第7話 帰還報告をしたら俺たちが見つけた記録を隠されて、その夜「空」が壊れました
地表から帰還した第7小隊。
セナはリターンチャンバーへ。
ガンツは地表に残ったまま。
そしてキョウジが持ち帰った「ある記録」にも、異変が起きます。
ネオ・ヘイヴン外周ゲートの巨大な隔壁が、低い駆動音を響かせながら閉じていった。
最後の隙間まで塞がれると、地表の吹雪も風の音も完全に遮断される。
代わりに聞こえてきたのは、帰還区画を満たす換気設備の低い駆動音だった。
『外周ゲート閉鎖を確認しました。帰還者4名を認証』
ミオの声がN-LINKへ届く。
帰ってきたのは、キョウジ、カイ、リオ、ユーリの4人。
地表へ出た時、第7小隊は6人だった。
中央の搬送台にはセナの身体が横たわっている。
ガンツの姿はない。
『除染を開始します』
天井から白いミストが噴き出した。
4人の装備とセナの身体を包み、地表から持ち込んだ雪や泥、血、アバレントの黒い体液を洗い流していく。
汚れた液体は床で混ざり合い、そのまま排水溝へ流れていった。
そこまで混ざってしまえば、どれが誰の血だったのかも分からない。
ユーリはセナの横に立ったまま動かなかった。
誰も何も言わない。
除染が終わると、前方の扉が開いた。
待機していた搬送班が入ってくる。
「第7小隊所属、セナ・アルディス隊員で間違いありませんか」
「ああ」
キョウジが答えた。
担当者は認証情報を確認する。
「死亡確認記録を受領しています。このままリターンチャンバーへ搬送します」
ユーリが顔を上げた。
「もう連れていくんですか」
「保存処置を遅らせることはできません」
事務的な言い方だった。
それでも、急かすような冷たさはなかった。
ユーリは何か言おうとして、結局言葉にできなかった。
代わりにリオがセナへ近づく。
濡れた髪が頬に張りついている。
リオはそれを指先でそっと払った。
「セナ」
小さく呼びかける。
「行ってらっしゃい」
返事はない。
ユーリも一歩だけ前へ出た。
「辛い店の話、まだ終わってないからな」
声が掠れている。
少しだけ唇を噛んでから続けた。
「勝手に終わりにすんなよ」
搬送班は、ユーリが離れるまで待った。
それから搬送台を動かす。
セナの身体が通路の奥へ消えていった。
遺体だけでも、セナは帰ってきた。
だからこそ。
まだ地表に残っているガンツの存在が、余計にはっきりと意識された。
◇
帰還通路を歩きながら、キョウジはカイへ目を向けた。
「カイ」
「はい?」
「脇腹、診てもらえ」
「この程度なら――」
「地表では平気だって言ってただろ」
キョウジが遮る。
「もう戻ってきたんだ。今度はちゃんと医療班に見せろ」
カイは少し黙った。
それから、諦めたように頷く。
「……了解しました」
キョウジは続けてリオとユーリを見る。
「お前らも今日は上がれ」
ユーリが足を止めた。
「俺らも報告に行かなくていいんですか」
「4人で同じ話をしても仕方ない」
「でも、ガンツさんのことも……」
「ああ」
キョウジは答えた。
「俺が話してくる」
ユーリは少し迷ってから聞く。
「迎えに行けますよね」
キョウジも即答はしなかった。
「そのつもりで話す」
それでようやく、ユーリは歩き出した。
◇
GRID本部、第3報告室。
壁面にはC-12地区の地図と、第7小隊の移動経路が表示されていた。
その横には2人分の記録が並んでいる。
セナ・アルディス。
死亡。
遺体回収済み。
ガンツ・ベルグ。
死亡判定。
遺体未回収。
報告官が端末を操作する。
「人的損耗を報告してください」
キョウジは答えた。
「セナ・アルディス。戦死。遺体回収済み」
少し間を置く。
「ガンツ・ベルグ。戦死。遺体はC-12地区に残してきた」
報告官はそのまま入力した。
地表では、あれほど大きかった2人の死。
画面の上では、同じ大きさの文字と記号に変わる。
「負傷者について――」
「その前に」
キョウジが遮った。
「ガンツを迎えに行きたい」
