第5話 仲間を連れて逃げていたらセナが致命傷を負って、今度はガンツが1人で残ると言い出しました
地下で出会った黒い大型個体。
地上には、その小型版までいました。
そしてどうやら。
こいつらは互いに無関係ではないようです。
地表へ出た第7小隊は、そのまま旧ハルシオン市街を走っていた。
地下に落とした大型個体の反応は、まだ消えていない。
だが、問題はそれだけではなかった。
「隊長、右です」
カイの声に、キョウジが足を緩める。
雪の上に、細い跡が残っていた。
何かが身体を引きずったような痕跡。
大型個体のものより遥かに小さい。
それでも、動き方には共通点があった。
「仲間ですかね」
ユーリが跡を覗き込む。
「断定はするな」
キョウジは周囲へ視線を移した。
少し先には、小型の四足獣の死骸が転がっている。
腹部が裂かれていた。
ただし、食べられた形跡ではない。
何かに押さえ込まれ、そのまま潰されたような傷だった。
『半径80m以内に、複数の小型生体反応を確認しました』
ミオの報告が入る。
「数は?」
『3から5です』
「位置」
『前方右側、および左後方』
囲まれている。
キョウジはアークブレードへ手を掛けた。
「来るぞ」
最初の1体が路地の奥から姿を現した。
黒い外殻。
細長い胴体。
6本の肢。
目らしい器官はなく、頭部には縦に裂けた口がある。
地下で遭遇した大型個体を、そのまま縮めたような姿だった。
ユーリが顔をしかめる。
「似てるどころじゃないですね」
その時、後方から別の1体が飛び込んできた。
カイがすぐに蛇腹剣型アークブレードを展開する。
伸びた刃が黒い外殻へ当たった。
だが、弾かれた。
続けてリオの双剣が入る。
こちらも外殻に阻まれる。
「硬い!」
「継ぎ目を狙え!」
セナが横から踏み込んだ。
ソード型アークブレードの刃を、肢の付け根へ差し込む。
今度は通った。
黒い体液が飛ぶ。
「関節ならいける!」
狙いを変える。
外殻そのものではなく、肢の付け根や腹部、装甲同士の継ぎ目。
第7小隊はすぐに戦い方を切り替えた。
1体目を倒す。
続いて2体目。
3体目は仲間が倒れると、戦わずに距離を取った。
「追うな!」
キョウジが止める。
逃げた個体はそのまま建物の影へ消えていった。
だが、戦闘が終わったとは思えなかった。
◇
黒い小型個体は、その後も消えなかった。
建物の上。
路地の奥。
崩れた道路の向こう側。
一定の距離を保ちながら、第7小隊についてくる。
「これ、追ってるっていうより……」
ユーリが途中で言葉を止めた。
前方に1体いる。
右へ続く道を塞ぐように立っていた。
左側を見る。
そちらにも別の個体がいる。
カイが端末の地図と周囲を見比べた。
「行く方向を決めてるみたいですね」
「こっちへ行かせたいってことか」
「そう見えます」
キョウジはすぐに判断した。
「なら行かない」
別の道を選ぶ。
その瞬間。
道を塞いでいた小型個体が襲ってきた。
「やっぱり!」
ユーリが叫ぶ。
「突破するぞ!」
倒す必要はない。
道さえ開けばいい。
ガンツが大型シールドで前へ出る。
突っ込んできた個体を横へ押し流し、そこへカイが蛇腹剣を絡ませる。
ユーリがアークアンカーで別の1体の動きを止め、リオとセナがその間を抜けた。
全員が走る。
その時。
『地下から大型反応が上昇しています』
ミオの声が入った。
「位置は?」
『北西約420m』
直後。
背後で建物の一部が崩れた。
重い音。
少し間を置いて、もう一度。
地下にいた大型個体が、地上へ出てきている。
カイが振り返る。
「まずいですね」
すぐに地図を確認した。
「この先の幹線道路まで出れば、少し開けます」
「そこまで行く!」
小型個体たちも動きを変えた。
さっきまでは進路を誘導するように距離を取っていた。
今は違う。
積極的に前へ出て、第7小隊の足を止めようとしている。
ユーリがアークアンカーを撃ちながら叫んだ。
「大型と繋がってるぞ、こいつら!」
「考えるのは帰ってからだ!」
残り約100m。
幹線道路が見えてくる。
その直前。
横の建物の壁が、内側から大きく膨らんだ。
次の瞬間。
壁が破裂した。
黒い前肢が突き出る。
続いて、地下で遭遇した大型個体が姿を現した。
外殻には無数の傷がつき、崩落した階段の金属片まで刺さっている。
それでも止まっていない。
「走れ!」
キョウジが叫ぶ。
第7小隊が一斉に動く。
小型個体も追ってくる。
大型も、建物を壊しながら迫る。
ガンツ。
カイ。
ユーリ。
リオ。
セナ。
キョウジ。
全員が幹線道路を目指して走った。
「セナ、左!」
リオの声が飛ぶ。
セナが反応する。
横から小型個体が襲いかかってきた。
前肢をソードで受け流す。
だが、その瞬間。
足元の崩れた舗装が沈んだ。
セナが片膝をつく。
そこへ。
大型個体の黒い肢が横から振り抜かれた。
周囲の瓦礫ごと薙ぎ払うような一撃だった。
「セナ!」
