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第26話 アバレントの動きが妙に統率されていたので、5年前の嫌な記憶を思い出しました

今回は第8小隊。


いつも通りの軽口から始まる地表任務ですが、少しずつ様子がおかしくなっていきます。


アバレントの動き。


雪に残された複数の足跡。


そして、ヴァルカが思い出しかける5年前の記憶。


まだ何かが起きたわけではありません。


ただ、静かな地表に小さな変化が見え始めます。

細かな雪が、灰色の空から絶え間なく降っていた。


今日は珍しく風が弱い。


白く霞んだ地平まで見通せるほど視界が開けており、第8小隊は雪原に十分な間隔を取りながら進んでいた。


先頭はヴァルカ。


その後ろでジードとルネが左右を確認し、最後尾のガレスが時折背後を振り返っている。


「今日は静かだな」


遠くを見ながら何気なく言ったヴァルカへ、すぐ後ろからジードの声が飛んできた。


「そういうこと言うのやめてもらえません?」


「なんだよ。静かなもんは静かだろ」


「前も同じこと言った直後に出たじゃないですか」


「あれはたまたまだ」


「その前も言ってましたよ」


「お前はそういうことだけよく覚えてんな」


後ろからガレスまで笑いながら加わる。


「俺も今回はジードに1票ですね」


「ガレス、お前までそっちにつくのかよ」


「過去の実績がありますからね」


「実績って。ルネ、お前は違うよな?」


急に話を振られたルネは一瞬困った顔をした。


ヴァルカとジードを交互に見てから、小さく首を傾げる。


「私は隊長の味方です」


「ほら見ろ」


「でも今日は、あまりそういうこと言わない方がいいと思いますよ」


「なんだ、ルネまでか」


堪えきれなくなったジードが笑った。


「全滅ですね」


「帰ったら全員覚えとけよ」


「ほら、それです」


「何がだ」


その時、N-LINKへエルドの声が入る。


『現在まで、周辺にアバレント反応は確認されていません』


ヴァルカは待ってましたとばかりに振り返った。


「聞いたか? やっぱりエルドはあたしの味方だ」


『観測結果を報告しただけですが』


「少しくらい乗れよ」


『報告内容を事実以外で補強する必要性を認めません』


「お前って奴は本当に固いな」


ジードが小さく呟く。


「これで5対0ですかね」


ヴァルカが足を止めかけた。


「待て。なんでエルドが2人分になってんだ」


「隊長へのダメージを考慮しました」


「ジード、お前は帰ったら最初な」


「順番まで決まったぞ」


ガレスが楽しそうに言い、ルネもつられて笑った。


だが、その空気は次の報告で一変した。


『ヴァルカ隊長』


4人の歩調が、ほぼ同時に変わる。


『前方約380mに大型生体反応を3体確認。照合結果、すべてグリズ級です』


ジードがすぐに言った。


「ほら出た」


「うるせぇな。あたしが呼んだみたいに言うな」


「少し疑ってますがね」


「あとで覚えとけって言っただろ」


「今は目の前をお願いします」


「分かってるよ」


言い合いながらも、誰も足を止めてはいない。


ヴァルカは雪の向こうへ浮かび始めた黒い輪郭を見ながら、距離を測った。


「3体の間隔は?」


『中央の個体を基準に、左右へ約18m。現在も広がっています』


「最初から広がってんのか」


ジードが右側の個体を見ながら、進路を少しずらす。


「囲むつもりですかね」


「たぶんな。ガレスは真ん中を見てろ。ジードは右。ルネはあたしと左へ行く」


ヴァルカは3体の動きを確認しながら続けた。


「無理に倒しに行く必要はない。まず動きを見るぞ」


「了解です」


雪の中から現れた3体のグリズ級は、正面へ並んでは来なかった。


中央の1体を残し、左右の2体だけがさらに外側へ進路を変えている。


獲物を見つければ、そのまま距離を詰めてくる個体も珍しくない。


だが目の前の3体は互いの位置を崩さず、第8小隊を大きく包むように動いていた。


ヴァルカが目を細める。


