第32話 対策と報告
あれから、早いもので一週間が経った。
今回の件もようやく落ち着いてきて、今日はノエラのところに来ている。
レイヴンは後から来る予定になっているが、今この場にいるのはリーネとノエラだけ。
「それでどうなりそうですか?」
机の上には図面と資料が広がっていた。
ノエラには王都のエネルギーについての調査をしてもらっている。
ノエラが資料をめくる。
リーネもその横から覗き込んだ。
「短期的には混乱しますわ。けれど、王都の機能が止まるほどではありません」
「ほう」
ずいぶんあっさり言い切るものだ。
本当に大丈夫らしい。
「もともと全てを魂石由来に頼っていたわけではありませんもの。足りない分を楽な供給で埋めていただけですわ」
「楽な供給があれですか……」
確かに倫理を気にしなければ、効率は最高級だっただろう。
「言い方を変えれば、見ないふりをしていた分ですわね」
ノエラは別の紙をリーネへ向けた。
「正規の人工魔石の製造ラインを急いで回せば、三ヶ月ほどで不足分の六割程度は埋められる見込みですわ」
「全部ではないんですね」
「急に全部は無理ですわ。そこまで簡単なら、最初からこんなことにはなっていませんもの」
「それもそうですね」
しかし、その面倒を惜しんだ結果が今回の騒動だったわけだ。
そうして話していると、ガラガラとドアが開く音がして、レイヴンが入ってきた。
「お待たせ」
戻ってきたレイヴンは、少しだけ疲れているように見えた。
「ずいぶん時間がかかりましたね」
「報告が多くてね」
「ガレンティ様の方も、大変でしたのね」
「まあね」
レイヴンが少しだけ息を吐く。
「ヴィクトル様の件ですよね? どうなったんですか?」
「ああ、簡単に言うとだね、国は父の悪事を隠蔽するみたいだよ。ただし、首輪付きっていう感じだね」
嫌な言い方だった。
「そうですか、確かに今解任したら大変なことになりますものね」
理由も外に話すこともできない以上、それが落としどころなのだろう。
「今回は、インフラの移行を優先した感じだね。でも、事態が落ち着いたら解任は決定している感じだね」
少しだけ黙る。
「ずいぶん現実的ですね」
「嫌な意味で、ね」
「でも、そちらの方が王都は助かるんでしょう?」
レイヴンは少しだけ視線を落とした。
「……そうだね」
「私としても、新しい人に説明するよりは楽ですわ」
実務が関わるノエラとしては助かったのだろう。ほっと息をついている。
「あ、そうそう。そういえば、王城に行った時に会ったけど殿下が君に会いたがっていたよ」
「殿下が?」
「礼を言いたいそうだ。今は、グレンの目を気にしなくてもいいからね」
シリウスとはあの事件以来、会っていない。
嘘ではあるものの、心中騒ぎなんてものを起こしてしまった以上、なかなかあちらも忙しかったようだったが、ようやく落ち着いたのかも知れない。
「ふむ、では、挨拶くらいはしておきましょうか」
「リーネ様にしては、早いですわね」
「こういうのは早いほうがいいんですよ」
そう言って、リーネは連絡を入れた。
(正直、先延ばしにしてまた変な事件になっても困りますしね)
連絡を入れると、今すぐに会いに来るとのことだった。
ちょうどリーネとしても出かける予定があってので、ちょうどいいタイミングだった。
学園の校門近くまで行くと、シリウスがこちらに向かって大きく手を振っている。
当然グレンの姿はなかった。
「リーネ殿!」
「おや、殿下。これは奇遇ですね」
「奇遇もなにも! 先ほど連絡をしたばかりだろう!」
「気づかれましたか。成長しましたね」
シリウスは一瞬だけむっとした顔をしたが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「あまり時間もないので本題に入るが……今日は礼を言いに来たのだ」
「礼、ですか?」
「そうだ。余はずっと、周りに言われたまま信じて、考えたつもりになっていた」
そこで、シリウスが自分の手を握って見つめる。
