏まらず、気楽に話してください。

よろしくお願いします。」


「……分かった。では、ルッテと呼ばせてもらう。

こちらも呼び捨てて欲しい。」


 若干の緊張を滲ませ、サリティさんが構える。

対して涼し気な表情で礼を返すのはリヴェリナの騎士ルッテ。

彼女はわかりましたと短く了承を伝えて木剣と盾を静かに構えた。


 王室近衛騎士団上級騎士ルッテ――ルッテ・アトレクタ。


彼女はエフィリスの部下であり、寡黙で真面目。

だが、ただの堅物ではない。


見た目に反して寛容で臨機応変。

エフィが人柄とカリスマ、厳格さで騎士団を率いるとすれば、ルッテは規律と効率を両立させたエフィの足りない柔軟性を補う人材である。

エフィ不在の際でも騎士団を動かすことができる、信頼厚く、良い補佐官だ。


 ぱっと見、エフィよりも堅物そうで話が通じなそうと誤解されがち。

だが実は、彼女は基本的にリアナのやりたいことを優先させるタイプだ。


それこそエフィなら即座に却下する申し出であったりした場合も、妥協できるラインを提示してその範囲内であれば多少の逸脱については目を瞑るという考え方で動いている。

エフィからしてみれば、もう少し厳格に対応してほしいと思ってはいるが、リアナにとってはルッテの柔軟性はありがたいといったところだね。


僕からみても、エフィはちょっと過保護すぎる面があるから、ルッテの考え方は好ましいものだと思う。

まあ、同時にエフィがそうやって厳格にダメなことはダメと言えるタイプだからこそ、ルッテのような現実的なラインを提案できる副官を認めているという面はある。

もしルッテだけなら、僕はもうちょっと厳しくやりなさいというだろうね。


 さて、そんなルッテとサリティさんが向き合う理由だけど……

なんとなくわかるでしょ?


そう、うちの姫さまがサリティさんという異国の術師の戦い方について大変興味を抱いていたから、模擬戦をして欲しいといったんだ。

サリティさんは苦い顔をして顔を伏せたが、それを見たリアナは笑ってこう言った。


「流石に私と模擬戦しようだなんて無茶は言わないよ。――ルッテ!」


「はい。」


 遠くで周囲の警戒をしている騎士の一人が、リアナに呼ばれてこちらに飛んできた。

……文字通り、風を切る音とともに飛んでくるようなスピードで。


その加速っぷりに、サリティさんは目を丸くしていた。

間違いなく、身体強化術(リュミ・セリオン)ありきの速度であったこともあり、サリティさんの表情に少しだけ喜色が差した。


「近衛騎士団の上級騎士のルッテだ。

彼女もエルドラ術師でね。

……ルッテ、アリヴィエの戦士に一手ご教授してあげなさい。

リヴェリナの術師の練度がどんなものかをね。」


「はい。わかりました。

初めまして、アリヴィエの戦士。

私はルッテと申します。」


 ぴしっと背筋を伸ばし、騎士の礼をもって一切の侮りや驕りを見せず、サリティさんに手を差し出した。


「……兎人族(ラプラシアン)の戦士、サリティだ。

……サリティ、です?」


 そういう態度に慣れてないのか、想像されていた態度よりずっとこちらを尊重していると感じたサリティさんが、久しぶりにどもっている。

敬意をもって握手を求められた以上、こちらも恥ずかしくないよう何とか頑張ろうとしているサリティさんに、ルッテは柔らかく微笑む。


「先ほどの訓練の様子を遠目ですが見せていただいておりました。

アルトゥス特務師範とくむしはんから大変筋がよいと褒めてらっしゃる方と聞いております。

せっかくですので、胸を借りさせていただきます。」


「アルトゥス様が?

