第3話 死んだはずの恋人を見たので5年前の任務記録を調べたら、なぜか閲覧禁止になっていました
地表で見た女は、本当にエミルだったのか。
キョウジは5年前の記録を調べます。
墓所を出たところで、キョウジはレイジと鉢合わせた。
「よう」
「よう」
短い挨拶を交わす。
レイジはキョウジの後ろにある墓所の入口へ目を向けた。
「ユウトか」
「ああ」
「まだか?」
「明日か、明後日らしい」
「そうか」
レイジも墓所へ来た理由がある。
何年も前、地表任務で亡くなった昔の部下。
現在の第3小隊副隊長、ツキノの弟でもあった。
キョウジは聞く。
「今日はあいつのところか」
「ああ。命日が近い」
「付き合おうか?」
レイジは首を振った。
「今日は1人で行く」
「分かった」
レイジはそのまま墓所へ向かいかけたが、数歩進んだところで振り返った。
「このあと空いてるか?」
「酒か」
「話が早い」
「墓参りする前に決めることか?」
「終わったあとに飲むんだよ」
「分かったよ」
レイジが片手を上げる。
「いつもの店で」
◇
中層区画の酒場は、仕事を終えた客で賑わっていた。
笑い声。
グラスが触れ合う音。
古いスピーカーから流れる音楽。
キョウジとレイジはカウンターへ並んで座った。
店主がいつもの酒を置く。
「今日は静かだな」
レイジが言う。
「そう見えるか?」
「いつもよりな」
レイジはグラスを持ち上げた。
「ユウトに」
キョウジも自分のグラスを上げる。
「ユウトに」
軽く合わせ、そのまま飲む。
最初のうちは、今日の任務について話した。
ガンツがグリズ級の突進を受け止めたこと。
ユーリのアンカーが綺麗に決まったこと。
セナが帰還してからも、ユウトのソードをなかなか手放そうとしなかったこと。
どれも、地表任務の後なら普通に出るような話だった。
だが、キョウジの意識はずっと別のところにあった。
白い地表。
激しい吹雪。
そして、その向こうに立っていた女の横顔。
レイジはすぐに気づいた。
「何だ?」
「何が」
「さっきから酒を見てるだけだぞ」
キョウジは少し黙った。
ここで話すかどうか迷ったわけではない。
レイジには話しておくべきだと思っていた。
「今日、地表で人を見た」
レイジの表情が変わる。
「サベージか?」
「違う」
「じゃあ誰だ」
キョウジはレイジを見る。
「エミルだ」
レイジの手が止まった。
周囲では誰かが笑い、グラスが鳴っている。
酒場そのものは変わらず騒がしい。
それでも2人の間だけ、急に音が遠くなったように感じた。
「……横顔だけか?」
「ああ」
「どれくらい見えた」
「一瞬だ」
「それでも?」
キョウジは迷わず答えた。
「見間違えるはずがない」
レイジはしばらく何も言わなかった。
否定もしなかった。
「そうか」
その一言だけだった。
それが、キョウジにはありがたかった。
「探すつもりか?」
「次の地表任務で、同じ場所を確認する」
「それだけ?」
「今はな」
レイジはグラスをカウンターへ置いた。
「キョウジ」
「何だ」
「今度は1人でやるなよ」
キョウジが眉を上げる。
「何の話だ」
「分かってるだろ」
5年前。
エミルが消息を絶った時。
キョウジは冷静ではなかった。
任務も。
撤退も。
仲間の安全も。
全部より、エミルを探すことを優先しかけた。
レイジはその時のキョウジを知っている。
「また同じ顔してる」
「どんな顔だよ」
「周りが見えなくなる顔」
「そこまでじゃない」
「自覚がないのが一番面倒なんだ」
キョウジは返事の代わりに酒を飲んだ。
レイジは続ける。
「探すなとは言わない」
「ならいいだろ」
「俺も行く」
キョウジが横を見る。
「第3小隊長が私用で?」
「隊員は使わない」
「じゃあどうする」
「俺が行く」
冗談ではない。
レイジの顔を見れば分かる。
「お前まで無茶する気か?」
「お前に言われたくない」
それはそうだった。
キョウジが何も言えずにいると、レイジが少し笑った。
「見つけたあとどうするかは、お前が決めろ」
そこで表情を戻す。
「でも、見つける前に勝手に死ぬな」
キョウジも小さく笑った。
「ユウトに言った台詞が返ってきたな」
「ちょうどいいだろ」
◇
酒場を出ると、ネオ・ヘイヴンはすっかり人工の夜になっていた。
ネオンの光が濡れた通路へ反射し、夜間照明の下を人々が行き交っている。
しばらく一緒に歩いたところで、通路が2つに分かれた。
レイジが足を止める。
「じゃあな」
「ああ」
キョウジも別の方向へ歩き出した。
「キョウジ」
呼び止められて振り返る。
レイジは少しだけ間を置いてから言った。
「もし本当にエミルなら」
キョウジは黙って待つ。
「今度は連れて帰ろう」
返事はしなかった。
だが、その言葉は胸に残った。
◇
自室へ戻った頃には、かなり遅い時間になっていた。
