第21話 王子と謝罪
(さて、今日はどうしたものでしょうね)
死神ギルドで奉納を終えたリーネは、少し考えたいことがあったので、学園へ行くことにした。
自分の部屋でもいいのだが、部室の方が考えるのには向いていると思ったからだ。
学園に着いて、部室へ向かうために中庭を横切っていると、向こう側に見覚えのある金髪が見えた。
しかも、その横にいるはずの大柄な護衛がいない。
(おや)
少しだけ驚いた。
けれど、それを顔に出すほどでもない。
そのまま歩調を変えずに近づいていくと、向こうもこちらに気づいたらしい。
「リーネ殿!」
嬉しそうに声が飛んでくる。
リーネはその正面まで行って、半歩だけ横にずれた。
「どうも、こんにちは」
それだけ言って、そのまま脇を抜ける。
「……ま、待て!」
一瞬間が開いた後、慌てた声が後ろから追ってきた。
(ああ、やっぱり私に用ですよね。知ってました)
リーネはそこでようやく足を止めて、ゆっくり振り返る。
「おや。殿下ではありませんか、道にでも迷いましたか?」
「迷ってなどおらぬ! いや、そうではなくてだな」
シリウスは少し息を切らせたまま、こちらを見た。
その顔が、いつもの勢いだけではないように見えて、リーネは少しだけ目を細める。
「その……」
シリウスは少し肩をすぼめて、ほんのわずかに視線を逸らした。
「余のことを、怒っているのか?」
さすがにその問いは少し予想外で、リーネは珍しく呆けてしまった。
「……何に対してでしょう」
「何に、というか……」
そこでまた言葉に詰まる。
いつものような軽さで押してこないあたり、よほど言い出しにくい話らしい。
「婚約破棄の件だ」
しばらくして、ようやくそう言った。
「婚約破棄の時も……先日の討伐の時もそうだ……余は結局、リーネ殿を危険な目に合わせてしまった……」
言葉を探しながら、視線が少し揺れる。
どうやら、この人なりにずっと気にしていたらしい。
あの夜、魔道具を得意げに見せていたのも、ただ自慢したかったからではなく、少しでも自分にもできることがあると見せたかったのだろうか。
(なるほど……少しは成長していたんですね)
昔と変わらない。そう思っていた。しかし、彼にも当然時間は流れていたのだ。
(ふむ、これは少しきちんと話したほうがいいかもしれませんね)
今までは、あくまでも事件についての調査のために話をしていた。
しかし、今回、リーネはシリウスと向き合ってみることにした。
「殿下」
「うむ」
「ここで立ち話を続けるのもなんですし、少し出かけましょうか」
「出かける?」
「学園の中ですよ。人気のないところへ」
中庭の端から渡り廊下を抜けると、普段はあまり人の通らない校舎裏の木陰がある。
派手さはないが、少し話すにはちょうどいい場所だった。
二人でそこまで歩く。
途中で、シリウスがようやく少しだけ落ち着いたらしい。
「殿下は……背が伸びましたね」
「いきなり何だ」
「昔はもう少し見下ろしていた気がしたんですけどね」
「余はもう子供ではないぞ」
「そうやってすぐにむくれるところはあまり変わっていませんけどね」
少しだけ膨れた顔になった。
その反応は、なんとなく懐かしかった。
木陰に入ってから、リーネは改めてシリウスを見た。
「まず、婚約破棄の件ですが」
「う、うむ」
「気にしていませんよ」
少し緊張していたシリウスの目が少しだけ見開いた。
「……本当か?」
「ええ。あれは大人の事情でしょう。殿下がどうこうできる話ではなかったはずです」
「だが、余は……」
「殿下はあの頃、今よりもっと子供でしたしね」
「またそうやって!」
「事実でしょう?」
軽く返すと、シリウスは言い返しかけて、それから小さく息を吐いた。
少し力が抜けたようだった。
「……怒っていないのなら、よかった」
「ええ。ですから、その件はもう終わりです」
そこで一度、話を切る。
「それよりも先日の件の方が問題です」
「……やはり、余ではあまり役に立てなかったか」
「いえ、そういうことではありません」
リーネは首を横に振った。
「私たちのことを気にして、前へ出てくださったのはわかります」
自分の成長を見せたいという気持ちがあったことは否定できないが、それでも兵士やリーネ達を気にして行動していたのはわかる。
「うむ」
「でも、殿下は王子なんですから、ああいう場面で一番前に出てはいけません。立場を考えなければなりません」
シリウスは少しだけ肩を落とした。
「……それはそうだが」
「ええ。でも、そのお気持ちは、ちゃんと受け取りました」
シリウスはそれを聞いて、少しだけ表情を緩めた。
けれど、リーネはそこで終わらせなかった。
「ただ」
「ただ?」
「もっと気になったのは別の方です」
「別の方?」
「ええ。あの自慢げに見せてきた魔道具ですよ」
もうリーネは決めていた。この子にはもうはっきりと言ったほうがいいと。
「殿下、あの魔道具は欠陥品です」
「……確かに……きちんと発動しなかったな」
「ええ。きちんと動くかもわからないものを、あのように信用するのはどうかと思います」
「……うむ、そうだな……事前に確認はすべきだった……」
「ええ、それに、もしかしたら危ない魔道具だった可能性だってあるんですから」
「危ない……いや、確かに危ない目には遭ったが」
そこで、シリウスは少しだけ視線を落とした。
「いいえ、殿下。よく考えてください。例えばです。あれが爆発する魔道具だったらどうなりますか?」
「それは……考えたくもないな」
当然のごとく、シリウスは死んでいただろう。
「ええ、殿下が魔道具をいただいた時にどういう話をされたのかはわかりません。ですが、悪意を隠したまま近づいてくる人間の可能性を無視してはいけません」
「……それについては少し気になっていた」
シリウスはうつむいていた顔をあげ、意を決したようにリーネを見た。
「リーネ殿も随分と彼らのことを気にしていたな」
「おや、お気づきでしたか」
「ああ、後になってからだが……それに……違和感もあった」
そこでシリウスは一旦言葉を切る。
「なあ、リーネ殿、教えてくれ。彼らは……死神教団は悪者なのか……?」
シリウスの声は少し震えていた。
(そうですね……いえ、ここはもうきちんと話すと決めたんですからね)
「その判断は私の話を聞いて、殿下自身でくだしてください」
そうして、リーネは今のリーネの状況を話し始めた。