「ずいぶん行儀がいい」


「褒めてる場合ですか?」


「褒めてないっての」


次の瞬間。


中央の1体が咆哮を上げた。


それを合図にしたように、3体が同時に加速する。


「来るぞ! 予定通り散れ!」


ガレスが中央へ残る。


ジードは右へ。


ヴァルカとルネは左側の個体へ向かった。


中央のグリズ級はガレスを狙って直進し、左右の2体はそれぞれ外から回り込もうとしている。


「やっぱり囲む気だな。ルネ、あたしより前に出るなよ」


「はい!」


左のグリズ級が距離を詰め、前脚を振り下ろした。


ヴァルカは真正面から受けず、身体を内側へ滑らせる。


そのまま懐へ入り込み、ハンドアクス型アークブレードで右肩を斜めに切り開いた。


巨体が痛みに身体を捻る。


そこへルネの十文字槍が伸び、開いた傷のすぐ下を突いた。


前脚の動きが止まる。


「いいぞ。そのまま離れろ!」


ルネが槍を引いて側面へ抜ける。


入れ替わるようにヴァルカが前へ出て、同じ肩へもう一撃を重ねた。


反対側では、中央のグリズ級がガレスへまともに突っ込んでいた。


それでもガレスは、その重量を正面から受け止めようとはしない。


大型の剣を相手の肩へ斜めに当て、自分も身体をずらしながら巨体の進路を横へ流した。


右側の個体を牽制していたジードが声を飛ばす。


「お、今日は張り合わないんですね」


「毎回あれと力比べしてたら、身体がいくつあっても足りん」


「やっと気づきました?」


「昔から知ってたよ」


「知っててやってた方が問題でしょう」


「そっちは喋ってる余裕があるなら仕事しろ」


「してますよ」


言葉通り、ジードは外側から回り込んできたグリズ級の前脚をかわし、そのまま懐へ潜り込んだ。


2本の中剣型アークブレードを、後脚へ続けて走らせる。


深く切り込むことよりも、まず動きを鈍らせる。


片側の踏み込みが乱れたところで、ジードは相手の進路を中央へ寄せるように位置を変えた。


「ガレス、そっち少し左へ送れますか?」


「えらく注文が細かいな」


「できないなら言っていいんですよ」


「誰ができないと言った」


中央の個体が向きを戻そうとした瞬間。


ガレスが横から身体を寄せ、剣の腹を使って進路を押し変えた。


その先へ、ジードが誘導していたグリズ級が入ってくる。


2体の巨体がぶつかり合った。


「そういうの、先にやってくれれば楽なのよ」


左の1体をルネへ任せていたヴァルカが、中央へ駆け込んでくる。


ジードが返す。


「隊長が最初に左へ行ったんでしょう」


「細かいこと言うんじゃないよ」


「隊長が一番細かいんですって」


身動きを狭められた中央のグリズ級が、ヴァルカへ前脚を振り下ろした。


ヴァルカは外へ抜けながら肩口へ刃を走らせる。


反対側からジードも、傷ついた後脚へ深く踏み込んだ。


巨体が大きく傾く。


「ガレス、正面空けろ!」


「やってみますが、少し時間ください!」


ガレスが横へ抜ける。


その瞬間、ヴァルカは倒れかけたグリズ級の首元へ踏み込み、勢いを乗せた一撃を深く叩き込んだ。


巨体が雪へ沈む。


ヴァルカはそこで足を止めず、すぐに左側へ視線を移した。


「ルネ! そっちはどうだ!」


「まだ大丈夫です! でもかなり怒ってます!」


「そりゃ刺されたら怒るわな」


「隊長が先に斬ったんですよ!」


「それもそうか。違いない!」


返事をしながらヴァルカが駆け戻る。


その前では、ルネが十文字槍の長い間合いを活かし、グリズ級を近づけさせていなかった。


踏み込んでくるたび、肩や前脚を狙って進路をずらしている。


そこへガレスも横から入った。


振り下ろされた前脚を剣の腹で斜めに受け流し、巨体を前へ沈ませる。


「ルネ、今だ!」


言われる前から動いていた。


ルネの槍が肩の内側へ深く入り、グリズ級が大きく体勢を崩す。


「隊長、空きます!」


「そのまま頼む!」


ルネとガレスが左右へ離れる。


ヴァルカは走った勢いを殺さず、低い位置からハンドアクスを振り上げた。


青白い刃が顎の下から首筋へ抜ける。


