第18話 黒鱗の獣と魔道具
北西の現場に着いた時には、騎士団はもう押されていた。
地面には兵が三人倒れ、残った者たちがどうにか盾を構えている。
その真ん中にいたのは、見たことのない獣だった。
馬の三倍はありそうな大きな体に、黒い結晶のようなものがびっしりと生えていた。
(私たちが倒したやつを大きくしたような感じですね)
「グレン! 無事か!」
シリウスが叫んだ。
前の方にいたグレンが振り返る。肩当てが曲がっていた。まともにぶつかられたのだろう。
「殿下、お下がりください! 危険です!」
「分かっておるわ! しかし余にはこれがある!」
シリウスが懐から例の魔道具を取り出した。
止める間もなく馬から飛び降り、そのまま獣の横へ走り込んでいく。
「殿下!」
グレンの声が裏返った。
シリウスはもう魔道具を構えている。中央の魔石が光り、空気が震えた。
次の瞬間、光の線が獣へと走った。
しかし、軽い音だけ立てて、光は散った。
その身体には傷ひとつない。
「な、なに……?」
シリウスが固まった。
獣がゆっくりとシリウスに頭を向ける。
前足が地面から浮いた。
(おやおや、仮にも王子が前線に飛び出したら駄目でしょう)
地面を蹴った瞬間、視界の端でレイヴンが先に出る。
シリウスと獣の間に割って入り、振り下ろされた前足を剣で受けた。
鈍い音が響き、レイヴンの足が地面を削る。
「殿下、下がってください!」
レイヴンが叫んだ。
しかし、シリウスは呆然としたまま、魔道具を見つめたままだ。
「残念ながら、その魔道具は効かないみたいですね」
リーネはそのシリウスの肩を軽く叩き、自身の後ろに下げた。
「り、リーネ殿……?」
レイヴンに弾かれた獣が、苛立ったように吠えた。
リーネはシリウスを後ろに隠したまま獣を観察する。
(ふむ、本当によくない生き物ですねこれは)
死神の目を通して見るとよくわかった。
魔物の魂の形に、別の何かが無理やり重なっているように見える。
(これは私の仕事でしょうかね)
右手を前に出す。
その手から、黒い煙が細く吹き出した。
「レイヴン、そのまま少しだけ抑えてください」
返事の代わりに、レイヴンが一歩踏み込んだ。
獣へ向けた手に力を込める。
「あなたに死神の祝福を……」
小さな声で短く言って、黒い煙をさらに伸ばした。
黒い煙は黒い結晶をすり抜けて、魔物の身体に入り込む。
獣の動きが止まった。
次の瞬間、魔物の身体が砂のように崩れ落ちていく。
悲鳴も叫び声もない。
その崩れた中心に、黒く濁った石のようなものが一つだけ残った。
(これは残るんですね)
リーネは一歩だけ前に出ると、黒い煙の名残に紛らせるようにして、その石を拾い上げた。
手の中に隠せるくらいの大きさだった。
そのまま袖の内へ滑り込ませる。
(さて……この空気はどうしたものですかね)
レイヴンはため息をつきながら剣をしまった。
周りの兵たちが息を飲んで立ち尽くしている。
グレンも剣を杖にしたまま動けずにいる。
シリウスは少し後ろで、ぽかんと口を開けていた。
「リ、リーネ殿……今のは……」
「殿下」
リーネは振り返った。
「ふむ、怪我はないようですね」
「い、いや、ないが、しかし、その」
「それは何よりです」
何か言いたげなシリウスを遮るように、リーネは言い切った。
「リーネ様!」
無事に討伐に成功したのがわかったのか、ノエラが馬を引きながら駆けてきた。
「無事ですわね……良かったですわ」
「ええ、問題なく……ちょっとまずそうだったので、消してしまいましたが」
「いえ、しかたありませんわ」
「それよりもですよ。シリウス殿下」
「は、な、なんだ?」
また呆然としていたシリウスに話しかけた。
「殿下、そちらの壊れた魔道具もお預かりしてもよろしいですか。ノエラに少し調べてもらいます」
魔道具は、シリウスの手の中で半ば溶けたようになっていた。
「う、うむ、好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
ノエラがそれも布で包み、鞄へ仕舞う。
(続きは戻ってからですね)
リーネはグレンの方を見た。
ちょうど目が合う。
さっきまでとは違う目だった。
(さて、彼はこれからどうするつもりでしょうね)
およその状況はわかった。
これから彼がどんな手段に出てくるのか、リーネは少し楽しみにしつつ背を向けたのだった。




