第17話 密談と異音
シリウスが懐から取り出したのは、パーティの夜に見せてくれたものと同じ魔道具だった。
手のひらに収まる金属製のそれには、小さな魔石が一つはめ込まれている。
外装には細かな彫刻まで入っていた。
「これだろう? すごい代物だぞ」
「少々、お借りしてもよろしいですか」
「もちろんだ。リーネ殿になら見せても構わぬ」
なにも疑うことなく、あっさりと手渡されて、リーネは少しだけ目を細めた。
(ここまで素直に貸してくださると、逆に気が引けますね)
受け取って、すぐにノエラへ渡す。
ノエラは鞄から虫眼鏡のような道具を取り出すと、すぐに覗き込み始めた。
「殿下、これはどなたから頂いたものなのですか」
「うむ、知り合いの集まりでな」
「集まり、といいますと」
「『死神教団』というのだ」
やはりその名前が出た。
リーネは何事もないように頷いてみせる。
(やはりそこでしたか)
「死神教団ですか。なんだか怖いですね」
「うむ。しかし悪いものではないぞ。死神を讃える集まりだ」
「そんな団体があるんですね? どなたから紹介されたのですか?」
「もちろん、グレンだ」
なにがもちろん、なのかはわからないが、迷いのない返事だった。
「グレン様が、その集まりをご存知だったのですね」
「うむ。最初は『殿下の暇潰しに』と紹介してくれてな。何度か顔を出していたら、神父殿が余の身を案じて、これをくださったのだ」
神父、という単語に、リーネは少しだけ眉をひそめた。
(紹介したのはグレン様、しかし、神父というのは……まさか?)
「神父様とはどのような方ですか」
「白髪交じりの、穏やかな老人だ。とても話しやすい御仁だぞ」
「ふむ、どのくらいの人数の方が参加されているんですか?」
「そうだな……十人と少しか、二十人くらいか。皆ローブを着て静かに死神に対して祈りを捧げている」
リーネが興味を持ったとでも思ったのだろう、シリウスは嬉しそうに答えてくれている。
思っていたよりも人数が多い。しかも、おそらくそれがすべてではないだろう。
「ちなみに、開催場所は、どちらなのですか」
「うむ、それなのだが……」
シリウスが少しだけ頬をかいた。
「いつもグレンが目隠しをしてくれてな。馬車で連れて行かれるのだ。だから、場所はよく分からぬ」
「目隠し、ですか」
「『神聖な場所だから、誰彼構わず教えるわけにはいかぬ』と言っていたな」
(誰彼って……一応第二王子なのですから、その時点で怪しいでしょうに……)
とはいえ、ここで殿下を追求しても仕方がない。
「リーネ様」
ノエラが小さな声で呼んだ。
視線は、まだ魔道具に落ちたままだった。
「どうしました」
殿下のことをレイヴンに少しだけ任せて、ノエラに声をかけた。
「これ、中の魔石が先ほどの狼から取り出したものと同じ違和感がありますわ」
「同じですか?」
「見た目は違いますけれど、内側の構造が似ていますの。同じ職人の癖、と言えばいいのでしょうか」
シリウスに聞かせるつもりはないのだろう。
ノエラの声はほとんど囁きだった。
「しかし、狼の魔石は、人工的に均質に見えると仰っていましたよね」
「ええ。その気配が、これにもありますわ」
森の魔物の中にあったものと、殿下が持っていた魔道具と同じ痕跡。
関連性を見出すのには、十分だった。
(魔物の変質には何か人の手が入っている……?)
つながりは見えた。しかし、それがどう繋がっているのかはまだわからない。
「ふむ、ノエラ、あとでまた話しましょう」
「分かりましたわ」
ノエラがリーネに魔道具を返し、さらにシリウスへ返した。
「ありがとうございました、殿下」
「うむ、参考になったか?」
「はい、たいへんに、とても興味深いものでした」
シリウスは満足そうに胸を張って、魔道具を懐へ戻した。
(この感じだと、殿下は本当に知らないんでしょうね)
なんとなくシリウスのことを不憫に思ったリーネ。
その時、北西の方角から低い音が届いた。
空気を裂くような響きに、馬がざわつく。
兵たちの視線が一斉にそちらへ向いた。
「副団長殿が向かわれた方角ですね」
レイヴンが短く言った。
「殿下」
「うむ、聞こえた」
さっきまでの笑みが消えた。
(こういう時だけは、ちゃんと殿下らしいですね)
「行くぞ、リーネ殿」
「殿下はここで」
「いや、行く。第二騎士団は余の騎士団だ」
止めても行く顔だった。
リーネはすぐに頷いた。
「ノエラ、ここで待っていてください」
「分かっていますわ」
リーネとレイヴン、それからシリウスの三人で馬を反転させ、北西へ向かって駆け出した。
地面の振動が、近づくにつれて足の裏へ伝わってくる。
森の奥まで、ざわついているように感じた。
(これはこれは。大物が来てそうですね)
木々の隙間の向こうで、森がいつもとは違う色に揺れていた。




