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第6話 6人で地表へ出た第7小隊が、4人で帰ってきました

ガンツが欲しがったのは、救援ではありません。


第7小隊が逃げるための「距離」でした。

 


ガンツは動かなかった。


大型シールドの中央には大きな亀裂が走り、その向こうでは黒い大型個体が入口いっぱいに身体を押し込んでいる。


「隊長、先に行ってください」


「何を勝手に決めてる」


キョウジはセナを抱えたまま言った。


「全員で出るぞ」


「無理です」


ガンツは即答した。


さらに盾へ体重を掛ける。


大型個体の前肢が押し込まれ、金属が悲鳴を上げた。


ガンツの靴が数cmだけ後ろへ滑る。


「外へ出たら、こいつを止められる場所がありません」


「ここなら入口が狭い」


「俺1人でも時間は作れます」


「盾が割れたら終わりだろ」


「外で割れるよりはましです」


再び大型個体が盾へぶつかった。


亀裂がさらに伸びる。


カイが入口を見る。


「隊長」


キョウジが振り向く。


「次を同じ場所で受けたら、盾が持ちません」


「だったら、なおさら置いていけない」


それでもガンツは動かなかった。


「隊長がセナを運ぶ」


「ユーリはアンカーが必要です」


「カイ副隊長は前の道を選ぶ」


「リオまでここへ残る理由はありません」


淡々と役割を並べる。


「俺が一番遅い」


そして、もう一度盾を押し返した。


「一番ここを塞ぐのに向いてるのも、俺です」


キョウジは何も言えなかった。


ガンツは覚悟を語っているわけではない。


格好をつけているわけでもない。


ただ、自分が今やるべきことを決めている。


「隊長」


ガンツが低い声で言う。


「今度は俺に判断させてください」


時間はない。


盾も、もう長く持たない。


キョウジは唇を噛んだ。


「……どれくらい稼げる」


「分かりません」


ガンツは正面を見たまま答える。


「でも、こいつがこの入口を抜けるまでは使います」


「使うのは盾だけにしろ」


キョウジが言った。


「自分まで使い切るな」


ガンツが少しだけ笑った。


「そう努力してみます」


カイが前へ出る。


拳を差し出した。


ガンツも片手だけ盾から離し、拳を合わせる。


「盾を壊したら、今度こそ整備班に取り上げられますよ」


「それは困るな」


「だったら帰ってきて、自分で交渉してください」


「分かった」


リオもガンツを見る。


ガンツは言った。


「セナを頼む」


リオは少しだけ唇を噛んだ。


「うん」


それから、キョウジの腕の中にいるセナを見る。


「ちゃんと連れて帰る」


その時。


大型個体が再び盾へ衝突した。


バキッ、と今までとは違う音が響く。


「もう行ってください!」


キョウジはセナを抱き直した。


「生きて追いつけ」


少し間を置く。


「命令だ」


ガンツは正面を向いたまま答えた。


「了解しました」


         ◇


第7小隊は走った。


先頭にカイ。


その後ろをリオとユーリ。


キョウジはセナを抱えて続く。


道路管理施設から距離が離れていく。


そこには、ガンツが1人残っている。


『ガンツのニューラルリンクは維持されています』


ミオが報告した。


「変化があった時だけ教えてくれ」


『了解しました』


周囲には、まだ小型個体が残っていた。


3体が道路管理施設の方向へ向かっている。


リオが思わず振り返る。


「ガンツさんのところに……」


「戻るな」


キョウジは即答した。


カイも前を向いたまま言う。


「戻ったら、ガンツはまた俺たちを逃がすために残ります」


ユーリが歯を食いしばる。


誰も足を止めなかった。


ガンツが欲しがったのは助けではない。


距離だ。


なら、できるだけ遠くまで走るしかない。


         ◇


数分後。


通信にノイズが混じり始めた。


荒い呼吸の向こうから、ガンツの声が届く。


『隊長』


「聞こえてる」


『盾が割れました』


ユーリの足が一瞬だけ止まりかける。


キョウジは走り続けた。


「身体は?」


『まだ動きます』


「なら次は自分が逃げろ」


『入口は……』


息を整える音。


『まだ抜かせてません』


「もう十分だ」


返事はなかった。


代わりに金属のぶつかる音と、何かが砕ける音が聞こえる。


しばらくして。


『……もう少し』


ガンツの声が戻った。


『いけます』


「十分だって言ってる」


キョウジの声が強くなる。


「出られるなら出ろ!」


直後。


大きな衝撃音。


通信が激しく乱れた。


『ガンツの生体情報に断続的な欠損が発生しています』


ミオが報告する。


『ニューラルリンク自体は継続しています』


ユーリがキョウジの横まで来た。


「まだリンクがあるなら、合流できる道を――」


「戻らない」


「でも!」


キョウジは前を見たまま言う。


「戻ったら、ガンツが作った時間が全部無駄になる」


ユーリが黙る。


「セナを抱えたまま同じ場所を往復するわけにもいかない」


「でも、このまま切れたら……」


キョウジにも分かっていた。


それでも。


「だから、切れる前にできるだけ遠くまで行く」


ユーリは何も言わなかった。


やがて後方へ戻り、追ってくる小型個体へアークアンカーを撃つ。


進路を逸らしながら、全員で走り続けた。


そして数分後。


通信から、ガンツ側の音が消えた。


『ニューラルリンク再取得中』


誰も喋らない。


足だけは止めない。


『再取得中』


それでも走る。


そして。


『ガンツのニューラルリンクを喪失しました』


誰も足を止めなかった。


カイも。


リオも。


ユーリも。


キョウジも。