報告官の手が止まる。
「大型個体への対処が済んだら、第7小隊をC-12へ戻してくれ」
「現時点では許可できません」
「今すぐ行くとは言ってない。危険が排除された後でいい」
「遺体回収については管制側で判断されます」
「場所は分かってる。そこまでの道も俺たちが一番知ってる」
「それでもです」
報告官の声は変わらない。
「未分類の大型アバレントが残存している可能性があります。それに、第7小隊は2名を失った直後です。再出動は認められません」
キョウジは相手を見る。
「ガンツは第7小隊の隊員だ」
「承知しています」
「だったら必ず上へ回してくれ」
「要望として記録します」
「要望じゃない」
キョウジは低い声で言った。
「あいつを迎えに行く」
報告官は表情を変えなかった。
「記録します」
今ここで押し続けても、決定は変わらない。
キョウジにもそれは分かっていた。
一度引き、報告を続ける。
◇
次に説明したのは、C-12で遭遇した未分類個体についてだった。
大型個体は黒い外殻を持ち、目らしい器官がなく、頭部には縦に裂けた口があった。
小型個体も同じ特徴を持っていた。
そして何より気になったのが、互いの動き方だった。
「小さい方は、ただ襲ってきたんじゃない」
キョウジは戦闘映像を停止する。
「こっちの進路を塞ぐ個体がいて、別の個体が後ろから追ってきた。偶然にしては動きが揃いすぎてる」
報告官が映像を確認する。
「大型個体が周囲の個体を統率していたと?」
「可能性はある。ただ、断定はできない」
報告官はその内容を記録した。
キョウジは次の資料を開く。
「もう1つある」
表示したのは、C-12の地下商業区画だった。
公式図面には存在しない通路。
だが、第7小隊はそこを実際に通っている。
「未登録経路を見つけた」
移動ログを送る。
公式図面の上へ、第7小隊が通過した経路が新しい線として重なった。
「誘導灯が生きてた。隔壁も、俺たちの移動に合わせて動いた」
さらに現地映像を表示する。
「工具や作業台、携帯用の容器もあった。長期間放置されてたようには見えなかった」
報告官が尋ねる。
「人間を直接確認しましたか」
「してない」
「生体反応は?」
「地下じゃ通信が落ちてた。確認できてない」
「では、人間が存在したとは断定できません」
キョウジは少し眉を寄せた。
「断定はしてない。ただ、誰かが使っていたと考えれば説明がつく」
報告官はそれ以上何も言わなかった。
「調査資料として受領します。追加確認が必要な場合はこちらから連絡します」
「……分かったよ」
キョウジが立ち上がった。
その時。
視界の端にN-LINKの通知が表示された。
==========
C-12/未登録経路
アクセス権限が変更されました
==========
キョウジの足が止まる。
「……は?」
すぐに開く。
表示されたのは、見覚えのある赤い文字だった。
==========
ACCESS RESTRICTED
==========
まただ。
「ミオ」
『確認します』
数秒後、ミオが答えた。
『提出されたC-12地区の追加記録が上位管理へ移行されています』
「今出したばかりだぞ」
『現在、第7小隊の権限では参照できません』
キョウジは報告官へ向き直った。
「俺が今提出した記録だぞ?」
「提出資料は管理規定に従って処理されます」
「俺の戦闘ログまで?」
「未登録経路に関連する抽出データのみです」
キョウジは思わず笑った。
笑うしかなかった。
「なるほどね」
5年前。
エミルが消息を絶った任務記録。
《ACCESS RESTRICTED》
そして今日。
第7小隊が見つけた、地図に存在しない通路。
それも《ACCESS RESTRICTED》。
偶然だと考えるには、あまりにも出来すぎている。
◇
報告室を出ると、GRID本部ではいつも通り職員や隊員、整備班が行き交っていた。
誰も何も知らない。
セナはリターンチャンバーへ送られた。
