第11話 父と王子
ワルツが終わった後、手を繋いだまま中央から遠ざかったリーネたち。
その時、レイヴンが会場の一角に視線を向けた。
「父上が来ている」
リーネがそちらに目を向けると、何人かの貴族と話している中年の男性がいた。
背が高く、姿勢が良い。顔立ちはレイヴンに似ていた。少し冷たく見えるところまで似ている。
(あれが噂の元スパイの親玉ですか)
「ご挨拶した方がいいですかね?」
「君がよければそうしてくれるとありがたいね」
「ええ、では貸しひとつで」
「ははっ、貸しが溜まっていくなぁ」
レイヴンに連れられて近づくと、相手がちょうど話を切り上げるところだった。
そのタイミングを見計らったように、レイヴンが声をかけた。
「父上」
「レイヴンか」
呼ばれた男が、ゆっくりと振り向いた。
息子を見るにしては、特に温かくも冷たくもない目だった。
(距離がありますね)
「こちらはミゼリオール侯爵令嬢、リーネ嬢です」
「リーネ・ミゼリオールです。お初にお目にかかります」
「ああ、君が噂のミゼリオール家の子か。私はヴィクトル・ガレンティ。そちらにいるレイヴンの父親だ」
差し出された手を握って離す。握り方も、挨拶の角度も、隙がない。
(政治家の挨拶みたいですね。いや、間違ってはいないですか)
ヴィクトルは王国において確か重要な地位にいたはずだ。詳しくはリーネは覚えていない。
「レイヴンが世話になっているようだ」
「こちらこそ、お世話になっています」
「学園では研究部でも一緒と聞いている」
「ええ、生徒会長との兼任になりますが、積極的に顔を出してもらえています」
短い返答が続く。レイヴンとヴィクトルの間にも、会話らしい会話はほとんどなかった。来賓に対応しているような空気だ。
(レイヴン様の身のこなしは、この人譲りですね)
立ち姿も、視線の配り方も、リーネには覚えがある。腑に落ちる反面、少し妙な気持ちにもなった。
(レイヴン様が育ったら、この人に……いや、ちょっとイメージがずれますね)
想像して少し笑ってしまいそうになるのをこらえながらリーネは話題を変えた。
「ともかく、今後もレイヴン様にはお世話になることになるでしょう。加えて、ミゼリオール侯爵家としても、ガレンティ家とは良好な関係を築いていきたいと思っています」
「ああ……こちらこそよろしく頼むよ」
(うん……なんか一瞬……)
ヴィクトルの表情が一瞬だけ、歪んだ気がした。
しかし、それを確かめる間もなく、
「ああっ! あれは! もしや!」
少し遠くから聞き覚えのある声がした。
「リーネ殿! リーネ殿ではないか!?」
人の波を分けてこちらへ向かってくる人影がある。
(おやおや、随分と懐かしい顔ですね。そうか、彼も来ていたのですね)
「お久しぶりです」
やってきたのは、リーネよりも少し背の小さな男の子だった。
そして、そんな彼の胸には王族であることを示す、金色の王冠の紋章がついている。
「シリウス殿下」
彼の名前はシリウス。この国の第二王子だ。
そして、リーネの元婚約者でもある。
「リーネ殿、久しいな! 元気そうで何よりだ」
「おかげさまで。ちなみに殿下、最後にお会いしたのは婚約破棄の場でしたでしょうか」
「うっ……そ、そうであったか」
シリウスが一瞬言葉に詰まった。すぐに気を取り直す。
昔のままだ、とリーネは思った。
「それで、婚約破棄もした価値のない女に今更なんの御用です?」
「あ、それは……その……」
リーネのちょっとした皮肉に、シリウスは肩をすぼめて、しどろもどろになった。
ちなみに、シリウスはリーネよりも三つほど歳下のまだ男の子という感じだ。
当時はリーネのことを姉のように慕っていた。
リーネもちょっと手のかかる弟のような感じで接していた。
(まあ、婚約破棄もこの子というよりは、周りの大人たちの都合で決まったことですしね)
「冗談です。昔の話です。当時はあれは合理的な判断でしょう」
「そ、そうか? 許してくれるのか?」
「許すもなにも、特に気にしていません」
「そうか……」
リーネの言葉にシリウスはほっとしたように息をついた。
「そ、そうそう、紹介しておこう。我が護衛のグレンだ。第二騎士団長を務めておる」
「グレンと申します」
後ろの大柄な男が短く頭を下げた。四十代ほどで、声も低く、無駄がない。
(第二騎士団長ですか。これはこれでちょうどいいですね)
第二騎士団は王都周辺の魔物討伐担当だ。
商会で聞いた「魔物異変」の現場を、最も近くで見ている人物ということになる。
(覚えておくべき顔ですね)
「第二騎士団長がご一緒とは、殿下もずいぶんと大事にされているのですね」
「違うぞ! ただ守られているだけではない。次の第二騎士団の定期討伐にも同行することになっておるのだ」
「……あの泣き虫殿下が、少しは戦えるようになられたのですか」
つい口から出た。シリウスはむしろ嬉しそうに胸を張った。
「泣き虫泣き虫と言うな! なんなら見に来るか!」
「お忙しい殿下のお邪魔をするのも申し訳ないですし、暇でしたら」
「ふっ! そうだ、それに装備もこんな代物が手に入ったのだ! 見てくれ!」
シリウスが急に懐から何かを取り出した。
手のひらに収まるくらいの、装飾のある金属製の道具。中央に小さな魔石らしきものがはめ込まれていた。
「教団のすごい人が作ってくれたんだぞ! 討伐にも持っていくつもりだ」
「殿下」
グレンが短く言った。声に少し硬さがある。
「殿下、その話は」
「む、いいではないか。リーネ殿は信用できる相手だ」
「……場をお考えください」
シリウスが少ししぼんだ。魔道具を懐に戻す手つきが、惜しそうだった。
(教団と言いましたか? ふむ、それに殿下の魔道具を、第二騎士団長が話題にされたくない、ということですか)
話の中身ではなく、止めたという事実だけが残った。それで十分だ、とリーネは思った。
「殿下、そろそろ」
「分かったわかった。またな、リーネ殿!」
シリウスが手を振って去っていく。グレンが最後にもう一度こちらに目礼をして、王子の後を追った。
(殿下らしい慌ただしさですね)
ただ、収穫は二つあった。
第二騎士団長グレンが、シリウスの魔道具の話を止めたこと。
そして、次のその騎士団の討伐に殿下が同行するということ。
(行く先が決まりましたかね)
リーネはレイヴンと顔を見合わせた。
レイヴンも同じことを考えているようだった。




