第20話 壊れた武器に何十年も前の旧式コアを無理やり載せたら、出力が上がりすぎました
通信塔の内部は、妙なくらい静かだった。
遠くで構造材が軋む音が聞こえる以外には、キョウジ自身の足音しか響いていない。
カイたちと分断されてから、それほど長い時間が経ったわけではないはずだった。
それでも、通信がほとんど途切れた空間を1人で進んでいると、時間の感覚まで曖昧になってくる。
『周辺に大型生体反応は確認されません』
ミオの声がN-LINKへ届いた。
「小さいのは?」
『複数あります。距離はありますが、移動しています』
「こっちへ向かってる?」
『現時点では判断できません』
キョウジは歩きながら、壊れたアークブレードへ目を落とした。
つい先ほどまで、どうにか最後の発振を絞り出してクローラー級を退けていたが、今では起動操作をしても何の反応も返さない。
「完全に死んだな」
『出力経路が機能していません』
「分かってるよ」
『確認しただけです』
「律儀だな」
何度かカイたちとの通信も試している。
だが、返事はない。
塔の構造そのものが通信を遮っているのか、それとも単純に距離が離れすぎたのかは分からなかった。
どちらにしても、武器なしでこのまま進むのは危険だった。
「使えそうなもの、何かないか?」
『周辺図面を検索しています』
「期待していい?」
『現在の通信環境では取得できる情報が限定されています』
「つまり?」
『期待しすぎないことを推奨します』
「聞かなきゃよかった」
そう言った直後、通路の先に古い扉が見えた。
壁面へ半分埋もれるように設置されており、周囲の設備とは明らかに形式が違う。
表面に残っている表示も古かった。
キョウジは近づきながら尋ねる。
「これ、図面に載ってるか?」
少し間があった。
『ありません』
「またか」
C-12でも、地図にない通路を見つけた。
そして今度は、通信塔の内部で図面に存在しない区画を見つけている。
最近は、記録にない場所と出会うことが妙に多い。
扉の横には旧式の手動解除レバーが残っていた。
電力は来ていない。
キョウジがレバーを掴む。
まったく動かない。
「ミオ」
『力任せは推奨しません』
「他に方法ある?」
『ありません』
「じゃあ推奨してくれ」
両手で押し込む。
錆びた機構が強く抵抗したが、さらに力を掛けると内部で何かが外れた。
扉が僅かに開く。
そこへ肩を入れ、無理やり隙間を広げた。
中は小さな保守室だった。
壁際には棚と作業台が残り、古い工具もいくつか転がっている。
配線の多くは腐食していたが、部屋そのものは崩れていない。
「当たりか?」
『まだ判断できません』
キョウジは奥まで進み、壁に固定されたラックを見つけた。
そこに1本のアークブレードが残されている。
思わず足が止まった。
「……これ、旧式のアークブレードなのか?」
古い。
キョウジが現在使っているフレームも旧型だが、それより遥かに前の規格だった。
外装には無数の傷があり、グリップもかなり劣化している。
それでも、武器としての形は保っていた。
『形状および内部構造から、その可能性が高いです』
「使える?」
『外部からの診断だけでは判断できません』
「じゃあ開ける」
キョウジは旧式アークブレードを作業台へ運んだ。
残されている工具の中から使えそうなものを選び、外装を外していく。
内部が露出したところで、すぐに違和感へ気づいた。
「構造が違うな」
『はい』
現行型のアークブレードでは、球状コアから出た出力を制御器へ送り、そこから発振部へ伝える。
キョウジの武器も同じ構造だ。
だが、目の前にある旧式は違った。
球状コアの周囲を金属製のリングが覆っている。
制御機構が独立しておらず、コアとほとんど一体化していた。
「これ、制御器が別じゃないのか」
『旧規格では、コアと制御リングを一体の出力モジュールとして使用していたようです』
「つまり、そこから直接発振部へ送ってる?」
『その構造に見えます』
キョウジは自分のアークブレードも隣へ置き、外装を開いた。
こちらは現行に近い構造だ。
コアから制御器を通り、その先の伝達経路を使って発振部へ出力する。
壊れているのは、その途中だった。
コアそのものは生きている。
先日交換した発振制御ユニットも、破損してはいない。
だが、その先の伝達系が死んでいる。
「俺のコアは生きてる。でも、そこから先が死んでる」