ガンツは地表に残っている。
そして、自分たちが見つけた情報は、もう自分たちでは確認できない。
『キョウジ』
「何だ」
『未登録経路のデータについてです。私からもアクセスできません』
キョウジの足が止まる。
「お前も?」
『はい』
5年前の記録と同じだった。
ただし、ミオは続ける。
『帰還までに私が取得した映像、環境情報、位置記録は残っています』
「そっちは調べられる?」
『可能な範囲で』
キョウジは再び歩き出した。
「やってくれ」
『了解しました』
◇
中層へ戻った頃には、ネオ・ヘイヴンは夕方の照明へ切り替わっていた。
通りには人が行き交い、店から食事の匂いが流れてくる。
広告が光り、あちこちから笑い声も聞こえていた。
いつもと変わらない街だった。
キョウジはふと頭上を見上げた。
人工空には夕焼けが映し出されている。
地表で見てきた灰色の空とは違い、暖かい色に染まった景色が妙に鮮やかに感じられた。
「地表から帰ったばかりだからかな」
『何がですか?』
「空が妙に綺麗に見える」
『本日の投影設定に変更はありません』
「じゃあ気のせいか」
『その可能性もあります』
キョウジは苦笑した。
「そこは否定してくれよ」
少しして、ミオが言う。
『訂正します。地表とネオ・ヘイヴンでは視覚環境が大きく異なるため、色彩を普段より強く感じている可能性があります』
「なるほど。じゃあ、完全に気のせいってわけでもないか」
『はい』
「律儀だな」
いつもの会話だった。
目に入る街並みも、頭上の人工空も、普段と何も変わらない。
その時のキョウジには、まだそれ以上の意味はなかった。
◇
夜。
自室へ戻ったキョウジは、窓際の植物へ水をやった。
ジャケットを脱いでソファへ置く。
部屋は静かだった。
それでも頭の中から、今日起きたことが消えてくれない。
セナの死。
地表に残ったガンツ。
そしてC-12の記録。
「ミオ」
『はい』
「未登録経路のデータ、まだ調べてる?」
『継続しています』
「急がなくていい。何か見つけたら教えてくれ」
『了解しました』
キョウジは窓の外へ目を向けた。
夜間モードへ切り替わった人工空が、いつもの街を覆っている。
その時だった。
空の一部に細い黒い線が走った。
「……なんだ?」
すぐに消える。
だが、今度は白いノイズが広がり、映像全体が僅かにずれた。
キョウジは立ち上がった。
「ミオ。今の見えてるか?」
『確認しています』
直後。
人工空の映像が完全に途切れた。
夜空として投影されていた映像が消え、その向こうにある黒い天井と巨大な骨組み、投影設備が剥き出しになる。
普段は決して見えないものだった。
街でも異変に気づいた人々が次々と足を止め、頭上を見上げている。
『人工空投影設備に異常を確認しました。現在、管理システムが復旧処理を行っています』
キョウジは剥き出しになった天井を見たまま聞いた。
「こういう故障、よくあるのか?」
『いいえ』
ミオは即答した。
『少なくとも、私が参照できる運用記録では頻発していません』
数秒後。
再びノイズが走る。
そして人工空の投影が戻った。
さっきまでと同じ夜景が、何事もなかったように頭上を覆っている。
『復旧しました』
キョウジはしばらく動かなかった。
今日、自分たちが見つけた記録は隠された。
5年前の任務記録も隠されている。
そして今。
ずっと当たり前に見上げてきた空まで、一瞬だけ、その裏側を見せた。
投影は元に戻っている。
街もすぐに日常へ戻るだろう。
それでもキョウジには、もう以前と同じ景色には見えなかった。
お読みいただきありがとうございます。
5年前、エミルが消えた任務。
ACCESS RESTRICTED
今回、第7小隊が発見した未登録経路。
ACCESS RESTRICTED
そしてその夜。
ネオ・ヘイヴンの空は、一瞬だけ「空ではない姿」を見せました。
次回。
第7小隊が見つけた場所は別部隊へ引き継がれ、
ガンツの回収も認められません




