第27話 凶刃と神罰
「死ね、ローガン!」
グレンの剣が、ローガン神父へ向かって伸びた。
反応したレイヴンがすぐに前へ出る。
けれど、先に届いたのはグレンの剣だった。
刃が、ローガン神父の脇腹に突き刺さった。
「ぐっ……」
ローガン神父が祭壇に手をつく。
「神父様!」
信者たちの悲鳴が、地下礼拝堂の中に広がった。
「そこまでだっ!」
さらに踏み込もうとしたグレンの剣を、レイヴンが弾き飛ばした。
そのまま腕を取り、床へ押さえつける。
「離せ! 邪魔をするな!」
「暴れるなっ!」
「まだ終わっていない……! 離せ……!」
レイヴンが腕をさらに押さえ直す。
グレンの声が、床に潰れるように途切れた。
(ふむ、こちらはこれで大丈夫そうですね)
周りの信者たちの視線も呆然と刺されたローガン神父と押さえつけられたグレンを行き来している。
そんな中リーネはローガン神父の前にしゃがみこんだ。
「……くぅ」
刺された部分が痛むのか、手で押さえつけている。
その手の下からは、あふれるように血が地面に流れている。
(重傷ですね)
傷は深そうだ。
ただ、まだ生きている。
リーネにとってはそれで十分だった。
「苦しそうですね?」
そばにしゃがみこんだまま問いかけると、ローガン神父は首を傾けてリーネを見た。
「……これまでの罰です」
ローガン神父の声は弱い。
それでも、どこか受け入れているような響きがあった。
「私は……それだけの罪を犯しました……」
「おや」
「……このまま命をもって償います」
「なるほど」
このまま放置すれば、おそらく長くはないだろう。
そして、ローガン神父はそれを受け入れているようだった。
「そうですか。ならば後でそうするといいでしょう」
けれど、決めるのは彼ではない。
「恨むのであれば、即死まで至らせることのできなかった彼を恨んでくださいね」
リーネはローガン神父の身体に手を伸ばす。
「死なせてください」
懇願するようにローガン神父が言ってきた。リーネが治そうとしているのがわかったのだろう。
そして、それが可能なことも。
「嫌です」
リーネはあっさり言って、ローガン神父の傷口に手をかざした。
黒い煙が、手のひらから広がる。
傷口を覆い、血の流れを止めていく。
「っ……」
「アリアと約束しましたからね」
ローガン神父の目が、わずかに揺れた。
「……あの子と」
「ええ。あなたを探すと。でしたら、勝手に死なれては困ります」
ローガン神父は何かを言おうとしたようだった。
けれど、声になる前に、目元から涙が一筋落ちる。
「アリア……」
その名を呟いて、ローガン神父は意識を失った。
呼吸はある。
傷も塞がっている。
「助かったのか?」
グレンを押さえたまま、レイヴンがこちらを見る。
「生きています。あとは寝ていてもらいましょう」
リーネは立ち上がった。
そこでようやく、礼拝堂の中が妙に静かになっていることに気づく。
信者たちが、リーネを見ていた。
ローガン神父の傷が塞がるところを見て、息を呑んでいるらしい。
そのまま祈るように手を組む者までいた。
「死神様……」
「本物の……」
何人かが膝をつく。
グレンまで、レイヴンに押さえられたまま、顔を上げてリーネを見ていた。
「お許しください」
「我らは、あなた様のために……」
向けられる熱は、あまり気分のいいものではなかった。
「……勘違いしないでください」
リーネの体から、黒い煙が広がる。
制服が黒いローブに変わり、手元に大鎌が現れた。
「おお……」
「やはり……!」
信者たちの声が、さらに熱を帯びたように聞こえる。
けれど、リーネが見せたかったのは奇跡ではない。
「あなたたちのような信者は不要です」
祈りの言葉が止まった。
誰も、すぐにはその意味を飲み込めなかったらしい。
「なぜ……我々は、死神のために……」
グレンの声には、理解できないという色が混じっているようだった。
信者たちも顔を上げる。
信仰していた相手から切り捨てられるというのは、なかなか面白い顔になるものらしい。
「違います」
リーネは大鎌を軽く持ち上げた。
「あなたたちは、死神の名を使っていただけです」
「お、お待ちください!」
「違う! 我々は!」
「ありがたく思いなさい。これが神罰です」
黒い煙が礼拝堂に広がった。
信者たちの体が、煙に包まれていく。
悲鳴は長く続かなかった。
人の姿があった場所に、小さな魂石が転がっていく。
グレンもまた、レイヴンの腕の中で黒い煙に包まれた。
「ま、待て……!」
「お断りします」
グレンの姿が消え、床に魂石が一つ増える。
レイヴンは、しばらく黙ってその光景を見ていた。
リーネは死神の姿のまま、静かになった礼拝堂を見渡す。
「これで少しは静かになりましたね」
「はあ……全員消されると困るんだけど……」
レイヴンは消したことよりも、証拠がなくなったことに対して文句があるようだ。
「そういえば、そんなのもありましたね」
しかし、リーネはどこ吹く風。
「まあ、この人がいればなんとかなるでしょう」
そうして寝転がったままのローガン神父を指さす。
「はあ、まあ、彼の証言と資料を合わせれば証拠にはなるか……」
レイヴンが小さく息を吐いた。
困ったようにも、少しだけ笑ったようにも見える。
「ええ、ですが、きちんとアリアに謝罪をさせてからですよ」
「あー……まあ、頑張ってみるよ」
「ええ、お願いしますね」
レイヴンに放り投げ、これにて死神教団に関する問題は解決。
けれど、教団の問題が終わっただけで、もっと巨大な問題がまだ残っている。
「次は、この教団に協力していた者たちだね」
「ええ、さて……レイヴン様、覚悟はいいですか?」
リーネは死神の姿のまま、少しだけ笑った。
「ここからが本番ですよ」




