第31話 役割と断罪
「……何だ、これは」
レイヴンが低くそう言った。
黒い煙を取り込んだ直後のエグバートは、腕や首筋に黒い筋を浮かべたまま立っている。
その全身を薄く黒いオーラが包んでいた。
「……ぅ……なるほど……」
しかし、エグバートはただ立っているだけなのに、少し無理をしているように見える。
リーネは大鎌の柄を握り直しながら、目の前の状態を確かめる。
「魂石から無理やりエネルギーを引き出して、自分の能力を引き上げている状態ですね」
魂石を通常の魔石のように使用している。ただ、その量が尋常ではないため、エグバート自身の身体にも負荷がかかっているのだろう。
「……興味深い……と言いたいところですが、これはめんどくさいですね」
「おわかりになりますか。さすがは本物の死神様だ」
エグバートは口元だけで笑った。
「死神様がもたらした魂石は、人の役に立てるべきものです」
その首筋に浮いた黒い筋が、わずかに脈打つ。
「だからこそ、このように使うのも問題ないのです!」
エグバートが右手を構え、黒いオーラを弾丸のようにリーネに向かって打ち出した。
「はぁっ!」
レイヴンの剣が黒い凶弾を切り裂き、そのままエグバートに向かって切り込んだ。
しかし、剣はオーラに受け止められるように防がれた。
リーネの目には、エグバートのオーラが少しだけ薄くなったのが映った。
しかし、とエグバートは握っていた魂石を握りこむと、薄くなった分が、そのまま補われていく。
「はぁ……人の命を燃料にしているんですね」
思わずため息をついたリーネ。
「燃料などではありません。有効活用です」
再び、エグバートが黒いオーラを打ち出す。
レイヴンが受け止めるが、エグバートが打ち出す度にオーラが薄くなり、すぐに回復することを繰り返す。
「死神様がもたらした恵みを、人の世に下ろす。それの何が間違いなのでしょう」
「返すべきものを使い潰しておいて、よくもまあ」
「使い潰すのではありません。有効に使うのです」
「……死神教団も同じような思想で動かしていたんですか?」
リーネがそう言うと、エグバートの目がわずかに細くなった。
「……さすが、死神様。おわかりですか」
「ええ。理屈が同じですから」
彼らはスラムから人をさらって、それを人工魔石にしていた。
これも一種の「有効活用」だったのだろう。
「役に立たぬまま朽ちるより、人の世を支える石になる方がずっと良い」
当然のことを説明するような口ぶりだった。
「スラムの役に立たぬ人間を、役に立つ形へ変える。それもまた救いでしょう」
リーネは小さくため息をつく。
「死神の真似事で人を壊しておいて、救いとは便利な言葉ですね」
けれど、その声音はよく冷えていた。
「失望されましたかな」
「いいえ。最初から期待していませんよ」
レイヴンがもう一度踏み込む。
受けた反動で、エグバートのオーラがまた少し薄くなった。
エグバートの手が、当たり前のように次の魂石へ伸びる。
「さすがに死神として放置はできませんね」
リーネはそう言うと、大鎌を背中にしまい込み、両手を合わせた。
「……死神様にはこの思想をご理解いただけぬようですねえ」
どうやらそれだけでリーネが何をやろうとしているかエグバートはわかったらしい。
「ええ、それが私の仕事ですからね。神にお返ししますよ」
魂石を武器として扱うのであれば、奉納してしまえばいいだけのことだ。
「それは困りますね」
エグバートの視線が睨むようにはっきりとリーネへ定まる。
「レイヴン様」
「何秒いる?」
「数えられるくらいで十分です」
それだけで通じたらしい。
レイヴンがすばやくリーネとエグバートの間へ入る。
「あなたは勘違いしていますね」
「死神は、正しいから魂を扱うわけではありませんよ」
「……何を」
「役割だからやっているだけです」
リーネがゆっくりと目をつぶった。
「ですから、返すべきものは私が返します」
奉納の準備が整ったことがわかったのだろう。
しかし、エグバートは焦ることなく、リーネに問いかけてくる。
「よろしいのですか? このまま発動すれば、レイヴン様まで巻き込みますよ」
余裕たっぷりの口調だった。
「リーネ嬢! 僕に構うことなく……!」
レイヴンがリーネに向かって叫ぶ。しかし、それを全部言い切ることはなかった。
「……ああ、そういえばそんなことを言いましたっけ」
目をつぶったまま、リーネはにやりと笑った。
「あれは嘘です」
「……」
「加減ができないと本当に思っていたのですか?」
単に邪魔だから追い払っただけで、魂石だけの奉納なんて、リーネにとっては簡単なことだ。
「やめなさい!」
初めて、エグバートが焦ったような口調で叫んだ。
「嫌です」
エグバートがリーネへ向かおうとする。
しかし、レイヴンがそれを許さない。
「……使徒ごときが、よくもまあ」
「これが僕の役割だからね」
剣を構えたまま、レイヴンは一歩も引かない。
「リーネ嬢に届かせる気はありませんから」
「邪魔だ!」
黒いオーラがもう一度打ち出された。
レイヴンはそれを正面から受ける。
マシンガンのような連射が続く。
次第に、レイヴンが追えなくなり、攻撃がレイヴンに当たり始める。
しかし、その数秒で十分だった。
「神にいただいた命を今、お返しします」
その言葉が落ちた瞬間、執務室の空気が震えた。
エグバートが握っていた魂石が、懐にしまってあった魂石が、一斉に震え始める。
「これは……神の恵みだぞ……!」
嘆くような声を上げるエグバート。
「ええ。だから返しているんですよ」
魂石が全部、消えた。
補充できるものがなくなった瞬間、エグバートを包んでいたオーラが一気に薄れる。
取り込んだ黒い煙も、魂石を燃料に保っていただけだったらしい。
そこで初めて、エグバートの膝が落ちる。
崩れたところへ、レイヴンが一気に踏み込む。
腕を捻り上げ、そのまま机へ押しつけた。
「終わりです」
エグバートは押さえ込まれたまま、リーネを見る。
苦しそうではあるが、それでもどこか笑っているようにも見えた。
「貴方様は……本当にお母様に……似ていらっしゃる」
「それは褒め言葉ですか?」
「ええ、とても。最後まで、こちらの理屈に乗らないところが」
「そうですか」
リーネは大鎌を下ろす。
「私と比較されて母に失礼でしょう?」
エグバートの顔が硬直する。そしてそのまま、体ごと消えていった。
騒ぎを聞きつけたギルド職員が扉の外に集まり始めてきた。
レイヴンが短く事情を伝え、職員達が慌てふためき、走り回る。
「終わりましたかね」
「終わった、とは言い切れませんけど」
部屋を見回してから、リーネは続ける。
「少なくとも、仕事は果たせましたね」
小さく息を吐く。
「これで一区切りです」




