第25話 吹雪のあとに地下施設の入口が現れたので、雪の下の道を調べることになりました
今回は、第7小隊の地表調査。
吹雪のあと、雪の下から古い地下施設の入口が姿を現しました。
使える道なのか。
危険な場所なのか。
戦う相手はいませんが、こういう「まだ知られていない場所を調べる」任務もGRIDの仕事です。
吹雪の去った旧市街では、雪の積もり方が場所ごとに大きく変わっていた。
倒れた外壁の陰では舗装が露出し、その少し先では膝近くまで雪が残っている。
先頭を歩くグレンが足場を選び、その後ろをカイとリオが左右の建物を確認しながら進んでいた。
今回の目的は、吹雪によって露出した地下施設の調査だった。
以前の走査では地下に空洞があることしか分かっていなかったが、今回の天候変化で入口そのものが地表へ現れた。
第7小隊はその位置を目指し、旧市街を北東へ進んでいる。
現地まで残り数百m。
建物が途切れた先で、雪面からコンクリート製の庇が斜めに突き出しているのが見えた。
庇の下には階段が続いている。
ただし上から確認できるのは最初の踊り場までで、それより先は暗闇に沈んでいた。
カイが雪に埋もれた外壁の位置を端末へ記録する。
その間にグレンは入口手前へ足を入れ、崩れた縁へどこまで近づけるかを確かめた。
『地表の移動反応はありません。入口の東側は埋設された金属設備が走査を妨げています』
ミオの報告を聞きながら、キョウジは庇の下を覗き込んだ。
「階段から見える範囲を調べる。中へ入るかは、そのあと決めよう」
後方にいたリオも、雪上に残った4人の足跡から入口へ曲がる位置を記録した。
また吹雪が来れば、この入口は簡単に雪へ埋もれるかもしれない。
帰路用の目印とは別に、後続の部隊が同じ場所を見つけられる座標を残しておく必要があった。
カイがふとキョウジを見る。
「隊長、その武器はどうです?」
キョウジは腰のアークブレードを指で示した。
通信塔から持ち帰った旧世代コアを残し、バルドが制御系と冷却機構を組み直した新しい一振りだ。
整備室での試験には問題なく通ったが、地表へ持ち出すのは今日が初めてだった。
「温度も出力も、ここまでは問題ない。バルドの言った通りだった」
「それならよかったじゃないですか」
「明細を受け取る前なら、俺も素直にそう思えたよ」
リオが後ろから口を挟む。
「まだ払ってなかったんですか?」
「払ったよ。払ったから忘れられないんだ」
その会話には加わらず、グレンは庇の縁に落ちかけたコンクリート片を確認していた。
足で動かさず、周囲の雪の沈み方を見る。
階段の中央には吹き込んだ雪が残っているが、壁際は段の形が見えていた。
最初の踊り場までなら、1人ずつ荷重を掛ければ下りられそうだった。
「俺が先に行く。階段が続いてるか確かめるまで、そこで待っててくれ」
グレンは盾を身体へ寄せ、壁側を選んで下りていく。
カイは庇を支える柱の亀裂を撮影し、リオは地表側の警戒を続けた。
数段下りたところでグレンの足が止まる。
ライトが踊り場の先を照らした。
「下まである。雪で狭くなってるところも、1人ずつなら通れるな」
階段の途中には、古い施設表示が残っていた。
塗装の剥げた文字と管理番号をミオが現在の地図へ照合する。
『旧ハルシオン市街の雨水貯留施設と一致します。地表の排水路から流入した水を一時的に貯め、下流へ送る設備です』
「図面はあるか?」
『建設時の概略図があります。ただし最終の保守記録は残っていません。現在の内部構造とは照合が必要です』
「そのために来たんだ。グレンが通った壁側を、1人ずつ下りよう」
4人が最初の踊り場へ入る。
外の風は庇に遮られ、地表とは音の響き方が変わった。
階段の下には保守区画へ続く扉があった。
片側の蝶番が外れ、板そのものが内側へ傾いている。
グレンは無理に触れず、身体が通れる隙間だけを使って中へ入った。
壁に残っている配線管は空だった。