キョウジはジャケットを脱ぎ、端末の前へ座る。
『お帰りなさい』
ミオの声が聞こえた。
「ただいま」
『飲酒していますね』
「1杯だけだ」
『信用していいですか』
「今日はな」
『今日は、ですか』
「細かいな」
キョウジは端末を起動した。
青白い画面が暗い部屋を照らす。
『何を調べますか』
「5年前の任務記録」
ミオの返事が、ほんの少しだけ遅れた。
『エミル・アマギが行方不明となった任務ですね』
「ああ」
記録番号は覚えている。
忘れるわけがなかった。
キョウジは番号を入力した。
画面に当時の任務概要が表示される。
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地表東部廃棄区画
複数部隊合同任務
アバレント大量発生
気象急変
構造物崩落
==========
概要までは問題なく開けた。
キョウジはそのまま詳細記録を選択する。
画面が一度暗くなった。
次の瞬間。
赤い文字が表示された。
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ACCESS RESTRICTED
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「……何だこれ」
もう一度選ぶ。
今度は小隊長権限で認証した。
==========
ACCESS RESTRICTED
==========
結果は変わらない。
「ミオ」
『はい』
「これ、事故記録だよな?」
『そのはずです』
「小隊長権限で見られるはずだ」
『通常であれば閲覧可能です』
キョウジは画面を見る。
「通常じゃないってことか?」
ミオはすぐに答えなかった。
「そっちから開けるか」
『照会します』
数秒後。
『拒否されました』
キョウジの指が止まる。
「お前でも?」
『私の権限でも閲覧できません』
「誰なら見られる」
『閲覧可能権限が表示されていません』
「そんな記録あるのか?」
また少し間があった。
『少なくとも、私はこれまで確認したことがありません』
明らかにおかしい。
5年前の地表事故。
恋人が消息を絶った任務。
ただそれだけの記録に、なぜここまで強い閲覧制限が掛かっているのか。
キョウジは別の経路から調べ始めた。
帰還者名簿。
作戦番号。
事故報告。
関係する項目を1つずつ辿っていく。
だが、詳細へ入ろうとすると必ず同じ画面が出る。
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ACCESS RESTRICTED
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「管理局へ問い合わせる」
キョウジが立ち上がりかけた。
『キョウジ』
「何だ」
『今日はやめませんか』
キョウジの動きが止まる。
「早い方がいいだろ」
『あなたは地表任務から帰ったばかりです』
「平気だ」
『飲酒もしています』
「1杯だ」
『量の問題ではありません』
「じゃあ何の問題だ」
ミオはすぐには答えなかった。
部屋には換気装置の音だけが残る。
やがて、静かな声が聞こえた。
『今のあなたは、答えが見つかるまで止まらないと思います』
キョウジは赤い警告画面を見る。
「止まった方がいい?」
『1人で進まない方がいい』
レイジと同じことを言う。
キョウジは椅子へ深く座り直した。
「お前までか」
『レイジ隊長から聞いたわけではありません』
「分かってる」
また沈黙が落ちた。
その後。
ミオが言った。
『あなたに死んでほしくありません』
キョウジは少しだけ目を細めた。
「心配性だな」
『そうかもしれません』
「誰に教わった?」
『それは……』
珍しく言葉に詰まる。
『教わるものですか?』
キョウジは答えなかった。
画面には今も赤い文字が出ている。
《ACCESS RESTRICTED》
ただの事故記録なら、ここまで隠す理由はない。
なら。
何かある。
5年前。
エミルが消えた任務に。
そして今日。
そのエミルを、地表で見た。
偶然だと考えるには、あまりにも引っかかる。
キョウジはモニターから目を離さなかった。
「……面白くなってきたな」
『私はそうは思いません』
「だろうな」
画面の向こうに、何かがある。
まだキョウジは知らない。
この記録へ手を伸ばしたことが、自分たちの暮らす世界そのものを疑う最初の一歩になることを。
お読みいただきありがとうございます!
エミルが消えた5年前の任務。
なぜか詳細記録だけが――
ACCESS RESTRICTED
小隊長権限でも。
ミオの権限でも。
開けません。
ただの事故なら、なぜ隠す必要があるのか。
キョウジはここから、ネオ・ヘイヴンの「嘘」に触れ始めます。




