第4話 ハウラーの群れが俺たちを襲わず逃げてきたので、奥にいる「何か」から逃げることにしました
第7小隊の次の任務は、旧地下鉄Cラインの巡回。
ハウラーの痕跡が増えている。
ただ。
どうやら増えた理由は、繁殖ではなさそうです。
第7小隊の今回の任務は、旧地下鉄Cラインの巡回だった。
セーフハウス候補の確認、旧電力ラインの調査、そして予定地点までの巡回。
やることは、その3つだ。
「予定通りなら、今日中には戻れそうですね」
カイが端末を閉じた。
第7小隊の副隊長であるカイは、右脇腹の負傷から数週間ぶりに復帰したばかりだった。すでに復帰審査は通っている。
それでもユーリは気になるらしい。
「副隊長、本当に平気なんです?」
「装備室でも聞いただろ」
「聞きましたけど、『問題ない』しか言わなかったじゃないですか」
「じゃあ今は長く言う」
カイが少し考える。
「問題ないから、ここにいる」
ユーリはすぐに顔をしかめた。
「長くなっただけで内容一緒ですよ」
リオが笑う。
「痛くなったら、ちゃんと言ってね」
「そこまで信用ない?」
「信用してるから言ってるの」
そのやり取りを聞いて、セナまで笑った。
卓を囲んでいるのは6人。
キョウジ、カイ、リオ、ユーリ、セナ、ガンツ。
ただ、椅子は1つ余っている。
ユウトが死んだからだ。
誰も、その空席には触れなかった。
キョウジは端末の地図を拡大する。
「最近、ハウラーの痕跡が増えてる」
全員の視線が集まった。
「ただし、今回は巣を探す任務じゃない。予定地点まで行って、見つけたものを持ち帰る。それで十分だ」
『地表昇降機からC-12までは、実移動距離で約9kmです』
ミオが補足する。
ユーリが嫌そうな顔をした。
「9km……」
セナが横から言う。
「帰りもあるよ」
「今のは聞かなかったことにする」
「じゃあ言わなかったことにする」
「助かる」
キョウジは端末を閉じて立ち上がった。
「30分後。昇降機前に集合」
◇
地表へ出ると、旧ハルシオン市街は白い雪に覆われていた。
崩れた高層建築の間を、かつて道路だった場所が伸びている。その両側には、長い年月を雪に埋もれてきた大量の車両が残されていた。
ユーリがその残骸を見ながら言う。
「これ全部、昔は道路だったんですよね」
「そうらしいな」
「毎日こんなに車が走ってたのかな」
セナも周囲を見回す。
リオが答えた。
「これでも足りなかったんじゃない?」
地表で人間が暮らしていた時代。
何万人、何十万人、それ以上の人間が毎日のように地上を移動していた。
ネオ・ヘイヴンで暮らす今となっては、簡単には想像できない光景だった。
「隊長」
カイが足を止めた。
防護壁に、4本の深い爪痕が残っている。
雪に覆われていないところを見ると、新しいものらしい。
「ハウラーでしょうか」
「追えるか?」
カイが周囲を確認する。
「雪が崩れてます。難しいですね」
キョウジはすぐに判断した。
「位置だけ記録する。追わない」
任務外のものを不用意に追わない。
地表で生き残るための基本だった。
◇
旧地下鉄Cラインの入口にも、複数の足跡が残されていた。
新しいものと古いもの。
地下へ向かっているものもあれば、外へ出ているものもある。
「かなり使われてますね」
カイが言う。
『現在、大型の生体反応は確認されません』
ミオの報告を聞き、キョウジは地下へ続く階段を見た。
「予定通り入る」
6人で階段を降りていく。
地表の風音はすぐに遠ざかり、代わりに水滴の落ちる音が聞こえ始めた。
古い地下鉄施設は暗い。
隊員たちのライトが、壁や床を順番に照らしていく。
「ここ、店があったのかな」
セナが壁際を見る。
『旧施設図では商業区画です』
「駅で買い物して、そのまま電車乗ってたんだ」
ユーリが感心したように周囲を眺める。
キョウジは前を見たまま言った。
「観光は帰ってからにしろ」
