第10話 社交界とワルツ
「ミゼリオール侯爵令嬢、並びにガレンティ侯爵子息、ご到着」
会場の入口で名前を読み上げられた。
大広間の視線が一斉にこちらを向く。
(思った以上に注目されていますね)
「気にしなくていい」
レイヴンが小さく言った。
「気にしてないですよ。ただ多いなと思っただけです」
「そうか」
手を引かれて中へ進む。
シャンデリアの下で楽団が音楽を奏でていた。あちこちで挨拶らしきものが交わされている。立食用のテーブルには酒や軽食が並べられていた。
(騎士団の制服も見えますね、あちらの一角)
今日の目的は二つ。
魔石不足や魔物討伐に関する話を周囲から拾うこと。
それ以外はどうでもいい。このところ入れ込んでしまったが、ダンスはあくまでもおまけのようなものだ。
「リーネ嬢、こちらは――」
レイヴンが何人かの貴族にリーネを紹介していく。
名前を覚えているふりをして頷く。覚えているのは三割もない。
「ガレンティ卿、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです」
レイヴンの返事は短い。短いが、無礼にはならない加減になっている。どうやらレイヴンはこの手の挨拶には慣れているようだ。
リーネは横で軽く会釈をしておく。
「リーネ嬢もご立派になられて。ミゼリオール侯のお孫さんでしたな」
「はい。えっと……」
相手の名前は分からない。
知らなかったら聞くしかない。
「……どちら様でしたっけ?」
リーネの言葉に相手が一瞬固まった。
「リーネ嬢……」
レイヴンが呆れたような声でため息をついた。
「ハートウェル子爵は、ミゼリオール侯の部下のようなものだ……」
「おっとそれは失礼しました。祖父は仕事のことはなかなか話しませんでしたので」
「い、いえ……それでは私はこれで……」
ハートウェル子爵がぎこちなく笑って去っていく。
レイヴンが小さく息を吐いた。
「リーネ嬢」
「はい」
「さすがに貴族相手にあれはまずいぞ。知らなかったとしても知っているふりをするべきだ」
「正直なのが取り柄ですので」
「君らしいといえば君らしいがな」
(怒っていないみたいですね、そこまでは)
レイヴンの口調は淡々としていたが、嫌そうな様子はなかった。
むしろどこか、慣れているような気配さえある。
(諦めの境地でしょうか)
その後も何人かに紹介された。
今度は名前を間違えないように、相手が名乗ってくれるのを待つことにした。
「ガレンティ卿、最近の魔石の流通については――」
商人風の男性がそう切り出した瞬間、レイヴンが軽く目線でリーネに合図を送ってきた。
(よく聞いておけということでしょうかね)
「ええ、商会の方々もご苦労されているようですね」
「いやはや、騎士団様の方も魔道具に頼ることが増えているようで……」
そのあたりの話を、リーネは横で黙って聞いていた。
商人の口ぶりからすると、流通量の低下はそれなりに知れ渡っているらしい。
騎士団が魔道具を多用しているという話も、商会で聞いた通りだ。
(少なくとも、嘘ではなさそうですね)
話が一段落して、商人が去っていく。
「目的は果たせそうかい?」
レイヴンが小声で聞いてきた。
「ええ、少なくとも、知る人は知っているということがわかりました」
もちろん、原因などについては、もうちょっと探る必要がある。
そのためには、もっと詳しい人に話を聞く必要があるのだろう。
そろそろ、騎士団の人たちとも話をしたいところだ。
そんなことを考えた、その時、楽団の音楽が変わった。
ワルツの旋律が会場に流れ始める。
あちこちでカップルがフロアに進み出ていた。
「リーネ嬢」
レイヴンが当たり前のように手を差し出してくる。
「……踊ろうか」
「ええ」
リーネはその手を取った。
そもそも、ダンスパーティーということはこれがメインなのだから。
フロアに出る。
レイヴンの右手がリーネの腰に回り、左手がリーネの右手を握った。
ノエラに教わった通りに、軽く相手の肩に手を置く。
「リードする」
「お願いします」
最初の一歩が踏み出される。
ノエラの仕込みのおかげか、足が勝手に動いてくれた。前、横、閉じる。後ろ、横、閉じる。
(思ったよりは動けますね)
レイヴンのリードはとても丁寧だった。
次の動きの予兆を、手と腰の押し引きで小さく伝えてくる。それに合わせるだけで、自然にステップが繋がっていく。
「思っていたよりも上手いね」
「ええ、練習をしましたからね」
「ノエラ嬢か。ずいぶんと熱心に教えていたみたいだね」
(鼻歌つきでしたよ、と言ったら笑うでしょうか)
二曲目の途中で、レイヴンがふっと小さな声で言った。
「似合っているよ。朝とは違う」
「……」
リーネは一瞬きょとんとした。
朝とは違う、というのはドレスのことだろう。それは分かる。
「おやおや」
「……ん?」
「私を口説いてどうするつもりですか?」
レイヴンが目を見開いた。
次の瞬間、視線を斜め上に逸らした。
(あら、思ったより効きましたね)
「冗談ですよ」
「……そう」
「真に受けないでください、レイヴン様らしくない」
「いや……すまない」
ステップが少しだけ乱れた。
すぐに戻ったが、リーネには分かった。
(レイヴン様でも、こういう冗談には弱いんですね)
二曲が終わる頃、リーネはなんとなく機嫌がよかった。
理由はよく分からない。
ただ、踊ること自体が思っていたよりも嫌いではなかったのだろう。