……そうか、それは恥ずかしい所を見せられない。

こちらこそ、よろしく頼む。

……お願いします?」


 サリティさんがルッテの手をとった。


 そして、今へと至っている。


 2人は互いに礼を交わし、静かに構えをとった。

エーリスは僕の後ろに下がってサリティさんに手を振っている。

どうやら、すっかり仲良くなったサリティさんを応援するようだ。


兎人族(ラプラシアン)か。

国の名前より、そちらを名乗りに使ったということは、誇り高き戦士なのだろう。」


 リアナが楽しそうに呟く。

珍しい人種だし、どんな戦い方をするのか興味深いのだろう。


「この辺りで兎人族は見ないからね。

所属もメイキドルアだし。

彼女にとっては、兎人族であるということのほうが戦士としてのアイデンティティとして重要だということだ。」


「ふむ。ちなみに、どっちが強い?」


 リアナは小声で聞いてくる。

あまりエーリスには聞かせたくないのだろう。

無邪気に応援しているのに、答えを教えては可哀そうだと考えたのだろうね。


「ルッテ。」


 僕の即答に、リアナは目を丸くした。


「驚くことかい?

ルッテはリアナの理論を形にした術師だ。

彼女の実力をもってすれば、サリティさんを完封してもおかしくない。」


「そうか。

いや、お前が目をかけていると聞いたから、相応の実力だろうと見積もっていたのだが。」


「サリティさんは強いよ。

でも、発展途上だ。

相手がルッテなら、それを理解することになるはず。」


「ふむ……。では、番狂わせはなさそうか?」


「……番狂わせはない。でも――」


 サリティさんはこの場では勝利できない。

それでもある確信はしている。


「リアナもルッテも、あの子にはいろんな可能性を見るかもしれないね。」


「……気に入らないな。お前からそんな評価を受ける女は。

だから、私はルッテを応援しよう。」


「意地が悪いなぁ。」


 僕がそう言って肩をすくめると、後ろからエーリスの呼び声が聞こえた。

振り返るとメイドさんが椅子とテーブルを運んできている。


どうやらエーリスが気を利かせて、持ってこさせたらしい。

リアナと僕、エーリスが椅子に座ると、それが合図になったかのようにサリティさんが動きをみせる。


「――フッ!」


 けん制を込めた左ジャブ。

離れた位置からの肘から先を鞭をしならせるような拳を唸らせる。


ルッテは訓練用の木盾でそれを受ける。

その瞬間だ。


 カンッ!


 木製とは思えない、金属を叩いたような硬質な音が響いた。

サリティさんの表情がピクリと動く。


材質が木製にも拘らず、密度の高い金属を叩いたときのような硬質な響き。

この音に聞き覚えがある僕は、即座にそのからくりを見抜いた。


「お、【硬質化(カル・セリオン)】の術式か。

ルッテ、ヴェルドラ術式も覚えたのか?」


 ヴェルドラ術式は外のエネルギーである【ノエス】を利用した術式だ。

エルドラ術式と違い、刻印装備など媒体を介して大気中のノエスを力に変える術式だ。


前にガルデスくんとの模擬戦で使った持っている装備を丈夫にするだけの単純な効果である【硬質化(カル・セリオン)】は、ヴェルドラ術式の基礎的な術でもある。

なので、ルッテはヴェルドラの使い手としても成長しているのかと感心したのだが――


「バカをいうな。

エルフでもない人間が、短期間で二つの術式を扱えるようになるわけないだろ。

あれはエルドラ術での【硬質化(カル・セリオン)】だ。」


 ふんっと鼻息をならし、否定するリアナ。

……え?マジ?


「自分の一部でもない装備にアイズを無理矢理通してるの?

それ、燃費悪くない?」


「悪いけれど、できないわけじゃないだろ?」


 いやまあ、できなくはないけれど。

……あー、もしかしてあれか?

前にリアナが提唱していたあの説を試したのかな?