間に合わない。
衝撃と同時に、セナの身体が宙へ浮いた。
数m先の雪へ叩きつけられ、そのまま転がって止まる。
「セナ!」
キョウジが方向を変えた。
リオも続く。
ユーリも駆け寄ろうとする。
その間にガンツが大型個体の前へ入り、盾を構えた。
カイも蛇腹剣を展開し、少しでも時間を作る。
キョウジはセナの横へ滑り込んだ。
「セナ!」
「起きてるよ……」
声が返ってきた。
「なら目を開けとけ」
「それ、意味あるの?」
「俺が安心する」
「じゃあ……開けとく」
無理に笑おうとする。
キョウジはすぐに状態を確認した。
右脚が動いていない。
防護服も脇腹から大きく裂けている。
雪へ血が広がっていた。
『右下肢に重度損傷を確認』
ミオの声が入る。
『腹部にも損傷の可能性があります』
キョウジは迷わずセナを抱き上げた。
「隊長、俺が!」
ユーリが駆け寄る。
「アンカーを使え」
「でも――」
「後ろを遅らせろ」
それだけで十分だった。
ユーリは歯を食いしばり、すぐに後方へ向き直った。
◇
逃げ込んだのは、旧道路管理施設だった。
狭い入口と厚い壁が残っている。
長く持つ場所ではない。
それでも、応急処置をする時間くらいは作れる。
キョウジはセナを床へ降ろした。
「ミオ、処置を頼む」
『止血を最優先してください』
防護服を開く。
傷は深い。
血が止まらない。
キョウジが低い声で言った。
「長い説明はいらない。今やることだけ教えろ」
『了解しました』
ミオの指示に従い、止血材を傷口へ当てる。
キョウジが押さえる。
カイとリオも補助に入った。
施設の外では、ガンツとユーリが黒い個体を止めている。
何かが壁へぶつかるたび、床まで揺れた。
「小さいの2体!」
外からガンツの声。
続いてユーリ。
「大型も来る!」
キョウジはセナから目を離さない。
止血材がすぐに赤く染まる。
止まらない。
「カイ」
「分かってます」
カイの声も低い。
「血圧が下がってます」
「もっとやれ」
「やってます」
「もう1回」
カイが一瞬だけキョウジを見る。
「隊長」
「いいから」
セナの手が、キョウジの腕へ触れた。
弱い。
「隊長……」
「喋るな」
「さっき、喋れって……」
「今はいい」
「変なの」
瞼が落ちかける。
キョウジがすぐに声を掛けた。
「開けとけ」
「安心するから?」
「ああ」
「しょうがないな……」
セナは少しだけ目を開いた。
その時。
外からユーリの声が飛んできた。
「セナ!」
「なに……」
「辛い店!」
セナが僅かに眉を動かす。
「……何それ」
「駅前の!」
「帰ったら行こう! どっちが辛いの食えるか勝負!」
セナが少しだけ笑った。
「そんな勝負……したことないじゃん」
「じゃあ今決めた!」
「勝手だなあ……」
リオも口を開いた。
「私も行く」
「リオ、辛いの苦手じゃん」
「今日は行く」
「じゃあ……私が勝てるかも」
「勝負になってるんだ」
ほんの少しだけ。
その場に笑いが戻った。
だが、すぐに静かになる。
「セナ?」
リオが呼ぶ。
返事は遅かった。
「うん……いるよ」
「じゃあ、そのままいて」
セナが薄く笑う。
「それ……難しいかも」
「難しくてもいてよ」
「無茶言うなあ……」
外で大きな衝撃が響いた。
ガンツの盾が、大型個体に押し込まれている。
セナがそちらを見ようとした。
「ガンツさん……大丈夫?」
外から声が返る。
「そっちは気にするな」
「うん……」
それが最後だった。
「セナ?」
返事がない。
リオが手首へ触れる。
カイは首元を確認した。
少しして、ミオの声が静かに届く。
『セナのニューラルリンクから、生体情報を取得できません』
キョウジの手は、まだ止血材を押さえたままだった。
外では戦闘が続いている。
カイが立ち上がる。
「隊長」
キョウジは動かない。
「ここを出ないと」
カイは続ける。
「全員帰れなくなります」
少し間があった。
キョウジはセナを見る。
閉じきらなかった目へ手を添え、そっと瞼を閉じる。
「……連れて帰る」
カイが頷いた。
「はい」
リオが医療キットを片づける。
キョウジはセナの身体を防寒シートで包み、抱き上げた。
「待たせた」
そのまま外へ出る。
大型個体が入口まで迫っていた。
中央にはガンツ。
大型シールドには、大きな亀裂が入っている。
それでも。
ガンツはまだ立っていた。
「隊長!」
ユーリが叫ぶ。
「もう持ちません!」
「出るぞ!」
キョウジが声を飛ばした。
だが。
ガンツは動かなかった。
大型シールドへさらに体重を掛け、迫る黒い巨体を押し留めている。
「隊長」
低い声だった。
「先に行ってください」
キョウジが足を止める。
ガンツは大型個体を押さえたまま言った。
「ここは俺が押さえます」
お読みいただきありがとうございます。
セナは帰れませんでした。
そして今度は、
ガンツが1人で残ると言います。
第7小隊はまた、
誰かを置いていかなければならないのか。