『はい』
キョウジは旧式の内部を見る。
「こっちはコアと制御が一緒になってて、そこから直接出せる」
ミオは、すぐに意図を理解した。
『推奨しません』
「まだ何も言ってないぞ」
『言う前に推測しました』
「じゃあ話が早い」
旧式アークブレードから、球状コアと制御リングを一体のまま取り出す。
それを自分のフレームへ載せ、死んでいる伝達経路を飛ばして発振部へ直接繋ぐ。
理屈だけなら動く可能性がある。
問題は、それ以外のほぼすべてだった。
『旧式モジュールは現行フレーム用ではありません。固定位置、出力特性、熱制御、遮断遅延のすべてが規格外です』
「使える可能性は?」
『あります』
「じゃあやる」
『成功率を聞かないのですか?』
「低いんだろ」
『はい』
「聞かなくて正解だった」
◇
作業は思っていた以上に難しかった。
まずは旧式アークブレードから、球状コアと制御リングを一体のまま取り外す。
長年固定されていた部品は完全に固着しており、途中で2本のボルトが折れた。
それでも、肝心の出力モジュールまでは傷つけずに取り外せた。
次に、自分のアークブレードへ取り付ける。
当然ながら固定位置は合わない。
角度も違う。
本来使う固定穴も、2か所とも位置がずれていた。
「これ、どうやって止める?」
『作業台右側に耐熱パッドがあります』
キョウジが手を伸ばす。
「これか」
『補助スペーサーと組み合わせれば、最低限の固定は可能です』
「最低限って言葉、最近よく聞くな」
耐熱パッドを噛ませ、補助スペーサーを削る。
何度か位置を調整して、ようやくモジュールの角度が合った。
最後に、出力線を発振部へ直接繋ぐ。
正規の経路は使わない。
完全なバイパスだった。
『左側の端子は使用しないでください』
「どれ?」
『赤いマーキングのある端子です』
「これ?」
『それは隣です』
「紛らわしいな」
『ですから推奨していません』
「今さら戻れる?」
『戻っても武器は動きません』
「じゃあ続けよう」
配線を固定する。
断熱処理も施す。
手元にあるものだけで無理やり形にしていく。
どうにか接続はできたが、外装は完全には閉じなかった。
むしろ、一部は意図的に開けたまま残した。
「ここは閉じないのか?」
『手動遮断用に開放してください』
「自動じゃ駄目?」
『旧式モジュールの遮断遅延を、現行フレーム側では正確に制御できません』
「止めても、すぐには止まらないかもしれないってことか」
『はい』
「怖いな」
『今になってですか?』
「今だからだよ」
最後の配線を固定し、キョウジは工具を置いた。
作業台の上には、かなり無茶な姿になったアークブレードが残った。
旧型のフレーム。
何十年も前のコアと制御リング。
一部むき出しになった配線。
完全には閉じていない外装。
「これ、整備班に見せたら怒られるかな」
『怒られると思います』
「バルドは?」
『もっと怒ると思います』
「帰る楽しみが増えたな」
『前向きですね』
キョウジは武器を持ち上げた。
「起動するぞ」
『最低出力で行ってください』
「分かってる」
『異常を検知した場合は、すぐに手動遮断してください』
「ああ」
『連続使用は禁止します』
「分かったって」
『本当に?』
「信用ないな」
『ありません』
「即答するなよ」
キョウジは起動スイッチを押した。
一瞬。
何も起きない。
「失敗か?」
そう思った直後だった。
青白い発振光が一気に噴き出した。
「うおっ!」
キョウジは反射的に腕を引いた。
形成された光刃は、これまで使っていたものより明らかに太い。
長さも増している。
発振音まで違っていた。
以前より低く、重い。
『出力上昇!』
ミオの声が鋭くなる。
『設定値を大幅に超えています。手動遮断してください!』
「もう切ってる!」
キョウジの指は、すでにスイッチから離れていた。
それでも光刃は消えない。
1秒ほど遅れて、ようやく青白い光が収束した。
キョウジは武器を見下ろす。
「……今の、最低出力だぞ?」
『確認しています』
「最高にしたらどうなる?」
『試さないでください』
「聞いただけだよ」
『試さないでください』
「分かった」
内部を見ると、制御リングがかなり熱を持っていた。
だが、壊れてはいない。
『旧式モジュールの出力特性を、現行フレーム側では完全に制御できていません』
