第22話 地下都市を疑って地上へ出た男を探しに行ったら、そこにいるはずのない人間がいました
今回は第3小隊の回です。
普段は軽口の多いレイジたちですが、今回の任務は少し様子が違います。
地表へ消えた1人の住民。
正規ゲートを通った記録はないのに、確かに外にいる。
そして、その先で第3小隊が見ることになるものは、ネオ・ヘイヴンの常識から少しずつ外れ始めます。
ネオ・ヘイヴン中層区画にあるGRID隊員用食堂は、昼時になると所属小隊に関係なく多くの隊員で混み合う。
金属製の食器が重なる音と話し声が、広い室内のあちこちから聞こえていた。
その一角では、第3小隊が長いテーブルを占領している。
中央に座ったレイジはスプーンを片手に、つい先日の地表任務で仕留めたアバレントの話を、身振りまで交えながら楽しそうに話していた。
「あれは俺も綺麗に決まったと思ったな。横から入れてやったら、そのまま斜面を転がっていってさ」
アシュが笑いながら食事の手を止める。
「綺麗どころか、最後の方はもう何が転がってるのか分かりませんでしたよ。隊長だけ腹抱えて笑ってるし」
向かいに座るセイルも、呆れたようにフォークを置いた。
「自分まで一緒に転がっていかないか、こっちは本気で心配していたんですけどね」
「お前も笑ってただろ」
「危険すぎて笑うしかなかったんですよ」
『俺は映像越しだったから安心して笑えたけどね。現地にいたら普通に引いてたと思うよ』
テーブル脇に開かれた通信窓から、オペレーターのノアまで加わる。
レイジは「味方がいねぇな」と笑いながら、残っていたスープを口へ運んだ。
ツキノだけは騒ぎに加わらず、静かに食事を続けている。
その隣では、食後のコーヒーを手にしたダリウスが、整えられた顎髭を撫でながら穏やかに口を開いた。
「皆さんがお元気なのは何よりですが、せめて食事中くらいはアバレントが斜面を転がる話以外にしていただけませんか。少々、食欲に影響します」
「ダリウスさんまで言うのかよ」
「年長者からのお願いです」
「それ言われると弱いんだよな」
レイジが苦笑し、アシュがまた笑い始める。
その時だった。
通信窓の中で、ノアが何かを確認するように視線を横へ動かした。
『悪い。そこで一旦止めて。任務が入った』
それまでの軽い調子が消えた。
真っ先に顔を上げたのはツキノだった。
「内容を」
『下層区画の住民が1名、地表へ出たまま戻ってない。管理記録から対象を特定したけど……たぶんみんな知ってるよ。マルクだ』
アシュが露骨に眉を寄せた。
「マルクって、あの脱ネオ・ヘイヴンを叫んでるおっさん?」
『そのおっさん。本人はアストラ陰謀論って呼ばれるのを嫌ってるらしいけど』
「だったら自分からあれだけ喋らなきゃいいでしょうに」
セイルは呆れながらも食器を端へ寄せ、すでに任務へ意識を切り替えていた。
レイジも椅子へ深く座り直す。
「いつ出た?」
『正確な時間が分からない。そこが問題なんだよ』
「どういうことだ?」
『正規の地表ゲートに通過記録がない。それなのに、外部監視設備が地表側でマルクの認識バンドを拾ってる』
レイジの表情が少し変わった。
「勝手に地表へ出たことより、そっちの方が面倒だな」
ツキノも僅かに眉を寄せる。
「最後に確認された位置は?」
『西側地表施設から北西へ約2km。そこから先は反応が途絶えてる。周辺にアバレントの活動記録もあるから、管理局からGRIDへ捜索要請が来た』
「生きていれば保護。生死が確認できなければ、可能な範囲で捜索継続。そんなところか」
『だいたいそれで合ってる。正式な任務情報は今送った』
レイジは端末へ届いた情報を確認したあと、食べかけの皿へ視線を戻した。
「分かった。食ったら出る」
ツキノが横を見る。
「すぐに準備を始めなくてよろしいのですか」
「あと5分で食える。空腹のまま地表へ出て判断が鈍る方が嫌だ。装備区画には出動準備だけ先に回しておいてくれ」
「合理的ではありますね」
セイルが残ったスープを飲み始めると、アシュも急いで食事へ戻った。