照明も完全に死んでいる。
『酸素濃度は進入基準内。有害ガスの検出もありません。ただし奥の区画は隔壁で分かれているため、現在の測定値をそのまま引き継がないでください』
「隔壁を越える時に測り直す。リオ、扉の傾きも記録してくれ」
「了解」
内部の保守通路は、地下へ向かって緩く下っていた。
片側の壁には太い送水管が並び、反対側には古い点検口が一定の間隔で続いている。
所々で雪解け水が床へ落ち、凍った部分だけがライトを鈍く反射していた。
カイが通路の幅を測る。
グレンは自分の体格でも安全に通れる位置を選ぶ。
その間にリオが床面の段差と点検口の番号を地図へ記録していった。
リオが周囲を見ながら言う。
「雨を貯める場所なら、もっと下に大きな槽があるはずですよね」
「流入管の方から水の音がする」
カイが耳を澄ませる。
「槽の近くは床が凍ってるかもしれませんね」
キョウジは古い概略図と現在の走査を重ねた。
図面では、巨大な貯留槽の外周を保守通路が回り、北側にもう1つ地表へ上がる点検口がある。
もしそこまで通れれば、雪原を横切らず旧市街の反対側へ抜けられる可能性があった。
ただし、出口が残っていたとしても、その途中が崩れていれば経路としては使えない。
「北の点検口まで見ておきますか?」
リオが尋ねる。
カイは概略図を拡大した。
「外周通路が繋がっていればね。途中に大型の隔壁があるから、開かなければそこで終わりです」
キョウジは前方を見る。
「先に貯留槽の縁まで行こう。壁と床の状態が分からないまま、図面上の出口だけ追うのは早い」
◇
通路の曲がり角へ近づくにつれ、水が落ちる音が大きくなった。
頭上の配管から滴が落ちている音ではない。
壁の向こうを流れる水が、広い場所へ落ちている。
グレンが先に角を越え、ライトを下へ向けた。
その先には、巨大な空間が広がっていた。
「……思ったより広いな」
保守通路は、大きな貯留槽の縁に沿って続いていた。
底は暗い。
対岸の壁までライトを向けても、中央までは光が届かない。
槽の底に溜まった水には薄い氷が張り、その上には天井の損傷箇所から落ちた雪が筋を作っていた。
グレンは通路の内側へ寄り、錆びた手すりから距離を取る。
「水は底にあるが、手すりは当てにするなよ」
「下へ降りる必要はない。外周から構造を取ろう」
4人は壁際を選びながら進んだ。
やがて、槽へ流れ込む水の位置も確認できた。
地表からの流入管は大半が氷で塞がれている。
その中で1本だけ細く開いており、雪解け水が絶えず底へ流れ落ちていた。
現在の量なら、急激に水位が上がる心配はなさそうだった。
一方で、通路の下を支える部材には、凍結と融解を何度も繰り返した痕跡が残っている。
『通路の前方約30mで、床面支持材の連続性が途切れています』
ミオの報告を受け、カイが低い位置からライトを通した。
格子床の下を横切っているはずの梁が、途中で1本欠けている。
上面の床板は壁から張り出したままだったため、歩いてきた側からは破断箇所が見えにくかった。
カイがしばらく確認してから言う。
「外周はここで止めた方がいいですね」
「人だけなら越えられそうだけど?」
リオが前を見る。
「今の1か所だけならね。でも次の固定部も同じように錆びてます。渡った先が安全だとは言えません」
キョウジが概略図を確認する。
「北の点検口はこの先か」
「残り200mほどです。ただ、ここを渡って確かめる理由にはなりません」
「ああ。止めよう」
リオが地図へ通行禁止の線を引いた。
破断した梁と残っている床板の位置も撮影する。
次に来る部隊が入口だけを見つけ、図面を頼りにそのまま北側へ向かわないよう、通れる範囲と止まった理由を両方残しておく。
戻りかけたところで、グレンが通路の壁に別の開口部を見つけた。
貯留槽の外周とは違い、細い保守路が送水管に沿って西へ伸びている。
床も格子ではなくコンクリートだった。
