第25話 地下工房と名簿
「では、行きましょうか」
グレンが下りていった隠し床。その先へリーネとレイヴンも続いた。
階段は思っていたよりもずっと長く、下へ下へと続いている。
「思ったより、ずっと大掛かりですね」
「ああ、どれだけ深くまで続いているんだ」
(まさに王都の闇といったところでしょうかね)
長く薄暗い石階段を下っていく。一分ほど下ったところでようやく、出口が見えた。
下りきったところで、視界が一気に開けた。
そこにあったのは、まるで教会のような空間だった。
長椅子が並び、正面には簡素な壇がある。壁にも柱にも、死神を象ったのか大鎌をもった彫像が立っていた。
「ふむ、祈りの場というところでしょうか。誰もいないみたいですが」
「ああ、けれど、さっきまで使われていた形跡があるね」
人の姿はない。
しかし、椅子は乱れていていたり、本が落ちていたり、ろうそくがまだついたままになっていたりする。
「……ここが殿下の言っていた場所ですかね?」
「そうだろうな。入口であり、見られても大丈夫なところというところかな」
「ええ。これなら何かしら神聖な団体と思われても不思議ではないですね」
ただ、もちろん、ここを使用している組織はそんな神聖な団体ではない。
「そもそも、ちゃんとした集団であれば地上にありますからね」
こんな薄暗い地下に隠れるように作られている時点でまともではない。
(もっとも殿下としてはそれはそれでロマンを感じたのでしょうけど)
「ふむ、こっちかな?」
リーネが考えている間に、レイヴンが床を調べていた。
「さすが元スパイ。人の足跡まで追えるんですね」
「昔とった杵柄とはこのことかな? さあ、こっちだ」
広間の奥に、細い通路が続いていた。
レイヴンを先頭にして、リーネもその後をついて行く。
長い石造りの廊下が続いていた。先が見えないほどに長い。
「本当に大規模ですね」
「ああ、いったいいつから作られていたんだか」
「一年や二年ではできないでしょうね」
廊下の左右に付けられている扉は格子状で中が見えるようになっていた。
それを時折覗き込みながら進んでいく。
「人がいませんね。もっと奥でしょうか」
「グレンが知らせて集まっているのかもね」
「ああ、それはそうかもしれませんね」
グレンが報告するのは、殿下の死という大事件だ。集まっていてもおかしくはない。
そういう理由からか、人の気配がない廊下を進んでいく。
「ふむ……おやっ?」
リーネが一つの扉の中を覗き込み、そこで立ち止まった。
「どうかしたのかい?」
「いえ……どうやら作業場のようですね」
「作業場?」
「ええ、まあ、見ればわかりますよ」
そう言って、リーネは扉を開け放った。
「……うっ、これは……」
中を見た瞬間、レイヴンが思わず声を漏らした。
それも無理はない。部屋の中心には、人が寝かせられるような台が置いてある。
そしてそれは赤黒く染まっている。
「やはりまともな組織じゃなかったですね」
ここで何が行われたかはわからないが、少なくとも思っていたよりもひどい事態なのは確かだろう。
赤黒く染まった台やその周りを避け、リーネは部屋の奥にあった机に近づいた。
「ふむ……」
机の上に乱雑に積まれていた紙を手に取る。
それは日付と結果だけを雑に書いた記録だった。
「何が書いてあった?」
「……これは実験記録ですね」
もう一枚めくる。
「こちらも……ふむ、これ全部がそうですかね?」
試しに一番下の紙も見てみたが、同じフォーマットの書類だった。
「なるほど……なるほど……やはり、そういうことでしたか」
したり顔で頷くリーネに、レイヴンが不安そうに尋ねてきた。
「……何だったんだ?」
「色々と噛み合っただけです」
これまで微妙に噛み合わない点、それがこの書類を見たことで一気に繋がった。
「詳しく聞かせてほしい」
「ふむ……少し覚悟がいりますよ?」
「……問題ない。どうせろくでもない実験なのはもうわかっている」
それはこの部屋の状態からも明らかだ。
ならばとリーネは淡々と話し始めた。
「ここで行われていたのは、簡単に言えば人工魔石の実験です」
「人工魔石の実験……?」
レイヴンはそれだけか? といった顔をしている。構えた割には肩透かしだったのだろう。
しかし、もちろん、そんなわけもない。
「ええ、強い魔力を持つ人工魔石を作り上げようとしていたみたいですよ。あ、そういえば、森の魔物の件もその人工魔石の効果みたいですよ」
「それは……どういうことだい?」
「彼らが作った人工魔石は、どうやら魔素を集める効果があったらしくてですね。その効果を測るのを森でやったみたいです」
「なるほど、その結果、森の魔素が高まったということかい?」
「ええ、ついでに、魔素を変質させる効果もあったらしく、魔物にも大きな影響を確認したみたいですよ」
リーネは説明はしなかったが、書類には想像以上に効果があったせいで、魔物が凶暴化してしまい、それをグレン率いる第二騎士団が処理することになったことも書かれていた。
「それは大迷惑だな……」
レイヴンがため息をつく。結局彼らの実験のせいで、王都の魔石が足りなくなっているのだから、当然の反応だろう。
しかし、彼らの悪事はそれだけではなかった。
「ああ、そうそう。言い忘れましたが、彼らが使っている人工魔石の材料は人間です」
レイヴンの顔つきが変わった。
一瞬だけ怒りのようなものが浮かんで、すぐに押し殺される。
「この血はそういうことか……酷いことを……」
(人身売買で売られた人たちもきっと、こうなったのでしょうね……)
いくらリーネとはいえ、さすがにこの状況には多少の哀れみは感じる。
しかし、それはそれとして、リーネには最後に一つ重要な事実が残っている。
「そして、この死神教団には……いえ、これは見せたほうが早いですかね」
「この期に及んでもう驚くことはないだろう」
そう言いながら、少し呆れたような顔でリーネから紙を受け取ったレイヴン。
しかし、レイヴンの目がとある一点で止まった。
「……」
「協力先……つまり資金援助先ですね」
その紙に書かれていたのは、何人かの名前だった。
そしてその中には……
「……ヴィクトル・ガレンティ」
ガレンティ家の当主にして、レイヴンの父親の名前がそこにあった。