「そう言われると急いで食いたくなるな。マルクのおっさん、生きて待っててくれよ」
「慌てて喉へ詰まらせたら、救助へ行く前にあなたを医療区画へ運ぶことになりますよ」
「セイル、それは流石に洒落にならんな」
ダリウスがゆっくりカップを置いた。
「焦る必要はありませんが、長居する必要もありません。食べ終えた方から装備区画へ向かいましょう」
「そうしよう。俺はあとこれだけだから先に行くぞ」
レイジは皿に残った最後の一口を食べると立ち上がった。
「ノア。出るまでにマルクの移動経路と、どうやって地表へ出たのかを洗っといてくれ。誰かが手を貸したなら、その痕跡も欲しい」
『了解。そっちは俺が探しときます』
「頼んだ。俺たちは本人を連れ戻してくる」
◇
第3小隊が装備保管区画へ入る頃には、それぞれの装備がラックから引き出され、整備担当者による最終確認が始まっていた。
レイジは大剣型アークブレードを受け取り、両手で重量を確かめてから背部マウントへ固定する。
「毎回思うけど、任務前だけ少し重くなってないか、これ」
横でシミター型アークブレードを受け取ったアシュが言う。
「装備は昨日と同じ重量ですよ。隊長の筋力が落ちてるんじゃないですか?」
「昨日の今日で落ちるか。お前こそ回して遊ぶなよ」
「今日はまだ何もしてませんって」
ボウ型アークブレードの照準補正を確認していたセイルが、横目でアシュを見る。
「今日は、って言いましたね」
アシュは何も答えず、そっと視線を逸らした。
少し離れたラックでは、ツキノが薙刀型アークブレードを持ち上げ、発振部からグリップまで順番に状態を確認している。
ダリウスも大型のバトルアックス型アークブレードを受け取ると、整備士の前で軽く構えて重心を確かめた。
整備士が呆れたように見上げる。
「いつ見ても、それを片手で扱うのは理解できませんね」
「両手で持つこともありますよ。私はそこまで若くありませんので」
「そういう問題じゃないんですけどね」
ダリウスは楽しそうに笑い、斧を背負った。
全員の準備が終わると、レイジは端末に表示された小隊の状態を確認する。
「地表へ上がったら、マルクの反応が途絶えた地点まで直行する。アバレントとの戦闘は避けられるなら避けるぞ。今日は討伐じゃなく人探しだ」
アシュが意外そうな顔をした。
「珍しく隊長が戦闘を避けるって言ってる」
「アシュ、お前は俺を何だと思ってる?」
「大剣を持たせると楽しそうな人じゃないですか?」
「否定しづらいのが腹立つな」
最後にツキノがバイザーを下ろす。
5人はそのまま地表昇降施設へ向かった。
◇
地表エレベーターは、重い駆動音を響かせながらネオ・ヘイヴン深部から地表へ向かって上昇していた。
壁面表示の高度が変わっていくのを眺めていたアシュが、ふと思い出したように口を開く。
「マルクのおっさんって、結局何をそこまで地表で確かめたかったんですかね」
セイルが端末から顔を上げる。
「あの人はいつも、地下に閉じ込められているとか、地表について管理局が嘘をついているとか言っていましたね」
「『自分たちは保護されているんじゃなく、飼われている』ってやつだろ?」
「そうです。もっとも、地表へ出れば自分の説を証明する前に凍死しかねませんが」
ツキノはマルクの個人情報をバイザーへ表示していた。
「そこまでして確かめたい何かがあったのでしょう。少なくとも、衝動的な行動ではなさそうです」
「何か持って出てるのか?」
レイジが聞く。
「非常用防寒装備と数日分の携行食を持ち出しています」
「準備して出たのか」
レイジは壁から身体を起こした。
「だったらますます、どうやってゲートを抜けたのかが気になるな。ノア、何か拾えたか?」
『正規ゲートは全部白。保守用アクセスも記録上は閉鎖されたまま』
少し間を置き、ノアが続ける。
『ただし、監視ログに妙な欠け方をしてる時間帯がある』
「故障か?」
『それなら前後にエラーが残る。でも今回は何もない。映像も入退室記録も、そこだけ最初から存在しなかったみたいに綺麗に抜けてる』
アシュの表情から軽さが消えた。
