21話 通信塔の旧式コアに接続したら、何十年も前の記録が流れ込んできました
今回は、通信塔のさらに奥へ。
ようやく辿り着いた通信中枢で、キョウジたちはこの塔がまだ生きていた頃の記録に触れることになります。
そして、長く眠っていたものを起こすと、だいたい碌なことになりません。
緊急梯子は、思っていた以上に長かった。
通信塔の外周に近い位置を通っているせいか、途中から壁の一部が失われ、隙間の向こうに暗い地表が見える。
吹き込んでくる冷気が防護服の表面を叩いた。
先頭を登るキョウジの下から、リオの声が聞こえる。
「まだ?」
「俺に聞くな」
「上にいるから分かるかと思った」
「見てもまだ梯子しかない」
「最悪」
さらに下からカイが言った。
「喋る余裕があるなら大丈夫そうですね」
「そういう問題じゃないよ」
最後尾のグレンは何も言わない。
ただ、ときどき大型シールドが鉄骨へ触れる重い音だけが聞こえていた。
キョウジは上を見た。
梯子の先に、小さな踊り場が見える。
「もう少しだ」
「それ、本当にもう少し?」
「今度は本当だ」
数分後、キョウジは踊り場へ上がった。
続いてリオ、カイ、グレンも到着する。
そこから先は、塔の内部というより、巨大な骨組みの中を歩くような場所だった。
壁の多くが崩れ落ち、太い鉄骨と補強材だけが残っている。
その間を細い保守通路が縫うように続いていた。
リオが外を見ないようにしながら言う。
「さっきの橋より嫌かもしれない」
カイが足元を確認する。
「床は残っています。ただ、腐食は進んでますね」
グレンが一度踏み込み、荷重を確かめた。
「俺が最後を歩く。盾の分だけ重い」
「助かる」
キョウジは先へ進む。
『通信中枢までは、現在位置から約170mです』
ミオの案内が入った。
「近いな」
『直線距離では』
キョウジが嫌な顔をする。
「その言い方、嫌いだな」
『実際の経路は迂回が必要です』
「やっぱりか」
◇
鉄骨の間を進む途中で、何度か小型の反応が現れた。
だが、どれも近づいてこない。
姿も見えなかった。
「避けられてる?」
リオが聞く。
『可能性はあります』
カイが周囲を見る。
「さっきまでの個体とは動きが違いますね」
「追わなくていい」
キョウジは足を止めなかった。
「今の目的は通信中枢だ」
グレンも頷く。
「戦わずに済むなら、その方がいい」
しばらく進むと、通路の先に円形の扉が見えた。
他の区画より明らかに頑丈な造りになっている。
扉の中央には古い識別表示が残っていた。
カイが近づく。
「通信制御区画……でしょうか」
『旧施設情報と一致します』
キョウジが横の操作盤を見る。
当然のように電源は落ちていた。
「手動で開けるしかないか」
「たぶんですね」
カイが外装を外す。
内部には非常用の解除機構が残っていた。
グレンが横へ来る。
「力仕事ならやるぞ」
「今回は大丈夫です」
カイは何本かの固定具を外し、最後にレバーを押し込んだ。
重い音とともに扉が少しずつ開く。
その向こうは広い円形区画だった。
壁一面に古い端末が並び、中央には大きな制御卓が残っている。
さらに奥。
床から伸びるように、太い円柱状の装置が設置されていた。
キョウジが中へ入る。
「ここか?」
『構造上、通信中枢で間違いありません』
リオが周囲を見回す。
「でも全部止まってる」
「何十年も放置されてるなら当然だろ」
カイが端末を1つ確認する。
「非常電源もほとんど死んでますね」
グレンが中央の装置を見る。
「これは?」
ミオが少し間を置いた。
『旧式通信コアと思われます』
キョウジも近づく。
円柱の表面には、現在のGRID設備では見ない端子がいくつも並んでいた。
その中に1つだけ。
見覚えのある形状がある。
「N-LINK端子?」
『規格は古いですが、互換性がある可能性があります』
カイが振り返った。
「隊長。嫌な予感がするんですが」
「奇遇だな。俺も今、同じこと考えてた」
「だったらやめましょう」
「まだ何もしてないだろ」
「さっきもその台詞を聞いた気がします」
リオがキョウジを見る。
「また変なことするの?」
「変って決めつけるな」
グレンが静かに言う。
「その武器を作った直後に言われても説得力はないな」
「お前までそっち側かよ」
◇
ミオの解析では、通信コアそのものは完全には死んでいなかった。
内部の蓄電機構に、ごく僅かな残存電力がある。