「帰ってから地下鉄観光する場所ないですよ」
「じゃあ諦めろ」
◇
線路へ降り、そのまま奥へ進んだ。
しばらくすると、爪痕が目立つようになってきた。
最初は数本だったものが、進むほど増えていく。
壁にも、床にも、横穴の周囲にも残っていた。
泥の上には足跡もある。
「巡回報告より多いですね」
カイがそう言った直後、後方で水が跳ねた。
全員が足を止める。
ガンツが振り返った。
「俺じゃない」
ライトを向ける。
横穴から線路へ向かって、濡れた足跡が続いていた。
さっき通った時にはなかったものだ。
キョウジがアークブレードを抜いた。
「来るぞ」
暗闇の奥から唸り声が聞こえた。
やがてハウラー級が姿を現す。
1体、2体、3体。
さらに2体が続き、全部で5体。
第7小隊はすぐに迎撃へ入った。
カイの蛇腹剣が伸び、ハウラーの動きを止める。
セナのソードが首元を切り裂き、ガンツは大型シールドで突進を受け流す。
リオが双剣で側面へ入り、ユーリのアークアンカーが逃げ場を奪う。
キョウジもアークブレードを振るい、5体を順番に仕留めていった。
戦闘は数分もかからなかった。
「怪我は?」
確認すると、全員から問題なしの返事が返る。
だが、カイは倒したハウラーではなく、足元の泥を見ていた。
「隊長」
「何だ?」
「これを見てください」
今倒した5体の足跡に混じって、もっと小さな痕跡が残っている。
リオも覗き込んだ。
「この大きさ、今の中にはいなかったよね」
「いませんでした」
カイは周囲へライトを向ける。
泥の上だけではない。
壁際や横穴の周辺にも、同じような痕跡が残っている。
「それに、足跡の数が多すぎます」
倒したハウラーは5体。
だが、この場所を通った個体は明らかにそれより多かった。
キョウジは奥の暗闇へ目を向けた。
「記録しておけ。先へ進む」
◇
セーフハウス候補は、古い保守室だった。
厚い金属扉が残っており、内部も大きく崩れてはいない。
カイが一通り確認する。
「これなら使えそうですね」
「条件付きだな」
キョウジが壁の奥を示した。
小さな穴が開いている。
その周囲にも、さっき見つけたものと同じような爪痕が残っていた。
「この大きさなら、小型個体が入れます」
カイが言う。
「塞げる?」
「補強すれば」
「なら、その条件も含めて報告だ」
続いて旧電力ラインも確認した。
出力は低いが、導通反応は残っている。
ここまでの任務は、ほぼ予定通りに進んでいた。
◇
確認作業を終え、第7小隊は15分の休憩を取った。
キョウジは端末へ記録された足跡を見ていた。
古いものと新しいもの。
それぞれが向いている方向。
隣で見ていたカイも、やがて同じことに気づいた。
「……これ」
「分かったか?」
「新しい跡ほど、奥から戻ってきています」
セナが端末を覗く。
「戻ってる?」
「そう見える」
その時だった。
左側の側線から、爪が床を叩く音が聞こえた。
しかも1体ではない。
「来る!」
ガンツがシールドを構え、リオとセナもすぐに武器を抜いた。
暗い側線からハウラー級が飛び出してくる。
1体、2体、3体。
その後ろからさらに続き、全部で6体。
第7小隊は迎撃できるように身構えた。
だが、先頭のハウラーは襲ってこなかった。
キョウジたちの前を横切り、そのまま反対側の通路へ走っていく。
続く個体も同じだった。
「……無視された?」
ユーリが呟く。
「撃つな」
キョウジが制止する。
「通せ」
6体すべてが目の前を駆け抜けた。
群れの中には、先ほど痕跡だけを確認した小型の個体も混ざっていた。
最後の1体まで暗闇へ消えたところで、カイが群れの出てきた方向を見る。
「こっちへ集まってるんじゃない」
その先は物流駅側へ続いている。
「奥から逃げてきてる」
ユーリもそちらを見る。
「俺たちより急いでましたよね」
その直後。
足元から低い振動が伝わった。
ドン、と重い音が地下へ響く。