「それって、誰かが消したってこと?」
『まだ断定はできないけど、俺ならそう疑う』
ダリウスが腕を組んだまま考える。
「マルク本人に、そこまでの権限があるとは思えませんな」
「ああ」
レイジが前方の扉を見る。
地表到達まで、もうほとんど時間は残っていない。
「本人を見つけたら、まずそこから聞く。生きてりゃ全部聞けるんだ。死なせる前に拾いに行こう」
◇
同じ頃。
ネオ・ヘイヴンのどこかにある照明を落とした一室で、複数のモニターが地表エレベーター内部を映していた。
画面の中では、第3小隊がマルクについて話している。
その映像を見ていた男は、レイジとノアの会話が終わるまで動かなかった。
やがて監視ログの欠損へ話題が移ると、男はコンソールへ指を伸ばす。
数回の操作で別の画面が開き、内部監視記録へのアクセス履歴が表示された。
男はいくつかの項目を選ぶ。
確認表示にも迷わず承認を返した。
『SURVEILLANCE RECORD : ERASED』
続いて。
『ACCESS TRACE : CLEARED』
処理完了。
男は画面を閉じ、再び地表エレベーターの映像へ戻した。
レイジたちは、こちらの存在を知らないまま地表へ近づいている。
男は最後まで見届けることなく席を立った。
暗い部屋には、モニターの光だけが残された。
◇
地表エレベーターの扉が開くと、吹雪を巻き込んだ冷気が一気に内部へ流れ込んできた。
先頭のレイジがフードを上げながら外へ出る。
周囲を確認してから、ツキノ、アシュ、セイル、ダリウスが一定の間隔を保って雪上へ降りた。
視界は悪い。
それでも地形そのものは事前情報と一致しており、雪に埋もれた道路跡の向こうには崩れた建造物がいくつも並んでいる。
「ノア、マルクの最後の反応をこっちへ出してくれ。それと周辺に大型反応があれば先に知りたい」
『マーカー送った。生体反応は今のところ無し。ただ、吹雪のせいで探査範囲が少し落ちてるから、建物の陰までは保証できない』
「十分だ。まず最後の地点へ行く」
第3小隊は北西へ進み始めた。
それから間もなく、ツキノが雪面へ視線を落とす。
「隊長、こちらを」
レイジが隣へ寄る。
吹雪で半分埋まりかけた足跡が、建物群の方向へ続いていた。
「人間のものか?」
「大きさは一致します。ただし、途中から別の痕跡が重なっています」
数m先では雪面が大きく抉れていた。
何かが腹を擦るように横切った痕跡と、その周囲に複数の爪痕が残っている。
アシュがしゃがんで覗き込む。
「これ見てると、無事って方へ賭けたくなくなるな」
「まだ死体を見たわけじゃない」
レイジは足跡の先を見る。
「痕跡が続いてるなら追うぞ」
◇
古い道路を越えたところで、セイルが突然、右手の建物へボウ型アークブレードを向けた。
「右の建物、動きました」
その声とほぼ同時だった。
崩れた外壁の陰から灰白色の細い身体が飛び出し、雪面を低く走って第3小隊へ向かってくる。
さらに2体。
「レイス級が3体!」
レイジは大剣型アークブレードを抜いた。
「マルクの捜索範囲から離れないよう、ここで片付けるぞ!」
正面から来た1体へ踏み込む。
青白い発振刃を横へ振り抜くと、レイス級の身体が進行方向を変えるほど強く弾かれ、そのまま雪面を転がった。
2体目がその脇を抜けようとする。
そこへアシュが低く潜り込み、シミターの湾曲した刃を腹部へ滑らせるように走らせた。
「こっちは止めた! セイル、奥のやつ頼む!」
「見えています。そのまま右へ抜けてください」
アシュが射線を外れた瞬間、光矢が吹雪を裂いた。
最後のレイス級の眼球へ突き刺さる。
怯んだ個体へツキノが一気に間合いを詰めた。
薙刀型アークブレードで前脚を断つ。
崩れた巨体へ、今度はダリウスがバトルアックスを振り下ろした。
「少々、失礼しますよ」
重い一撃が頭部を雪面へ沈める。
それきり、個体は動かなくなった。
アシュが振り返る。
「相変わらず最後だけ全部持っていきますね、ダリウスさん」
「皆さんが綺麗に整えてくださるので、私は仕上げをしているだけですよ」