「だが、今回は違った。余は自分の目で見たし、自分がどれだけ何も分かっていなかったかも知った」
「……」
「これからは、ちゃんと自分で見て、自分の頭で考える」
そう宣言をして、シリウスはリーネの目を真っ直ぐと見つめた。
そこには、今までのシリウスとは違う、少しだけ大人びた表情があった。
「ええ。いいですね。それが正しい成長です」
シリウスが少しだけ視線を逸らす。
「いずれ、また胸を張って会いに来る」
「ほう」
「その時は、もう少しまともな王子になっているはずだ」
「期待しないで待っていますね」
「そこは期待するところだ!」
リーネが少しだけ笑うと、シリウスも少しだけ笑って背を向けた。
「次こそはちゃんとするからな!」
「はいはい」
シリウスが去っていく。
「ちゃんとするとはなんでしょうね?」
シリウスとの話を終わらせたあと、リーネはカルド商会へ向かった。
目的はアリアに会うことだったのだが、一緒にカナックもいた。
リーネが部屋へ入ると、アリアはリーネの顔を見るなり静かに頭を下げた。
「お時間をいただいて、すみません」
「いやいや、ちょうど暇をしていましたので」
カナックが席を立つ。
「私は外しておこう」
「いえ、お父様もここにいてください」
前よりは自然な呼び方だった。
まだ少しぎこちないが、関係を改めようという意思が感じられた。
「神父様のことです」
アリアが真面目な顔をしてリーネを見る。
アリアには、神父のこと、行方不明の間何をしていたのか、そして、彼がどういう人物なのか、事細かく話してある。
もっとも、アリアはその話を聞いた時は、顔を青白くして、気を失ってしまうくらいだったのだが。
「リーネ様に聞いてから、色々と考えました」
「ええ」
「最初は、やっぱり少しだけ、ショックでした。いえ、今でも正直、ショックです」
胸元の半月のペンダントに、アリアの指先が触れる。
「でも、それだけでした」
そこで少しだけ間が空く。
「神父様がしてしまったことは、なくならないんだと思います」
迷いはなさそうだった。
「だから、一緒に償っていくしかないんだと思いました」
「一緒にですか?」
「ええ、それが、あの人に育てられた私のせめてもの恩返しだと思います」
育てられた恩。でもきっとそれ以上に、アリアは神父のことを嫌いになれなかったのだろう。
「アリアがそう決めたのであれば、私もそれを応援しよう。彼には返しきれないほどの恩があるからな」
「ありがとうございます。お父様……」
アリアは一瞬だけ表情を緩めたが、すぐにまたリーネへ向き直る。
「リーネさんには、感謝しています」
「そうですか?」
「はい」
アリアは膝の上で手を重ねた。
「リーネ様であれば神父様を断罪してしまうことも、きっとできたはずです」
アリアは一度だけ息を吸った。
「きっとその方が正しいのでしょう」
罪を犯した大きさ、当然神父のことを恨む人だっている。
その人からすれば、きっと神父が生きていることすら許せないのだろう。
断罪は、そういう人たちの気持ちを考えれば、当然のことだった。
「でも、リーネさんはそうしなかった」
小さかったが、はっきりしていた。
「私のために、そうしてくれたんですよね」
リーネは少し考えてから、首を縦に振った。
「……まあ、そうなりますかね」
「ありがとうございます」
アリアはもう一度、深く頭を下げた。
「私は友だちに、ずっと助けてもらってばかりです」
少し困ったように笑う。
「別に大したことはしていませんよ」
肩をすくめてから、リーネは続けた。
「世の中のためとか、そういう大きな話ではありません」
そこで一度だけ、アリアを見る。
「そもそも、今回私はアリアのために動いただけです」
リーネは少しだけ肩をすくめる。
「なにしろ、友人ですからね」
アリアが目元を押さえる。
泣きそうではあったが、ちゃんと笑っていた。
「……ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
手を伸ばしてきたアリアの手を、リーネはしっかりと握り返した。