ただし通常起動できるほどではない。
『外部から制御信号を送れば、記録領域の一部へアクセスできる可能性があります』
「N-LINKを使って?」
『はい』
カイがすぐに聞く。
「危険性は?」
『不明です』
「それ、一番困る答えなんですよ」
キョウジは端子を見る。
「ミオ、お前経由で接続できるか?」
『可能ですが、推奨はできません』
「理由は?」
『旧式規格のため、どの程度の情報が一度に流入するか予測できません。また、通信コア側から制御信号が返される可能性もあります』
「切断は?」
『必要であれば私が遮断します』
「なら十分だ」
カイがため息をついた。
「隊長」
「分かってる。長く繋がない」
「そういう意味じゃないんですが」
「他に方法ある?」
カイは少し黙った。
ない。
それが分かっているから、止めきれない。
「……異常が出たら即座に切ってください」
「ああ」
キョウジは通信コアの前へ立った。
防護服の接続ケーブルを引き出し、旧式端子へ合わせる。
規格が少し違う。
それでも、ロック部分をずらせば入った。
『接続を確認』
ミオの声。
『低出力で同期を開始します』
最初は何も起きなかった。
数秒後。
キョウジの視界にノイズが走る。
「来た」
『負荷上昇。まだ許容範囲です』
視界の端に、知らない文字列が流れ始めた。
古い日付。
通信番号。
座標。
そして突然。
映像が割り込んできた。
◇
雪ではない。
空が明るい。
建物も壊れていない。
通信塔の周囲には、今より遥かに多くの施設が並んでいた。
キョウジは一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなった。
人がいる。
作業員らしい服を着た者たちが通信塔の中を歩いている。
声も聞こえる。
だが、音声は途切れ途切れだった。
『――第6中継……正常――』
『北側アンテナ……同期……』
『地上網……』
映像が飛ぶ。
今度は夜。
大量の警告表示。
何人もの人間が制御卓へ集まっている。
『外部ネットワークから……不正……』
『遮断できない!』
『中央へ報告を――』
再びノイズ。
キョウジが眉をひそめた。
「ミオ、これ……」
『記録断片です。時系列が連続していません』
次の瞬間。
さらに別の映像が流れ込んだ。
赤い警告灯。
揺れる施設。
誰かが叫んでいる。
『衛星系統が応答しない!』
『制御権限が――』
音声が途切れる。
画面いっぱいに意味不明な信号列が走った。
その中に。
一瞬だけ。
人間が入力したものではないような、規則的すぎる処理列が見えた。
『キョウジ』
ミオの声が少し強くなる。
『負荷が上がっています』
「あと少し」
『推奨しません』
「何かある」
キョウジは接続を切らなかった。
さらに映像が流れる。
今度は通信塔の外。
遠方で、空が赤く光った。
何かが上空へ昇っていく。
1つではない。
別の方角からも。
そして、画面が激しく揺れた。
『発射確認――』
『複数――』
『誰が許可を――』
そこで記録が途切れた。
視界が一度真っ白になる。
『切断します!』
ミオが強制的に接続を落とした。
キョウジの身体が後ろへ傾く。
カイが肩を掴んだ。
「隊長!」
「大丈夫だ」
「大丈夫な顔じゃないですよ」
キョウジは何度か瞬きをする。
視界が戻ってくる。
頭の奥に鈍い痛みが残っていた。
リオが心配そうに覗き込む。
「何が見えたの?」
「昔の記録だ」
「どれくらい昔?」
「分からない。ただ……」
キョウジは通信コアを見る。
「ここがまだ普通に動いてた頃だ」
グレンが聞く。
「何が記録されていた?」
キョウジはすぐには答えなかった。
断片的すぎる。
それでも、最後に見たものだけは忘れようがない。
「何かがネットワークを乗っ取ってた」
カイの表情が変わる。
「何か?」
「ああ。それと……」
キョウジは少し迷う。
「空へ何かが打ち上がってた。複数」
「ミサイル?」
リオが聞く。
「たぶんな」
部屋が静かになった。
ネオ・ヘイヴンで教えられている歴史。
地上を壊した核戦争。
その記録と、今見たものがどう繋がるのか。
まだ何も分からない。
「映像、残ってるか?」
『一部を保存しました』
「持ち帰る」
『はい』
その時だった。
通信コアの奥から、低い駆動音が聞こえた。
全員がそちらを見る。
カイが顔をしかめる。
「……何か動いてません?」
『確認しています』
