第30話 ギルドマスターと魂石
「リーネ様。本日は奉納でしょうか」
死神ギルドに入ると、奥から現れた職員が慌てたように頭を下げてきた。
「いえ、今日はギルドマスターに用があります」
「ギルドマスターに、ですか?」
「ええ。少し確認したいことがありまして」
受付職員が返答に困ったところで、奥から足音がした。
「これはこれは。リーネ様、ようこそいらっしゃいました」
エグバート・ハインリッヒ。
死神ギルドのギルドマスターは、いつものように穏やかな顔で姿を見せた。
「おや、いらっしゃいましたか。ちょうどよかったです」
「私にご用ということですが……」
「ええ、奥でお願いします。受付で話すことでもありませんから」
エグバートの視線が、そこでレイヴンへ移る。
「ガレンティ様もご一緒に?」
「ええ。レイヴン様は私の使徒ですからね」
リーネがそう言うと、レイヴンも静かに頭を下げた。
「同席させていただきます」
「なるほど。では、どうぞこちらへ」
エグバートは穏やかなまま、二人を奥の執務室へ案内した。
執務室へ入ると、エグバートは当然のように二人へ椅子を勧めてきた。
けれど、リーネは座らない。
レイヴンもそれに合わせて、机の前で足を止めていた。
エグバートだけが静かに腰を下ろし、二人を見上げる。
「それで、確認したいこととは?」
「先日、こちらで少し妙なことを知りましてね」
「妙なこと、ですか」
「ええ。母が、死神ギルドで働いていたそうですね」
その言葉を聞いた瞬間、エグバートの目がほんの少しだけ細くなったように見えた。
「……シエーナ様のことですかな」
「ええ。実は私、知らなかったんですよ。ギルドマスターはご存知でしたか?」
「私もあとで気が付きました。しかし、状況を考えるとあまり話題に出すべきではないかと……」
「ええ、まあ、両親は殺されていますからね。叔父であるヴェルディオによって……」
「ええ、悲しいことです」
口ぶりだけなら、いかにも悲しそうだった。
ただ、本気でそう思っているのかはよく分からない。
「ええ。ところで、話は変わりますが、今日、死神教団というところに潜入しましてね。知っていますか?」
「死神教団……死神の名を冠した邪教徒の集団ですな……」
「ええ、そのとおりですね。色々とありまして、私たちでその教団を潰してきたんですよ」
「潰した……!?」
「ええ。とんでもない実験をしていましたからね」
そこでレイヴンが、持っていた書類を机の上に置いた。
地下工房から押収した資料の束だ。
「地下工房から押収した資料です。人工魔石の製造記録と、出荷先の一覧が残っていました」
エグバートは視線だけを書類へ落とした。
けれど、手を伸ばして確かめようとはしない。
「これは……なるほど……しかし、なぜこの資料をこちらへ持ってきたのですか?」
関係がないとでも言いたげな顔だった。
少なくとも、そういう顔を作っているようには見えた。
「まあまあ、慌てないでください。重要なのはこれです」
リーネは出荷先の一覧を指先で軽く叩いた。
「どうやらエネルギー省にも輸出されていたようでしてね。なんとも嘆かわしいことです」
「エネルギー省……まさか、国が……」
ちらりとレイヴンの方を見る。
レイヴンは特に反応も見せず、ただ静かにエグバートを見つめていた。
「ええ。こちらに来る前に確認をしてきました。今のエネルギー省の大臣はこちらのレイヴン様のお父様ですからね」
そこで一度言葉を切る。
エグバートの表情はほとんど動かない。
「どうやら、国のエネルギーは天然魔石や人工魔石では全然足りていなかったらしくですね」
リーネはそこで少しだけ笑った。
「死神教団の魔石に全体の一割も依存していたらしいですよ」
「そんなことが……しかし、それもリーネ様たちが問い詰めたのでしょう? それで解決ではないですか?」
エグバートは嘆かわしいとでも言いたげに首を振った。
「まあまあ、慌てないでください」
リーネは小さく笑って、ここからが本題だと告げた。
レイヴンがさらに紙を一枚出した。
今度は地下工房の資料ではない。
とある騒動で死んだ記者が残していた記録だった。
最初は怪しい陰謀論かと思っていたが、知り合いに確かめたところ、どうやらそれなりに正しく調べられていたらしい。
リーネはその一文を指先で押さえた。
「王都のエネルギーは通常では三割ほど足りないらしいんですよ」
リーネはそこで一拍置いて、エグバートを見た。
「不思議ですね。死神教団製の人工魔石は一割。では残りの二割はどこから出たんでしょうか?」
「記録に間違いがあったのでは……」
リーネはあっさり頷いた。
けれど、そのまま少しだけ笑う。
「そうかもしれませんね。しかし、その二割を解決できるとあるものがあるとしたら……」
「そんなものあるわけ……」
「それがあるんですよ……」