「もしかして、あの盾の一部にルッテの髪とかでも巻き付けてるの?」


「それはなんだか呪術的で受ける印象がよくないな。

正確には、盾の持ち手の滑り止めに、髪で編んだ紐を結んである。

これで、アイズのエネルギーを武器に送り込むことができた。」


「いやあ、あれ聞いたときは何の冗談かと思ったよ。」


 以前、アイズのエネルギーは身体の外側と内側をどう区別しているのかということをリアナから聞かれたことがある。

僕は感覚的に、皮膚より下をアイズが動き回る範囲の基本と答えていた。


するとリアナは、じゃあ例外もあるんだなと確認されたんだ。

その時に見せたのが、手に馴染んだ武器は肉体の延長としてアイズを行きわたらせることが可能といえば可能であるということだ。


僕はそれを、頭の中で身体と一体になるまで把握しきれれば、アイズは武器を自分の体の一部として認識させることができるという考え方をしていた。


 でも、リアナはそう考えなかった。

延長できるといっても、それをリアナがやろうとすれば失敗する。


手馴染みしているものならできるというなら、なんでアルトゥスは拾った棒にもアイズを通せるんだ?と言われたんだ。


僕としては、それが修練による延長であったり慣れによるものだから、ちょっとズルしてるかもねなんてはぐらかしたんだが、リアナはその答えを良しとしなかった。


そこでいろいろ試した結果、

「自分の身体の一部は、アイズの通り道になる」という理論だ。


これにより、リアナはお気に入りの人形がアイズの力で遠隔操作できるのではないかといろいろ試していたのだ。


 僕は、ヴェルドラと違ってアイズの力は回転によるエネルギーで動くので、触れていないと遠隔操作は無理だろうと思っていた。


だが、後日披露されたリアナのお気に入りの人形は、確かにアイズの力で動いていた。

しかも、リアナから離れたところで……。


なんだこれ!?と驚いた僕は人形を調べたんだ。

そしたら、リアナは誇らしげに自分の右腕の小指を見せてきた。


そこには細く長いリアナの髪の毛が一本、人形と繋がっていた。

僕も知らなかったアイズの特性を、リアナは独力で暴ききったのだ。


 まあ、そんなこともあってリアナは騎士たちにもその技術を教えたのだろう。

本当に凄いことだ。

ヴェルドラという外側のエネルギーを使うことでしかできなかった物質の強化を、自分の体の一部であると偽装させることで術の対象に組み込むなんて考え方、僕にはできなかった。


何しろ、そんなことをする必要がなかったからね。

でも、リアナをはじめとした人間は基本的にエルドラ術しかできない。

それ故に工夫でヴェルドラ術式を再現できたのだ。


「創意工夫が、不可能を可能にする。

何故できないかという理由を、時間と根性だけで証明しない。

それが、短命種が選べる努力の効率化というものだな。」


「どっちかっていうと、執念みたいなものにしかみえないよ。

なんでそういう発想に至れるのか、僕にはわからないね。」


 左、右のワンツー。

前蹴り、回し蹴り。


サリティさんの流れるような攻撃が途切れなく襲いかかる。

しかし、その怒涛すらルッテは盾ひとつでさばいていく。


衝撃が、盾の向こうのルッテにまで届いていない。

硬質化(カル・セリオン)】の術式が正しく作用している証拠だ。


抜けるはずの衝撃も、振動も、アイズで強化された盾が動じず、全て受けきる。

ルッテは揺れない。

さながら、城塞のように。

リヴェリナという国を体現するように。


流れ舞い、踊るように魅せる戦いを好むサリティさん。

対するは、質実剛健。

華より実を得るために、確実な勝利へ泥臭く耐え忍ぶ不動。

両者の戦い方は、対照的だ。


 あまりの不動振りに、攻撃を叩きこむことで相手の防御態勢を崩す戦法が通じないサリティさんは、少しずつ追い込まれていく。

対してルッテもその連撃の合間をかいくぐってカウンターを狙ってはいるものの、軽快かつ隙のないサリティさんの流れを切り返せていなかった。


膠着こうちゃくしてきたな。」


 どうする?終わりを宣言するか?

そんな視線をリアナが向けてくる。


確かに、見た感じではこれ以上の応酬はなさそうな、どちらも決め手のない戦いに見える。


でもね、だからこそ彼女は燃えるんだと思うよ。


付き合いはそろそろ半年くらいが見えてきたサリティさんの横顔に、気分がよさそうな笑みが浮かんでいる。

僕は確信をもってこう言った。


「ちょっと気が早いかな。」


 バンッ!


 はじけるような音と共に、ルッテが後ろに押し出される。

盾を持つ腕が跳ねあがる。

ガードを抉じ開ける一撃は、サリティさんの右脚から放たれていた。


ルッテの驚愕の顔が、スローモーションのように映し出され――表情が、一瞬にして塗り替わる。

ルッテの口端が吊り上がった。


「二人とも、まだ楽しそうだもの。」


 抉じ開けられた城門。

無防備にさらされた弱点。


サリティさんの左回し蹴りが弧を描いて閃く。


その鋭い一撃が、ルッテの顔面に迫っていた。

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