全員が黙る。
少しして、もう一度。
今度は天井から埃が落ちた。
『隊長』
ミオの声が入る。
『探査範囲の外縁で、大型の生体反応を一時検出しました』
「ハウラーか?」
『体格推定が一致しません』
3度目の振動が来た。
さっきより近い。
キョウジは迷わなかった。
「戻るぞ」
ユーリが聞く。
「確認しなくていいんです?」
「俺たちの仕事じゃない」
第7小隊はすぐに撤退を始めた。
◇
走り始めて約1分。
背後から大きな破砕音が響いた。
『大型反応、後方約280m』
ミオが報告する。
「速度は?」
『第7小隊を上回っています』
「最悪だな」
一度確認したセーフハウスへ戻る案が浮かぶ。
だが、カイがすぐに首を振った。
「あそこは出口が1つです」
「籠もれば終わるな」
「そうなります」
「別経路は?」
『前方120mに非常階段があります』
「現状は?」
『未確認です』
「十分だ」
旧商業区画を走り抜ける。
やがて、非常階段へ続く金属扉が見えた。
ガンツが押す。
動かない。
「下がれ」
もう一度、力を掛ける。
カイも加わった。
錆びついた金属が軋み、固定部分が裂ける。
扉が開いた。
「通れ!」
6人が次々と中へ滑り込む。
その直後、背後で壁が壊れるような音が響いた。
◇
非常階段は、地表まで約38m続いていた。
何度も折り返しながら上へ伸びている。
カイが見上げた。
「走るしかないですね」
「他に案は?」
「ないです」
「なら行くぞ」
6人が階段を上り始めた。
その時、下の方から大きな音がした。
何かが姿を現す。
最初に見えたのは、太く黒い前肢だった。
続いて、細長い巨体が暗闇から出てくる。
肢は6本以上。
目らしいものは見当たらない。
頭部には縦に裂けた口があり、全身は黒い外殻に覆われていた。
その身体に、何か白いものが挟まっている。
やがて、それが階段へ落ちた。
骨だった。
ハウラーの頭骨。
ユーリの声が震える。
「……食ってる?」
大型個体が階段側へ身体を向けた。
目はない。
だが、こちらの存在には気づいている。
次の瞬間、複数の肢を壁へ掛けた。
キョウジが叫ぶ。
「上がれ!」
大型個体は、階段を使わず壁を登ってきた。
第7小隊は何度も折り返しながら上がらなければならない。
相手は壁を一直線に進める。
このままでは追いつかれる。
「隊長!」
カイが途中で足を止め、蛇腹剣型アークブレードを展開した。
「上の1段を落とします!」
「やれ!」
ガンツ、リオ、ユーリ、セナを先へ行かせる。
残ったキョウジとカイは、階段を支える鉄骨へ向かった。
カイの蛇腹剣が支柱へ食い込む。
1本目を切る。
続いて2本目。
下から大型個体が急速に迫ってくる。
「隊長、先に!」
「切った奴が最後まで見ろ」
「そういうところだけ律儀ですね!」
「今さら知ったか!」
最後の支柱を切断した。
階段の一部が大きく傾き、そのまま鉄骨ごと下へ崩れ落ちる。
大型個体へ直撃した。
黒い巨体は崩れた階段に巻き込まれ、そのまま下層へ落ちていく。
轟音が地下へ響いた。
「行くぞ!」
キョウジとカイも残った階段を駆け上がった。
◇
地表出口を抜けると、すぐに雪と冷気が吹きつけてきた。
キョウジは周囲を確認する。
ガンツ。
リオ。
ユーリ。
セナ。
カイ。
そして自分。
6人全員いる。
「ミオ。大型は?」
すぐには返事がなかった。
数秒後。
『地下約30mで反応を確認』
キョウジは地下へ続く出口を見る。
『生体反応は――』
さらに少し間が空いた。
『消えていません』
あれだけの高さから、崩れた階段ごと落とした。
それでも。
地下にいる何かは、まだ生きていた。
お読みいただきありがとうございます!
ハウラーは第7小隊を襲わず、
何かから逃げていました。
そして現れた黒い大型個体。
非常階段ごと落としても――
まだ生きています。
次回、第7小隊は地上でも追われます。