「使えることは使える?」
『短時間であれば』
「十分」
『十分ではありません』
「今は十分だ」
ミオは少し黙った。
『使用する場合は、短時間の発振に限定してください。連続起動は避け、停止後には必ず冷却時間を取ってください』
「了解」
『さらに、遮断まで遅延があります』
「さっき分かった」
『光刃が長くなっているため、周囲の構造物との接触にも注意してください。出力そのものも高すぎます』
「気をつける」
キョウジはアークブレードを腰へ戻した。
それから、作業台に残された旧式アークブレードを見る。
コアを抜かれたフレームだけが残っている。
誰が使っていたのか。
なぜここに残されたのか。
何も分からない。
少しだけ考えてから、キョウジは言った。
「心臓だけ借りる」
もちろん返事はない。
「戻れたら、残った方も回収に来る」
その直後だった。
N-LINKへ激しいノイズが走った。
『――隊……長……』
キョウジが顔を上げる。
「カイ?」
『……聞こえ……ますか……』
「聞こえてる!」
ノイズ混じりだったが、間違いなくカイの声だった。
『現在……東側連絡区画……』
「リオとグレンは?」
『一緒です』
キョウジは息を吐いた。
「無事か?」
『無事とは言いにくいですね』
その言い方を聞いて、少しだけ安心した。
まだカイらしい。
「場所を送れ」
『送信します』
地図へ位置情報が入った。
それほど遠くない。
だが、カイは続けた。
『隊長』
「何だ?」
『少し急いでもらえると助かります』
通信の向こうで、何かがぶつかる音がした。
続いてリオの声が聞こえる。
『カイ! 来る!』
そこで通信が大きく乱れた。
キョウジはすぐに走り出した。
「今行く!」
◇
東側連絡区画の扉は半分潰れていた。
その向こうから戦闘音が聞こえる。
キョウジは開いている隙間へ身体を滑り込ませた。
最初に見えたのは、グレンの大型シールドだった。
クローラー級が正面からぶつかり、グレンがそれを押し返している。
その横では、カイの蛇腹剣が別の個体の動きを止めていた。
さらに後ろにはリオもいる。
3人とも動けている。
ただし、通路が狭く、退路もほとんど残っていなかった。
「遅くなった!」
3人がこちらを見る。
リオがすぐに声を上げた。
「隊長!」
キョウジはアークブレードを抜く。
「ミオ」
『短時間だけです』
「分かってる」
起動すると、青白い光刃が一気に形成された。
やはり太い。
しかも、以前より長い。
カイが一瞬だけ目を見開いた。
「……何ですか、それ」
「あとで説明する!」
クローラー級がキョウジへ向き直った。
キョウジは踏み込み、そのまま横薙ぎに振る。
光刃が外殻へ触れた瞬間、予想以上の反動が腕へ返ってきた。
斬ったというより、衝撃ごと叩き込んだような感触だった。
クローラー級の巨体が横へ弾かれ、そのまま壁へ激突する。
構造材が大きく揺れた。
リオが思わず声を漏らす。
「うわ……」
カイもすぐに叫んだ。
「隊長! それ、ここで振って大丈夫なんですか!」
「俺も今そう思った!」
キョウジはすぐに手動遮断した。
それでも光刃は僅かに残り、遅れて消える。
グレンがクローラー級を盾で押さえながら言った。
「なるほど。かなり危ない武器だな」
「感想が冷静すぎるだろ!」
「使っている本人が一番危ない」
「それはそう!」
残ったクローラー級は、今度は4人で確実に仕留めた。
カイが脚の動きを止める。
グレンが盾で向きを変える。
その隙へリオが双剣を入れた。
最後にキョウジが短く発振し、首元へ必要な分だけ刃を入れる。
すぐに遮断した。
今度は周囲を壊さなかった。
『敵性反応の消失を確認しました』
キョウジは3人を見る。
「怪我は?」
「軽いものだけです」
カイが答える。
リオも頷いた。
グレンにも大きな負傷はない。
カイはすぐにキョウジの武器へ目を向けた。
「それで、そっちは何があったんです?」
「壊れた」
「それは見れば分かります」
「古いアークブレードを見つけた」
「それも何となく分かりました」
「混ぜた」
カイが黙った。
リオも黙る。
グレンだけが聞いた。
「何と何を?」
「俺のと、古いの」
「……混ぜた?」
カイが眉間を押さえた。
「隊長」
「何だ」
「帰ったら整備班に、そのまま説明してください」
「嫌だな」
「俺も一緒に行きますから」
「もっと嫌だな」
◇
