第15話 別行動と魔素
森の中に入ってからは、隊列の動きが慎重になった。
馬の足音を抑え、声を落とし、視線が常に左右へ配られている。
想像していたよりも、緊張感が漂っていた。
(さてさて、どんな魔物が出てくるでしょうかね)
しばらく進んだところで、隊列が一旦止まった。
前方ではグレンが地図を広げている。任務範囲の最終確認でもしているのだろう。
「殿下」
頃合いを見て、リーネは馬を寄せた。
「我々は少し離れたところを見て回ってもよろしいですか」
「ん? 別行動か?」
「ええ。私の連れは魔石の専門家ですので、討伐前の魔素濃度を測っておきたいそうです。すぐ近くにはいますので、すぐに戻れるようにはするつもりです」
ちらりとノエラに視線を向けると、ノエラは心得た様子で背の鞄を軽く叩いた。
あの荷物なら、言い分としては十分だろう。
「うむ、リーネ殿の連れの方なら問題ないだろう」
「ありがとうございます」
「グレン、リーネ殿たちは少し離れて魔素を測るとのことだ。許可を出した」
「……殿下、そのご判断は」
「余の客人だ。問題あるまい」
騎士団としては、素人にうろちょろされるのは嫌なのだろう。
けれど、王子直々の許可となれば、護衛長でも強くは言いづらいらしい。
(殿下、こういう時は本当に頼りになりますね)
「それでは護衛を……」
「いえ、不要です。そう遠くにはいきませんし、なによりもレイヴン様がいますから」
ちらりと見ると、レイヴンは力強く頷いた。
レイヴンが腕が立つことは知っているのだろう。グレンはため息をついた。
「分かりました。半刻以内に必ず合流してください」
グレンの声は、さっきよりも少し硬かった。
それでも、こちらを止めるのは諦めたようだ。
リーネ、レイヴン、ノエラの三人で、隊列から少し外れた茂みの方へ馬を進めた。
視界が利かなくなったところで、ノエラがすぐに鞄を下ろす。
「リーネ様、ちょっとよろしくて」
「どうぞ」
「魔素計を出しますわ」
ノエラが取り出したのは、手のひらに乗るくらいの真鍮の筒だった。
中央に水晶のようなものが嵌まっていて、それがゆっくり色を変えるらしい。
「王都近郊の森でしたら、普段は薄い緑から黄色あたりですわ」
「なるほど?」
青より赤の方が、魔素は濃いらしい。
「……赤、ですわね」
ノエラの声が、少しだけ低くなった。
水晶ははっきりと赤に寄っている。
「つまり、魔素が濃いと」
「ええ。たぶん、普段の三倍くらいですわね。これだけあれば、弱い魔物でもかなり厄介になりますわ」
「魔素濃度が高いと魔物が強くなるんですか?」
「ええ。魔素を浴び続けた魔物は変質しますの。濃い場所ほど、その進みも早くなりますわ」
ノエラが筒を仕舞った。
リーネは少しだけ視線を上に向ける。木々の間から差す光が、いつもより薄暗い気がした。
(ふむ、いい感じのざわめきですね)
「さてさて、殿下の魔道具がこういう時に役に立ってくれればいいんですけどね」
「どうなのでしょうか……実はちらっと殿下の方を確認したのですが、感じたことのない魔素の気配がしましたわ」
「ふむ、ノエラですら感じたことのない気配ですか……」
「ええ。殿下ご自身ではなく、何かの魔道具だとは思いますけれど……あまり良い気配ではありませんでしたわ」
歯切れの悪い言い方だった。
ノエラとしても、あまり良くわかってはいないのだろう。
しかし、ノエラの長い魔道具作りの経験からして、あまり良くない気配であることは確かということだった。
「ノエラ、この魔素の元を探ってみることはできますか?」
「ええ、できますわ」
「ふむ、それでは行ってみますか?」
「あまり無理はしたくはないが……まあ、リーネ嬢がいれば問題ないか」
レイヴンが森の奥に視線を向けた。
「ふむ、軽く近寄ってみるだけにしましょう」
「騎士団や殿下に変な疑いをかけたくはありませんし」
馬を降りて、三人で歩く。
茂みの音が止んだ。動物の気配が、ほとんどない。普通の森なら聞こえるはずの鳥の声も、虫の羽音も薄い。
しばらく進んだ先で、視界の奥に低い唸り声が聞こえた。
「リーネ様」
「ええ、聞こえました」
唸り声は一つではない。複数だ。
リーネはノエラの気配を消して後ろに下がるように促した。
「ノエラは下がってください」
「分かりましたわ」
「レイヴン様はメイン盾です」
「ああ、わかっている。せいぜいお姫様たちを守るようにするよ」
軽口を一つ挟んでから、リーネは茂みの隙間から先を覗き込んだ。
黒い影が三体、こちらに気づかずに地面の何かを嗅いでいる。
一見した限りでは、ただの狼型の魔物にしか見えなかった。