止まれなかった。


「あとどれくらいだ」


キョウジが聞く。


『管理域まで約2kmです』


「行くぞ」


全員へ言う。


「ガンツが稼いだ時間を余らせるな」


4人の歩幅が揃った。


         ◇


しばらくして、背後で建物が崩れる音が響いた。


『大型反応を確認』


ミオの声。


『道路管理施設周辺から移動を再開しました』


「速度は?」


『以前より約34%低下しています』


ユーリが一度だけ後ろを見る。


「ガンツさん、かなり削ったんですね」


「ああ」


キョウジも振り返らない。


「だから追いつかれる前に帰る」


大型個体はまだ動いている。


だが、速度は明らかに落ちている。


反応も片側が不安定になっていた。


ガンツは、ちゃんと仕事をした。


だからこそ。


残った自分たちも、役目を果たさなければならない。


         ◇


管理域まで残り1km。


吹雪の向こうに光が見えた。


GRID管理域の誘導灯。


『外郭ゲートを開放します』


ミオの声が入る。


「見えた!」


リオが声を上げる。


カイが先頭を走る。


ユーリは最後尾。


キョウジはセナを抱えたまま、その間を進む。


ゲートまであと僅か。


その時。


背後の吹雪から、黒い影が現れた。


大型個体。


外殻は傷だらけで、片脚を引きずっている。


身体には崩落した施設の金属片が何本も刺さっていた。


それでも追ってくる。


「戦うな!」


キョウジが叫ぶ。


「そのまま入れ!」


カイが先にゲートを通過する。


続いてリオ。


キョウジもセナを抱えたまま中へ入った。


最後尾のユーリは、追ってきた小型個体へアークアンカーを撃ち込む。


巻き取りで転倒させ、そのままワイヤーを切断した。


ユーリもゲートを通る。


『第7小隊4名の通過を確認』


左右の隔壁が閉じ始めた。


だが、大型個体は止まらない。


閉まりかけた隙間へ前肢を突っ込んできた。


「まだ来るかよ!」


キョウジはセナをリオへ預け、アークブレードを抜いた。


大型個体の前肢。


外殻の継ぎ目。


そこへ刃を差し込む。


カイも蛇腹剣を伸ばし、別の角度から継ぎ目を切り込んだ。


切断する必要はない。


閉じる隔壁の外へ押し出せばいい。


「もう少し!」


2人で前肢を押し返す。


大型個体が肢を引いた。


次の瞬間。


外郭ゲートが完全に閉じた。


ドン、と外側から衝撃が伝わる。


内側の壁まで震えた。


それでもゲートは開かない。


『外郭ゲート閉鎖を確認』


終わった。


少なくとも。


今は。


         ◇


帰還用昇降機の中には、4人しかいなかった。


キョウジ。


カイ。


リオ。


ユーリ。


そして床には、セナの身体が横たえられている。


地表へ向かった時は6人だった。


今は4人。


リオがセナの防護服についた雪を、静かに払っていた。


血のついた部分には触れない。


向かい側では、ユーリが座ったまま装備も外していなかった。


しばらく、誰も喋らなかった。


やがて。


「辛い店」


ユーリが小さな声で言う。


「本当にあるんですよ」


カイが答える。


「セナは疑ってなかっただろ」


「そうでしたね」


ユーリは俯いた。


「じゃあ、ちゃんと行けばよかったな」


「約束したのは今日だ」


「前から決まってたみたいに言うなよ」


「……そうですね」


また静かになる。


少しして、リオが口を開いた。


「ガンツさんの回収」


一度言葉を止める。


「すぐ行けるかな」


キョウジは少し考えてから答えた。


「戻ったら報告する」


「現場の情報も全部出す」


それ以上は言わなかった。


約束できないからだ。


『到着地点に医療班が待機しています』


ミオが知らせる。


キョウジはセナを見る。


「医療対応は解除してくれ」


少し間を置く。


「搬送の準備に切り替えてほしい」


『遺体搬送班へ変更します』


「ああ。頼む」


昇降機は地下へ向かって降り続ける。


モーター音は、行きと同じだった。


それでも。


何もかもが違っていた。


         ◇


昇降機が停止した。


扉が開く。


外には職員と担架が待っていた。


最初に見られたのは、第7小隊の4人。


そして、その次に床のセナ。


キョウジは職員へ報告する。


「第7小隊、帰還しました」


担架が運び込まれる。


「生存4名」


職員がセナの身体を固定する。


「セナ。任務中に死亡」


担架が動き出す。


キョウジは続けた。


「ガンツ。地表でニューラルリンク喪失」


職員が端末を確認する。


「ガンツ隊員は未帰還者として登録します」


「それで頼む」


キョウジは頷いた。


「現場情報は全部出す」


リオとユーリは、セナを乗せた担架の後を追っていった。


カイは昇降機前に残っていた装備を拾う。


「隊長」


「ん?」


「報告、俺も出ます」


「ああ」


キョウジが歩き出す。


「今日は長くなるぞ」


カイが少しだけ笑った。


「復帰初日に泊まり込みは避けたいって言ったんですけどね」


「予定通りにはいかなかったな」


「そうですね」


2人で廊下へ向かう。


背後では、帰還用昇降機の扉が閉じ始めていた。


地表へ向かった時は6人。


帰ってきたのは4人。


そして床には、まだセナの血が残っていた。


やがて扉が閉まり。


その血も、見えなくなった。

お読みいただきありがとうございます。


地表へ向かった時、第7小隊は6人。


帰還した生存者は4人。


セナは死亡。


ガンツは未帰還。


そして地表には、


今まで確認されていなかった黒い個体が残っています。

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