「言い方だけ聞くと料理みたいだな」
レイジが最初に吹き飛ばした個体へ止めを入れようとした、その時。
ツキノのバイザーへ追加反応が流れ込んだ。
「まだ来ます。右後方から2体、正面奥にも複数」
レイジはすぐに周囲を見た。
「この数でマルクを追ってたなら、まだ近くにいるかもしれないな。こいつらを抜けながら足跡を追う」
セイルを見る。
「後ろへ下がりすぎるなよ」
「こちらも近接されたいわけではありませんから、ちゃんと守ってください」
「そのために前に4人いる」
吹雪の奥から、次のレイス級が姿を現した。
◇
今度の個体は、先ほどのように単独で飛び込んではこなかった。
左右へ広がりながら距離を詰めてくる。
正面の1体がアシュへ狙いを定め、その死角を利用するように別個体が側面へ回る。
さらに右後方の2体は、セイルを狙っていた。
「ツキノは右へ回れ! セイルへの道を潰せ!」
レイジは正面へ大剣を差し込む。
「アシュは俺から離れすぎるな!」
レイス級の突進を止める。
ただし、力任せには押し合わない。
刃を外側へ滑らせ、勢いを利用して身体を横へ流した。
空いた脇へアシュが飛び込む。
シミターを首筋へ走らせ、そのまま次の個体へ向きを変えた。
「今度はそっち任せますよ、隊長! 俺は左を止める!」
「好きに動け! ただし1人で奥まで行くなよ!」
右側では、ツキノが薙刀の長い間合いを活かして接近を阻んでいた。
その肩越しからセイルが光矢を撃ち込み、回り込もうとしていた2体の足を止める。
「ツキノ、そのまま少し左へ寄ってください。奥の個体まで線が通ります」
「3歩で開けます」
ツキノが目の前の頭部を薙刀で押し退けながら位置をずらす。
開いた射線を光矢が抜け、奥の個体の肩を貫いた。
一方、アシュへ横から飛び込もうとしたレイス級には、ダリウスがバトルアックスの柄を差し込んだ。
突進の力を横へ逃がす。
「アシュさん、そちらばかり見ていると横から食べられますよ」
「見えてましたって! たぶん!」
「その返事では安心できませんな」
ダリウスは相手の勢いを利用して足元へ崩す。
返した斧を、そのまま背中へ叩き込んだ。
短時間で数を減らされたレイス級は、やがて残った個体だけで距離を取り始める。
そのまま吹雪の向こうへ退いていった。
レイジは大剣の発振を止めた。
「追わなくていい。マルクを探すぞ」
ツキノが周辺反応を確認する。
「残存個体は離脱しています。ただし、地中から断続的に大きな振動を拾っています」
「大型か?」
「現時点では識別できません。移動方向も安定していません」
「近づいてくるならノアにも拾わせろ。こっちは先を急ぐ」
『もう追ってる。さっきから地下側の反射が大きすぎて輪郭が取れないけど、何かいるのは間違いない』
「分かった。距離が縮まったらすぐ教えろ」
◇
マルクの足跡は、やがて旧設備と崩落した建造物が密集するグラフト跡地へ続いていた。
屋根や外壁が残っている建物も多い。
吹雪を避けるなら、この周辺では比較的条件のいい場所だった。
第3小隊は痕跡を見失わないよう、建物の間へ入っていく。
崩れた通路を抜けたところで、アシュが足を止めた。
「待て。今の、マルクじゃないか?」
人の声らしきものが聞こえた。
アシュが進もうとする。
レイジは手で制した。
「ツキノ。奥を見られるか」
ツキノがバイザー越しに探査する。
「人間と思われる反応が3」
レイジの表情が変わった。
「3?」
「1名は認識バンドを確認。マルクです」
少し間を置く。
「残る2名は登録情報がありません」
今度はレイジの顔から完全に軽さが消えた。
「サベージの可能性があるな。まだ武器は抜くな。マルクの状態を確認してからだ」
5人は慎重に瓦礫を回り込む。
その先。
崩れた壁の向こうに、薄汚れた防寒着を着た男が座り込んでいた。
マルクだ。
伸びた髭の間から荒い息を吐いている。
それでも意識はあった。
だが、マルクが見ていたのは救助に来た第3小隊ではない。
数m離れた場所に立つ、2人の人影だった。