そう言って、リーネがポケットから取り出したのは、魂石だった。
リーネが指先でつまんだ魂石を、少しだけ持ち上げる。
エグバートの視線がそこへ落ちた。
「知っていますか? どうやら、この魂石はエネルギーとしても使えるらしいんですよ」
エグバートの視線が、魂石に留まったまま動かない。
「しかも、かなりの量だそうです。ノエラに確認してもらったところ、ざっくり天然魔石の十倍ほどのエネルギー量になるとか」
「知りませんでしたな。そんな、神への冒涜をするようなこと……」
驚いたような怒っているような口ぶりだった。
けれど、声の温度はほとんど変わっていない。
リーネは魂石を掌の上で転がした。
「ええ、そうですよね。これは神への冒涜です」
少しだけ笑ってから、リーネは言葉を続けた。
「しかし、まあ、考えてみましょうよ。そう考えると、色々と繋がってくるんですよ」
「繋がる、とは?」
「先ほど、私の母が死神ギルドで働いていたという話をしましたが、対して父はエネルギー省の大臣だったんです」
それはさすがに、前から知っていた。ようするに、ヴィクトルの前任にあたる人物が、リーネの父親になる。
「さて、ここで考えてみてください。仮に死神ギルドからエネルギー省に魂石が流れているとしたら?」
エグバートは何も言わない。
「それを私の両親が知ったとしたら、きっと止めようとしたでしょうね」
リーネの両親はそういった不正を許さない人たちだ。彼らが不正に関わっていることは考えにくい。
だから、きっと彼らは止める立場に立とうとしたはずだ。
「叔父ヴェルディオは、どこでマナ中毒で人が死ぬなんて話を知ったのでしょうね」
そう彼には裏がある、それはずっと考えていたことだった。
「誰かが唆して、両親を殺すように仕向けたとしたら?」
そこで一度、言葉を切る。
「それが、私の両親の死の真相だったりしたら、どう思います?」
つまり、魂石の横流しを止めようとした両親が、誰かにそそのかされた叔父に殺された。
「さて、では魂石を横流ししている、神への反逆者がいるとしたらどなたでしょう」
その問いにも、エグバートは答えなかった。
「簡単な答えです。魂石の管理をしているのは、死神ギルドでも一人だけ。奉納の間の鍵まで含めると、なおさらですね」
リーネの瞳が貫くように目の前の人物を射抜いた。
「あなただけですよね? 死神ギルドのギルドマスターのエグバート」
エグバートはようやく少しだけ笑った。
穏やかなままの顔だったが、さっきまでとは少し違う。
「……なるほど……しかし、それは想像に過ぎませんよね? 確かに、色々とは繋がりますが、確たる証拠もありませんし……」
「ええ、そうでしょうね。ただの想像かもしれません」
リーネはあっさり頷いた。
「だけど、これだけ繋がっていれば、私には十分ですよ」
「十分?」
微笑んだまま、はっきりと告げる。
「忘れていませんか? あなたの目の前にいるのは死神です」
エグバートの笑みが、そこで初めてわずかに薄れたように見えた。
「法や証書が必要なのは、人の裁きでしょう。あなたを追求するのに、これ以上の理由は不要です」
その言葉と同時に、リーネの身体から黒い煙が溢れた。
一瞬で黒いローブが形を取り、手の中へ大鎌が収まる。
「あなたに何も不正はないと、神に誓って言えますか?」
さすがにエグバートも、そこで目を細めた。
「……まさか、このように追及されるとは思ってもみませんでしたよ」
「私のことを甘く見ていましたよね。いえ、ずっと警戒はしていたみたいですが」
「……そうですね。ここまでの強硬手段に出てくるとは思っていませんでした」
そう言いながら、エグバートもまた静かに立ち上がる。
その顔には、もう取り繕う気配があまりなかった。
「ですが、私は神への反逆などしたつもりはありません」
エグバートは静かに言い切った。
「返すべき恵みを、人の世へ下ろしていただけです」
「恵み、ですか」
「ええ。死神様の力で人の世が回るのなら、それは冒涜ではなく信仰でしょう」
(……この方何を言っているのでしょうね?)
リーネの足元から、黒い煙が静かに滲んだ。
「やはりあなたもどこかズレているみたいですね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「好きにすればいいですよ」
リーネがそう返すと、エグバートは小さく笑った。
そこにはさっきまでの穏やかさではなく、どこか薄暗いものが混ざっているように見えた。
「ですが、私はここで死ぬわけにはいかないのです」
そう言って、エグバートは懐へ手を入れた。
次の瞬間、取り出された刻みの入った魂石から、黒い煙のようなものが静かに溢れ出す。
それはそのままエグバートの周囲を包み込み、エグバートの身体に吸収されていった。




