第16話 狼と魔石
茂みの向こうにいたのは、狼型の魔物だった。
普通の個体より少し大きい気はするが、見た目そのものはそこまで変わらない。
「三体ですね」
「ええ」
「ノエラはそのままじっとしていてくださいね。ということでレイヴン様お願いしますね」
「ああ、任せてくれ」
文句の一つも言わずにレイヴンが一歩前へ出た。
次の瞬間には、もう最初の一体に斬りかかっている。
他の二体が気がつく間もなく、レイヴンの剣が一体の首を切り落とした。
「ほう」
一体が倒れる。
気がついた残りの二体がレイヴンに向かって走り出す。
「っ……!」
一体を受け止め、二体目……なぜかレイヴンを避けて横へ回り込んだ。
そのままリーネたちの方へ走る。
「おや、思っていたよりもやるみたいですね」
「危ないですわっ!」
ノエラが声を上げた。
(弱いものから狙ってくるとは、なかなか賢いですね)
そして、想像していたよりも、ずっと速い。
(こういうものなんでしょうか、それとも……)
狼はそのまま考え事をしていたリーネへ飛びつき、その肩に噛みついてきた。
牙が肩に食い込む。そこで狼の動きが止まった。
噛みついたはずなのに、手応えが変だったのだろう。
事実、狼の牙はリーネの肩を少し押したくらいで止まっている。
「ふむ、このくらいでいいでしょう」
リーネは空いているもう片方の手で狼の頭をつかみ、そのまま狼の命を奪った。
噛みついた体勢のまま力が抜けて、魔物はずるりと落ちた。
「リーネ様!?」
「リーネ嬢!」
「心配無用です」
駆け戻ってきたレイヴンに、リーネは狼の死体を軽く持ち上げて見せた。
「いや、すまない。思ったより動きが速かった。そちらに飛びかかる前に仕留められると思ったんだが」
「ふふっ、珍しく失敗しましたね」
「笑ってくれるな……と言いたいところだが、無傷ならそれでいい」
「服が汚れました」
押し倒されたことで、背中に土がついてしまった。
「リーネ様、本当に大丈夫なんですの!?」
「もちろん、あの程度敵ではありません」
「……本当……服が破けてすらいませんわ……」
「これでも死神ですからね」
「そういえば……そうでしたわね……」
ノエラとしても忘れていたわけではないだろうが、それでも、改めてリーネが死神であることを思い出して納得したようだ。
「それでしたら、最初からリーネ様が倒せばよかったんじゃありませんの?」
「いえいえ、きちんと意味はありますよ」
ということでレイヴンに顔を向ける。
「それで、どうでした?」
「ああ、思っていたよりも強かった」
レイヴンはリーネの意図を理解したみたいだ。
「この魔物とは前にも戦ったことがあるけれど、その時よりも強化されているように思えた」
「ふむ、情報通りということですか」
「それに動きも……ちょっと違うな」
レイヴンの言葉につられて、リーネは足元の死体に目を落とした。
「そういうことであれば、レイヴン様、この魔物解体してもらえますか?」
「いいけど……あ、なるほどね」
納得したようにレイヴンが魔物を解体し始めた。
そして、疑問はすぐに解消された。
「魔石は……普通に見えますね」
魔物の身体の中心から取り出された魔石は、少なくともリーネの目にはごく普通のものに見えた。
「……あら?」
「どうしました?」
「いえ……この魔石、少しだけ違和感がありますの」
「それでも、この魔石……天然にしては少しおかしい気がしますわね……人工魔石に近いような……」
「人工魔石に……?」
「ええ、見た目ではうまく言えないんですけれど……整いすぎているといいますか……それでいて不安定な感じがしますわ」
「ふむ……」
見たところでリーネにはわからないが、ノエラが言うのだからそうなのだろう。
「他の個体も解体してもらえますか?」
「もうやっている。これで終わりだ」
レイヴンが既に動いていた。ノエラが早速確認していく。
「三体とも同じですわ。こんなの見たことありませんわ」
ノエラが少し震えるように言った。
「リーネ嬢」
それを見ていたレイヴンが、声をかけてきた。
「本隊には、妙に強い個体がいたことだけ伝えようか」
「そうですね……本当はきちんと情報を共有したほうがいいのでしょうけど」
「あの魔石……気になりますわね」
(あちらもあちらで何か隠してるようですし、お互い様ということで)
馬を引いて本隊へ戻ると、シリウスが真っ先にこちらへ駆け寄ってきた。
「帰ってきたか!」
「ええ」
「どうだった? 何かわかったのか?」
「いえ、魔物には遭遇しましたが、特に異常はありませんでしたよ」
「ふむ、専門家から見れば何かわかるかと思ったが……」
その時、前方が急に騒がしくなった。
伝令がひとり、息を切らして戻ってくる。
「北西方向に大型の魔素反応! 副団長が先行して確認に向かわれています!」
空気が変わる。
騎士たちの顔つきが、一斉に引き締まった。
「大型……」
グレンが低く呟いて、すぐにシリウスを見た。
「殿下は本隊と共にお待ちください。私は指揮を執ります」
「うむ、任せる」
グレンはそのまま部隊へ指示を飛ばした。
副団長が数人を連れて北西へ向かう。
視線も意識も、しばらくはそちらに向くだろう。
殿下とグレンが離れた。タイミングはここしかなかった。