踏ん張りを失った巨体は身体を捻りながら横倒しになり、積もった雪を大きく巻き上げた。


「おっしゃ! あと1体!」


ヴァルカが振り返る。


右側では、ジードが最後のグリズ級と距離を保ちながら2本の剣で接近を牽制していた。


だが、仲間が2体倒れたことで相手の動きが変わる。


突進してこない。


低く唸りながら距離を取り、第8小隊の位置を順番に確認するように頭部を動かしていた。


「……なんだ、あれ」


追いついてきたガレスも異変に気づく。


「さっきまでと全然違いますね」


ルネがヴァルカの横へ並ぶ。


ジードも相手との間合いを残したまま、少しずつ3人の側へ戻ってきた。


「逃げるならさっさと逃げればいいのに、ずっとこっち見てるんですよ」


ヴァルカが言う。


「ジード、お前の顔が気になるんじゃないか?」


「この状況でそんなことよく言いますね」


「黙って睨み合ってんのも暇だろ」


「隊長は緊張感って言葉を覚えた方がいいですよ」


「知ってるよ。使うかどうかはあたしが決める」


普段ならガレスが笑うところだった。


だが、今回は何も言わなかった。


ヴァルカ自身の目が、まったく笑っていなかったからだ。


「エルド、周りに他の反応は?」


『ありません。確認できる大型反応は、正面の1体のみです』


「妙だな」


『何がですか』


「こいつら、最初から動きが揃いすぎてた」


ヴァルカは正面のグリズ級から目を離さない。


「今度は仲間が2体やられたら攻撃を止めて、こっちの人数まで見てるみたいじゃないか」


数秒の間、グリズ級はその場を動かなかった。


やがて大きく鼻を鳴らし、前脚を1歩下げる。


それから第8小隊から目を離さないまま、ゆっくりと距離を取った。


ガレスが尋ねる。


「隊長、追います?」


ヴァルカは一度だけ考えた。


だが、すぐに首を横へ振る。


「いや。放っておく」


「珍しい」


ジードが発振を止めながら言った。


「普段なら『逃がすか』くらい言いそうだったので」


「いくら何でも、あたしだって相手くらい選ぶわ」


ガレスが真顔で言う。


「じゃあ俺たちは毎回選ばれてたんですね」


「何の話だよ」


「訓練です」


「あれはほら、お前らが弱音吐くからだろ」


「じゃあやっぱり覚えてないじゃないですか」


「何をよ?」


「もういいです」


ジードが呆れたように笑い、ルネも同じように笑った。


遠ざかるグリズ級は、やがて降り続く雪の中へ輪郭を消していった。


「エルド。今の行動は全部残しといてくれ」


ヴァルカは雪の向こうを見たまま続ける。


「最初の包囲みたいな動きも、最後に引いたところもだ」


『記録済みです。過去の同種行動との比較を行います』


「頼むな」


         ◇


倒した2体の周囲を確認している途中。


ヴァルカは、踏み荒らされた雪の外側へ伸びている痕跡に気づいて足を止めた。


「……ジード、ちょっと来て」


「何かありました?」


「これ見てみろ」


ヴァルカがしゃがみ、表面の雪を軽く払う。


その下から、グリズ級のものより遥かに小さな足跡が現れた。


形も違う。


ジードも横へしゃがみ込み、周囲へ続く跡を目で追った。


「幼体じゃないですね。爪の位置が違う」


「ああ。それに、こっちにもある」


少し離れた場所には、細い爪で雪を削ったような痕跡が残っていた。


さらにその先には、今までのどちらとも違う足跡がグリズ級のものと交差している。


ガレスとルネも、何かを察して近づいてきた。


「何種類いるんです?」


ヴァルカは周囲を確認する。


「今見えてるだけで3つだな。グリズを入れたら、もっといるかもしれない」


ガレスが雪原を見回した。


「近くに巣でもあるとか?」


ヴァルカはすぐには答えなかった。


足跡の重なり方を確認する。


互いに逃げたような乱れはない。


争った跡もない。


別々の場所から来たはずの痕跡が、途中から同じ方向へ伸びている場所まであった。


「エルド。今から足跡送る。種類を見てくれ」


『受信します』


ルネが端末で複数の痕跡を記録する。