壁際の端末が1つ点灯した。
続いてもう1つ。
さらに別の場所でも、古い表示灯が順番に灯っていく。
「ミオ」
『通信コアが部分的に再起動しています』
「俺が繋いだから?」
『その可能性が高いです』
「止められる?」
少し間があった。
『現在、起動処理が通信塔全体へ伝播しています』
カイが嫌な顔をする。
「それ、止められないって意味ですよね」
『現時点では』
「やっぱり隊長が触ると何か起きるじゃないですか」
「俺のせいって決まってないだろ」
『接続直後に発生しています』
「ミオまで敵に回るな」
◇
塔の上部から、重い機械音が響き始めた。
長年停止していたアンテナ駆動部が動いている。
壁の奥を電力が走るように、表示灯が次々と点灯していった。
『上部アンテナ群の一部が再起動しています』
リオが上を見る。
「これって、いいこと?」
『判断できません』
「最近それ多いね」
グレンが床の振動に気づいた。
「いや」
全員が彼を見る。
「これはまずい」
直後。
塔全体が大きく揺れた。
天井から細かな破片が落ちてくる。
カイが壁へ手をついた。
「今度は何ですか!」
『アンテナ駆動により、上部構造へ想定以上の荷重が発生しています』
キョウジが嫌な予感を覚える。
「この塔、何十年止まってた?」
『正確な期間は不明ですが、長期間です』
「そんなもの急に動かしたら?」
『構造破損の可能性があります』
答えが返った瞬間。
遠くで何かが折れる音がした。
続いて、もっと大きな破砕音。
床が僅かに傾く。
「撤収!」
キョウジが即座に言った。
「来た道は?」
『先ほどの連絡橋付近で構造変形を確認しています』
「使えない?」
『推奨できません』
カイが端末を開く。
「別経路を!」
『検索しています』
さらに大きく塔が揺れた。
今度は壁の一部が崩れ、外から冷気が吹き込んでくる。
リオが後ろへ下がる。
「急いだ方がよさそう!」
『西側に非常用保守路があります。現在位置から約90mです』
「そこへ行く!」
4人は通信中枢を飛び出した。
◇
通路を走っている間にも、通信塔のあちこちで崩落音が続いていた。
動き始めたアンテナ群が古い構造へ負荷を掛け、長年耐えていた部分が次々と悲鳴を上げている。
グレンが後方を確認しながら言う。
「再起動しただけで、ここまで崩れるものなのか?」
『腐食と経年劣化が進んでいます。さらに複数の支持構造が既に損傷していた可能性があります』
「つまり、元々ぎりぎりだった?」
リオが聞く。
『はい』
キョウジが前を走りながら言う。
「そこへ俺が最後の一押しをした?」
『否定はできません』
「今日は正直だな」
カイが横から言う。
「今そこ気にするところですか?」
前方に非常用保守路の表示が見えた。
扉は半分開いている。
「入れ!」
キョウジが先に滑り込む。
リオ、カイが続く。
最後にグレンが身体を押し込んだ直後。
背後で大きな構造材が落下した。
さっきまで走っていた通路が塞がれる。
リオが振り返る。
「危な……」
「止まるな!」
保守路は細く、下方向へ続いていた。
どうやら塔の外周を回りながら下層へ降りる非常用経路らしい。
『この経路を使えば、下部管理区画まで到達できる可能性があります』
「可能性じゃなくて着いてくれ」
『努力します』
「頼むよ」
再び塔が揺れた。
4人は足を止めず、そのまま非常用保守路を下っていく。
キョウジは一度だけ後ろを振り返った。
通信塔の奥では、今も古い設備が動き続けている。
何十年も眠っていた記録。
地上網。
奪われた制御権。
そして、空へ上がっていった複数の光。
まだ何も分からない。
ただ。
5年前のエミルの記録。
C-12の未登録経路。
そして今見た過去の映像。
自分たちが知らされていないものが、また1つ増えた。
「隊長!」
カイの声が飛ぶ。
前方の床が崩れ始めていた。
キョウジは視線を戻す。
考えるのは後だ。
今はまず、生きてここから出る。
「走れ!」
4人は崩れ始めた通信塔の中を、地上へ向かって走り続けた。
旧通信塔に残されていたのは、設備だけではありませんでした。
キョウジが見た記録はまだ断片的ですが、ネオ・ヘイヴンで教えられてきた歴史とは少し違う匂いがし始めています。
なお、キョウジは今回も「触らなくていいものに触る」才能を順調に発揮しています。
次回、まずは崩れ始めた通信塔から生きて脱出します。