4人は再び塔の上層を目指した。
しばらく進むと、前方が大きく開けた。
通信塔中央部を縦に貫く巨大な吹き抜けになっている。
向こう側へ進むには、細い連絡橋を渡るしかない。
カイが下を覗く。
「落ちたら終わりですね」
「見れば分かる」
リオが嫌そうな顔をする。
「そういうこと言わないでよ」
橋は古く、幅も数mほどしかない。
手すりも一部失われている。
何より、今のキョウジのアークブレードを気軽に振れる場所ではなかった。
カイも同じことを考えたらしい。
「隊長」
「ああ」
「その武器、橋の上では振らないでください」
「分かってる」
「本当に?」
「信用ないな」
「さっき壁にクローラーを叩きつけた人に言ってます」
返す言葉がない。
4人は慎重に橋へ足を踏み入れた。
半分ほど進んだところで、ミオの警告が入る。
『上方に敵性反応!』
すぐに影が橋の上を横切った。
見上げると、細い胴体と大きな翼、長い爪を持つスクリーム級が4体、上空を旋回している。
「スクリーム級!」
リオが叫ぶ。
最初の1体が急降下した。
カイが前へ出て蛇腹剣を伸ばす。
刃節が翼へ絡みつき、飛行軌道を崩した。
「グレン!」
「ああ!」
落ちてきた個体へ、グレンが盾を当てる。
真正面から止めず、横へ流す。
スクリーム級は手すりへ激突し、そのまま橋の外へ落ちていった。
2体目はリオを狙った。
「来る!」
リオが低く構える。
接触直前。
グレンが横から盾を差し込み、突進の軌道をずらした。
リオはその隙に双剣を振り、翼の根元を切断する。
スクリーム級は橋へ転がった。
「あと2体!」
3体目がカイへ向かう。
だが、カイはまだ蛇腹剣を完全に戻しきれていない。
キョウジが前へ出た。
「使うぞ!」
『短時間に限定してください!』
アークブレードを起動する。
青白い光刃が伸びた。
キョウジは最小限の動きで振る。
スクリーム級の胸部を切断した。
しかし、長くなった刃の先端が橋の床を僅かに掠める。
金属が大きく抉れた。
カイがすぐに叫ぶ。
「だから言ったでしょう!」
「掠っただけだ!」
「橋の上では、その掠っただけが駄目なんです!」
その隙に、最後の1体が上から急降下してきた。
グレンが盾を上げて受ける。
衝撃で膝が沈んだ。
リオが横へ回ろうとしたが、スクリーム級はすぐに上昇して距離を取る。
再び上空を旋回し始めた。
「次に来たところを落とす!」
カイが蛇腹剣を構え直す。
グレンも位置を変えた。
リオは反対側へ回る。
3人が自然に逃げ道を狭めていく。
最後のスクリーム級が再び急降下した。
カイの蛇腹剣が翼へ巻きつく。
引かれたことで軌道が落ちる。
そこへグレンが盾を合わせ、リオの側へ流した。
「もらう!」
リオの双剣が交差する。
最後の個体は橋へ落ち、そのまま滑って吹き抜けの下へ消えていった。
『敵性反応、消失しました』
カイは戦闘が終わると、すぐ橋の傷を確認した。
「……結構入ってますよ」
キョウジも近づいて見る。
「渡れる?」
「今すぐ崩れるほどではありません」
「じゃあ行こう」
「その前に反省してください」
「してる」
「本当に?」
「してるって」
グレンまで傷を見ながら言った。
「その武器は、橋の上で振るものではないな」
カイが頷く。
「ですよね」
「2人で言うなよ」
◇
橋を渡り切ったところで、4人は次の経路を確認した。
上層へ続く通常階段は崩れている。
残っているのは東側の非常用接続路と、その先にある古い緊急梯子だけだった。
リオが梯子を見上げる。
「また登るのか……」
その言葉を聞いたカイが、ふと口元を緩めた。
「塔を見上げる分の体力は残すって、あいつが言ってましたね」
誰のことを言っているのか、説明する必要はなかった。
ユーリだった。
リオも少しだけ笑う。
「最上部まで登らされるって言った方も当たったね」
「帰ったら自慢するつもりだったんでしょうね。面倒なくらいに」
カイの言葉に、グレンが静かに答える。
「聞かされる方が、まだましだった」
リオはすぐに頷いた。
「うん。私もそう思う」
短い沈黙が落ちた。
キョウジは緊急梯子へ手を掛ける。
ユーリはいない。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「行こう」
カイ、リオ、グレンも続く。
4人は旧通信塔のさらに上を目指し、緊急梯子を登り始めた。