ほどなく、エルドから返答が入った。


『グリズ級以外に、少なくとも2種を確認しました。1種は既知の小型捕食種と部分的に一致しますが、もう1種は照合できません』


「そいつとグリズって、同じ辺りをうろつくことあるか?」


『通常の活動範囲が重なる例は少数です。特に、この密度で複数種の痕跡が確認された記録はありません』


「だよな……」


ヴァルカの声から、それまでの軽さが消えた。


ルネが顔を覗き込む。


「隊長?」


「いや……ちょっと待て」


ヴァルカは立ち上がった。


逃げたグリズ級が消えた方向ではなく、複数の足跡が重なって伸びている雪原へ目を向ける。


「今の奴らも変だった」


誰に聞かせるでもなく、考えを整理するように続ける。


「最初から3体でこっちを囲んできて、2体やられたら最後の1体だけ引いた」


雪面を見る。


「ここには、普段なら近くにいない連中の足跡が固まってる」


ジードが尋ねる。


「繋がってると思います?」


ヴァルカは少し黙った。


「まだ分からねぇな」


それから首を振る。


「分からないうちから答え決めるのは嫌いだしね」


ルネが聞く。


「何か心当たりはあるんですか?」


ヴァルカは彼女を見たあと、もう一度雪面へ視線を戻した。


「……あるような、ないような」


「どっちです?」


「うるせぇな。今思い出してんだよ」


ジードが呆れたように笑う。


「怒るところですか」


「考えてる時に横から突っつくからだ」


「じゃあ黙りますね」


「そうしてくれ」


「はいはい」


「何かその返事も腹立つな」


「結局喋るんじゃないですか」


「お前のせいだろ」


いつもの調子で言い返している。


それでも、ヴァルカの視線は足跡から離れなかった。


頭の奥に引っかかっていた記憶が、少しずつ形を持ち始めていた。


5年前。


最初は、大したことには見えなかった。


普段なら交わらない痕跡が、同じ区域に増えた。


それまで単独で動いていたアバレントの行動も、ほんの少し変わった。


それだけだった。


少なくとも、最初は。


ヴァルカはそこから先の記憶を追うのをやめた。


「今日は予定より先へ行かない」


ジードたちを見る。


「痕跡は全部持ち帰って、過去の記録と突き合わせるぞ」


ガレスが足跡の先を見る。


「追わなくていいんですか?」


「気になるからって、全員連れて突っ込めるかよ」


ヴァルカは即答した。


「何がいるか分かんねぇなら、準備してから来ればいい」


ジードが怪訝そうに横を見る。


「まともですね」


「何言ってんだ。あたしはいつもまともだろ?」


「褒めたんですよ」


「どこがだよ」


ルネが思い出したように言う。


「隊長、帰ったら本当にジードさんからなんですね」


「もちろんだ。ルネは最後にしといてやる」


「私も入ってるんですか?」


「最初に裏切っただろ」


「まだ覚えてたんですね」


ジードがすかさず口を挟む。


「隊長も余計なことだけ覚えてるじゃないですか」


ヴァルカはしばらく黙った。


「……帰ったらお前だけ2回な」


「増えた」


笑い声が雪原へ少しだけ広がる。


第8小隊は予定していた経路へ戻った。


ヴァルカも歩き出す。


だが、数歩進んだところで一度だけ振り返った。


雪の中へ消えかけている複数の足跡を見る。


「……まさかな」


誰にも届かないほど小さく漏れた声は、そのまま雪の中へ消えた。


第8小隊の足跡だけが、そこから先へ伸びていった。

今回は第8小隊の地表巡回でした。


グリズ級3体そのものは倒せる相手でしたが、問題はそこではありません。


囲むように動いたこと。


仲間が倒れたあと、残った1体が状況を見て撤退したこと。


そして、普段なら同じ場所に集まらない複数種の痕跡。


まだ「何かが起きた」と断定できる材料はありません。


ただ、ヴァルカには5年前にも似た始まりを見た記憶があります。


今のところは、まだ静かな兆しだけです。

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