灰色の外套をまとい、深くフードを被っている。
ネオ・ヘイヴンの認識バンドはない。
それでも、どう見ても人間だった。
マルクが掠れた声を漏らす。
「……人、なのか……?」
レイジは2人から目を離さないまま呼びかける。
「マルク。動けるならこっちへ来い。ゆっくりでいい」
2人のうち片方が、僅かに顔を向けた。
だが、第3小隊へ近づこうとはしない。
逃げる様子もなかった。
ツキノがレイジの横へ並ぶ。
「認証不能。装備規格もネオ・ヘイヴンのものではありません」
「ああ」
レイジは大剣へ手を掛けた。
「たぶん当たりだ」
少し後ろではセイルがボウ型アークブレードを構える。
アシュとダリウスも左右へ広がった。
レイジが低い声で言う。
「サベージ……」
その呼び名に、2人は反応しなかった。
やがて片方が、ゆっくりと右手を上げる。
レイジたちの身体に力が入った。
だが、その手は武器へ向かわなかった。
掌をこちらへ向け、止まれというような仕草をする。
そして次に、その手を横へ動かした。
示したのは第3小隊ではない。
崩れた建物の奥だった。
「何だ?」
レイジが視線だけをそちらへ向ける。
直後。
雪面の下から、これまでよりはっきりした振動が伝わってきた。
瓦礫の隙間に積もっていた雪が一斉に崩れ落ちる。
『レイジ!』
ノアの声が飛び込んできた。
『さっきの大型反応が急速に近づいてる! そっちのほぼ正面だ!』
「マルクをこっちへ引っ張れ! サベージは今は放っておけ!」
ダリウスがマルクへ向かう。
アシュがその前へ出た。
「立てるか、おっさん! 無理でも立ってくれ、今ちょっと忙しくなる!」
「な、何が……」
「説明は後だ。ダリウスさん、お願いします!」
「承知しました。マルクさん、失礼しますよ」
ダリウスが腕を取ってマルクを立ち上がらせる。
その瞬間。
前方の建物が大きく震えた。
外壁に亀裂が走る。
次の振動で、崩れかけたコンクリートが内側から押し出された。
さらにもう一度。
今度は壁面全体が耐えきれず、一気に崩れ落ちた。
「全員、瓦礫から離れろ! マルクを中央へ入れて下がれ!」
第3小隊が左右へ散りながら距離を取る。
雪煙の中で、巨大な前脚が瓦礫を踏み潰した。
続いて現れたのは、灰白色の分厚い外殻だった。
四肢を雪へ沈ませながら、巨大な身体が建造物の残骸を押し退けてくる。
レイジはその全貌を見上げた。
ゆっくりと大剣型アークブレードを抜く。
普段なら、小型アバレントを数体まとめて相手にしても軽口を叩いている第3小隊。
だが、今は誰も何も言わなかった。
『形状照合完了。ガルム級です』
ノアが続ける。
『ただし、標準記録よりかなり大きい。正確な体長はまだ――』
「数字は後でいい」
レイジは相手から目を離さない。
「ノア、退路を出せ。ツキノとセイルはマルクから離れるな。アシュは俺の左。ダリウスは右から来る突進を止められる場所へ入ってくれ」
ダリウスがバトルアックスを構える。
「止めろと言われましても、これは少々骨が折れそうですな」
アシュも巨大な相手を見上げ、シミターの柄を握り直した。
「骨が折れるの、比喩で済めばいいですけどね」
「縁起でもないこと言うな。まだ戦うって決まったわけじゃねぇ」
レイジはガルム級との距離を測った。
そして、その向こうを見る。
2人のサベージは、まだ同じ場所に立っていた。
逃げる様子がない。
慌ててもいない。
まるで、この巨大なアバレントが現れることを最初から知っていたようだった。
ガルム級が前脚を踏み出す。
その重みで周囲の雪が大きく沈んだ。
レイジは発振させた大剣を肩へ担ぐ。
白い息を吐きながら、僅かに口元を上げた。
「……地表ってやつは、本当に退屈させてくれねぇな」
マルク捜索のはずが、地表にいるはずのない人間たちと、大型のガルム級まで現れました。
しかも2人のサベージは、ガルム級が現れることを知っていたようにも見えます。
次回、第3小隊はこの大型個体とどう向き合うのか。
そして、サベージたちは何者なのか。
少しずつ、地表側の世界が見え始めます。