入口のすぐ先には小さな点検室が見える。
「こっちは図面にあるか?」
カイが古い番号と壁面表示を照合する。
「流出弁の操作室ですね。今の道なら通路の途中から確認できます」
北側の出口には繋がらない。
それでも設備の状態を確認して帰ることはできる。
キョウジは4人全員が戻れる幅を確かめてから、グレンと一緒に操作室へ入った。
◇
室内に残る操作盤は電源を失っていた。
手動の弁輪も完全に固着している。
壁には水位ごとの操作手順が刻まれ、貯留槽の底と下流へ続く管の関係が簡単に示されていた。
カイが操作盤の識別番号を拾い、リオが壁面を撮影する。
キョウジは床の亀裂と退路を確認した。
弁輪を動かす必要はない。
そもそも今回の任務に含まれていない。
下流側がどうなっているか分からない以上、勝手に開ける理由もなかった。
グレンが弁輪へ直接触れず、そこから天井へ伸びる軸をライトで追う。
「設備そのものは回収できないな」
「位置と構造が分かっただけでも使い道はある」
キョウジが図面を見る。
「排水路の下がどこへ続いてるか調べられるしな」
カイは操作盤の裏側に残る保守記録の刻印を読み取った。
流出管は旧市街の西側へ伸びている。
ただし、その先の点検記録は残っていない。
現在も水が通れるのかも分からなかった。
キョウジはその線を現在の地図へ加え、未確認のまま残した。
操作室を出る頃になっても、キョウジのアークブレードの温度表示は出発時と変わっていなかった。
今日は一度も発振させていない。
リオが記録を閉じながら、その表示に気づいた。
「結局、今日は使いませんでしたね」
「その方がいい」
キョウジは腰の武器を見る。
「地表に持ち出しても異常がないことは分かったからな」
「バルドさん、地表でもちゃんと動いたって聞いたら喜ぶでしょうね」
「聞かれたら教えるよ」
少し間を置く。
「請求額に納得したとは言わないけどな」
リオが笑った。
カイはその横で調査結果を一覧へまとめていく。
進入できた範囲。
貯留槽の水位。
破断した外周通路。
操作室に残っていた設備。
北側の点検口は古い図面上には存在するが、そこへ至る道は現在使えない。
入口が再び雪に埋もれたとしても、次の調査隊が同じところから判断をやり直さずに済むだけの情報は揃った。
「戻りましょう」
カイが端末を閉じた。
「これ以上は装備を増やして、別の調査として来た方がいいです」
「ああ。今日は十分だ」
◇
帰路では、グレンが先に通路の凍った箇所を抜け、リオが最後に点検口の番号を照合した。
階段へ戻り、そのまま地表まで上がる。
外へ出ると、空を覆う雲はまだ低かった。
ただし風は往路より弱まっている。
キョウジが地表へ出たあとも、地下からは水が落ちる音が聞こえていた。
庇の下では雪の薄い場所から階段の最初の段が見えている。
『内部調査記録を送信しました。施設の入口は再調査候補として登録し、外周通路の破断箇所は通行不可に指定しています』
「北側は未確認のまま残す。今日は戻ろう」
第7小隊は、自分たちが残した足跡を辿って帰投方向へ向かった。
リオの端末には、雪原から地下の操作室まで続く今回の経路が記録されている。
その先には、破断した外周通路を示す赤い線が引かれていた。
さらに北へ伸びる古い図面上の経路には、まだ現地で確認した道が重なっていない。
雪の下には、まだ先がある。
ただし今日は、そこまでだった。
今回は、吹雪のあとに現れた地下施設の調査でした。
北側へ抜けられそうな道はある。
でも途中の外周通路は壊れていて、その先へ進むには危険が大きい。
無理に進まず、「ここまでは使える」「ここから先は使えない」まで残して帰るのも調査任務の大事な成果です。
そして新しいアークブレードは、今回は出番なし。
でも地表へ持ち出しても安定していたので、キョウジにとってはそれだけでも十分な確認になりました。




