第14話 北門と森
それから約束の日はすぐにやってきた。
外出用の服に着替えて北門へ向かうと、レイヴンは既に来ていた。
門の前には第二騎士団の隊列も整っている。馬車と馬、それに鎧の擦れる音。
朝の空気は冷たいのに、そこだけは妙に張りつめて見えた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「ノエラはまだ来ていないようですね」
「そうだな。とはいえ、まだ集合時間までもう少しある。すぐに来るんじゃないか」
答えながら、レイヴンは門の方へ視線を向けた。
リーネもつられて騎士団の方を見る。
「定期討伐にしては、思ったより人数が多いですね」
「軽く聞いてみたけど、やはり魔物が強くなっているようだ。念には念をということで、本来より多めの編成だそうだよ」
「なるほど」
商会で聞いた話と一致する。
魔物が強くなって、討伐が難航している。その現場が、いよいよ目の前まで来たわけだ。
「リーネ様! お待たせいたしましたわ!」
振り向くと、ノエラがこちらへ駆けてきていた。
いつもの貴族の令嬢というスタイルから一変、作業着の上から道具袋を提げ、背中の鞄は見ているだけで重そうだ。
とてもではないが、貴族の令嬢には見えない。
(ずいぶんと持ってこられましたね)
「重そうですね」
「重いですわ。この子がいなかったら大変でしたわよ」
そう言ってノエラは馬の背中を撫でた。
「準備万端という感じですね」
「もちろんですわ! リーネ様のために、できる限りのことはするつもりですから」
ノエラが胸を張る。
こういう時の頼もしさは、さすが専門家というところだろう。
その時、隊列の方から聞き覚えのある声が響いた。
「リーネ殿!」
シリウスが大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
乗馬服の上に簡単な鎧、腰には剣。いかにも張り切っている格好だった。
後ろには、当然のようにグレンが控えていた。
「来てくれたか! 来てくれると信じておったぞ!」
「見学すると連絡は出したでしょう?」
「うむ。今日は余の勇姿を見せてやろう」
(ええ、そう言ってくださると思っていましたよ)
昔のままの口ぶりに、少しだけ気が抜けそうになる。
ただ、その後ろに立つグレンの視線は、まるで逆だった。
グレンの目が、リーネ、レイヴン、ノエラの順に流れていく。
値踏みするようでいて、あくまで職務として見ている目だ。
敵意まではなさそうだが、歓迎もしていないようだった。
(警戒されてますね)
「殿下、出発のお時間でございます」
「分かったわかった。リーネ殿、馬車に乗るか?」
「ふむ、馬でお願いします」
「ほう、乗れるのか」
「最低限くらいは」
「では余の隣を走ると良い!」
「それは色々と勘違いされそうなので遠慮します」
軽く受け流して、リーネは用意された馬の方へ向かった。
大人しい牝馬で、歩幅も穏やかだ。
(ふむ、馬に乗るのは久しぶりですね)
何かの時のためと祖父に仕込まれていたが、実際に乗るのは久しぶりだ。
それでも、なんとか乗ることはできた。
ノエラも無事に乗り、レイヴンはいつものように危なげがない。
その間にも、シリウスだけは目に見えて機嫌が良さそうだった。
「では出発する!」
隊列がゆっくりと動き出す。
北門を抜けてしばらくは、街道の両脇に低い草地が続いていた。
けれど、その先に見える森は思っていたよりも深く、暗い。
道中、シリウスは何度かこちらに寄ってこようとしたのがわかった。
だが、そのたびにグレンが視線を向け、殿下も咳払いひとつで黙る。
(きちんと止まるあたり、昔よりは成長しておられるのでしょうか)
「リーネ嬢」
馬を寄せてきたのはレイヴンだった。
「乗り方、悪くないな」
「お褒めいただいて光栄です」
「祖父殿の教育か」
「ええそうですね。何かあっても逃げられるようにしておけとのことで」
「あぁ……随分と心配をかけていたみたいだな」
「生憎と国から逃げることに使うことはありませんでしたけどね」
リーネの言葉にレイヴンが小さく笑ったのがわかった。
森が近づくにつれて、空気が湿ってきた。
馬の足音も、さっきまでより地面に吸われるように鈍い。
明るい朝だったはずなのに、木々の影に入るだけでずいぶん色が変わる。
「ここから先は警戒態勢に入る」
前方からグレンの声が通った。
「殿下とご同行の方々は中央へ。前衛と後衛はそのまま間隔を詰めろ」
「了解した。それじゃあ、行こうか」
隊列の空気が一段階変わった。
(ここからですね)
リーネは静かに息を整えた。
(さて、魔物はどんな感じなんでしょうね)
今日の討伐はただでは終わらない。なんとなくそんな感覚を持ったリーネだった。




