第3話 来訪と相談
(暇ですね)
リーネはオカルト研究部の部室で一人、本のページをめくっていた。
レイヴンに頼んだ調査はすぐに結果が出るものでもない。他に手がかりもない以上、今は特段やることもない。
(まあ、待つしかないんですけどね)
なんとなく上の空の状態でページをめくっていく。
そんな時、部室のドアがノックされた。
「リーネ嬢、いるかい? お客さんを案内してきたよ」
ドアを開けて顔を出したのはレイヴンだった。その後ろに、見慣れた、しかし、ここでは見慣れない顔があった。
「……アリア?」
「こ、こんにちは、リーネさん!」
いつものシスター服ではなく、白いブラウスに紺のスカートという格好をしたアリアが、レイヴンの後ろから顔を出した。
「おやおや、私の暇を潰しにでも来てくれたんですね。助かります」
「えっ? 暇……? あ、一応お願いがあったのは確かですが……」
満面の笑みを浮かべたリーネにアリアは少し戸惑ったような表情をした。
「学園の外に立っていたところをたまたま見かけてね、リーネ嬢に用があるということだったから案内したんだよ」
「なるほど。実に品行方正の生徒会長様らしいですね」
「なんだか意味深だね……」
レイヴンはリーネの言葉に肩をすくめた。
「まあまあ、案内ご苦労さまという気持ちはありますからね」
「それは本当かい? まあ、いいや。じゃあ、僕はこれで。用が済んだら一応連絡だけしてくれればいいからね」
「ええ、わかりました」
レイヴンが去っていくのを見送って、リーネはアリアに目を戻した。
アリアは部室の中を見回している。なんだか目が輝いているようだった。
「すごい本の量ですね……」
「オカルト研究部ですからね。怪しい本ばかりですよ。危ないやつもあるので注意してください」
「えっ……!?」
リーネの言葉に、近づいて本棚を眺めていたアリアが驚いたように身を引いた。
「冗談です」
(怪しい本だらけなのは本当ですけどね)
「とりあえず座ってください。お茶、入れますから」
「あ、おかまいなく……!」
アリアの言葉を無視してリーネがお茶を用意している間に、アリアは落ち着かなさそうに椅子に座った。
やっぱり学園は落ち着かないらしい。
リーネはお茶をアリアの前に置いて、向かいに座った。
「それで、どうしたんですか? 遊びに行くのでしたら歓迎しますけど」
「あ、いえ、遊びに行きたいのはやまやまなんですけど……」
アリアはカップを両手で包んだまま、少し視線を落とした。
「実は、リーネさんにお願いがあって来たんです」
「お願い?」
「近いうちに、カルド商会に行くことになりまして」
「カルド商会に……」
「はい。孤児院のことで、カナックさんとお話することになって」
カナックさん、とアリアは言った。お父さん、ではなく。
(まだそこは「さん」なんですね)
知らされたとは聞いていたが、いきなり父親ですと言われても困るだろう。
例の息子のこともあって、アリアとしてもどうしていいかわからないのかもしれない。
(こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないですね)
「どういう話をする予定なんですか?」
「孤児院の今後のことで、カナックさんが色々提案してくださるらしいんです」
アリアはそこで少し言い淀んだ。
「でも、私、そういう話が全然わからなくて……こういうことは神父さまが決めてくださっていましたので……」
「なるほど。つまり私にも一緒についてきてほしいと?」
「……はい」
アリアは申し訳なさそうに頷いた。
「まあ、一人で商会の会長と話すのは落ち着きませんよね」
「……はい」
(さて、どうしたものでしょう)
すがるような目でリーネを見ている。
(とはいえ、迷う余地はありませんよね)
なにせアリアは数少ないリーネの友人なのだから。
「まあ、隣でお茶を飲むくらいには付き合いますよ」
「本当ですか! ありがとうございます! リーネさんがいてくれるだけで安心です」
アリアはほっと息をついた。断られるんじゃないかと不安だったのだろう。
「そうですか」
(まあ、どうせ暇ですからね)
上の空のままここで本を読んでいても、どうせ内容は頭に入ってこない。
それだったら友人の頼みくらい聞いてあげてもいいだろう。
「それで、いつですか?」
「明後日の午後です」
「わかりました。では、学園の門で待ち合わせましょうか」
「はい!」
アリアはぺこりと頭を下げて、それから少し迷うように口を開いた。
「あの、リーネさん」
「はい?」
「カナックさんのこと……どう思いますか?」
「どう、とは?」
「その……信じていい人なのかなって」
声が少しだけ小さくなった。
(まだそこが引っかかっているんですね。まあ、あれの父親と考えると不安なのはわかりますが)
リーネの見たところではカナックは子どもの方と違って、かなりまともな大人に見えた。
しかし、リーネはそれをアリアに伝えることはしなかった。
「さあ。それは私ではなく、アリアが決めることですからね」
「……そうですか」
「ただ」
リーネはアリアの胸元に目を向けた。
「あの人も今でも持っていましたよ。半月のペンダント」
「……!」
アリアの手が、無意識に自分の胸元に触れた。
母の形見の半月のペンダント。その対になる片割れを、カナックが持っていた。
「……はい」
アリアは小さく頷いた。
その表情が少しだけ柔らかくなったように見えた。
「さて、せっかく来たんですから、もう一杯くらい飲んでいきますか?」
「はい! あ、でもあんまり長居すると、レイヴン様にご迷惑が……」
「大丈夫ですよ。それが彼の役割ですから」
「それはレイヴン様がかわいそうじゃないですか……?」
「大丈夫ですよ。むしろ、連絡がこないって迎えに来るまでゆっくりしましょう」
「いいんでしょうか……」
リーネはお茶を淹れなおしながら、アリアをちらりと見た。
苦笑いをしているけれど、さっきより、だいぶ肩の力が抜けているように見える。
きっと、リーネが一緒にいてくれることで安心できたのだろう。
(……ちゃんとした親子の対面。見守らせてもらうとしましょうかね)
少なくとも、部室で本を読んでいるよりはずっと面白そうだった。




