第23話 地上の人間が敵なのか味方なのか分からないので、とりあえず追いかけることにしました
前回、マルクの捜索中に地表の人間と遭遇した第3小隊。
ところが話をする間もなく、現れたのは標準記録を上回る大型のガルム級でした。
今回はまず、生きて帰るための戦いから始まります。
「……地表ってやつは、本当に退屈させてくれねぇな」
発振した大剣型アークブレードを肩から下ろし、レイジは崩れた建造物の向こうから姿を現したガルム級を見上げた。
4本の脚で雪と瓦礫を押し潰しながら進む巨体は、分厚い灰白色の外殻に覆われている。
先ほどまで相手にしていたレイス級とは、質量からして比べものにならない。
前脚を1歩動かすだけで周囲の瓦礫が沈み、雪面には深い窪みが残った。
『退路を検索中。正面から西側へ約60mに開けた区画があるけど、マルクを連れて移動するなら少し時間が必要だ』
「だったら時間を作る」
レイジは視線をガルム級から外さないまま指示を出す。
「ダリウス、マルクを一度後ろへ下げてくれ。ツキノとセイルは左右を見ろ。あのサベージ2人もまだいる」
「承知しました。マルクさん、少々急ぎますので転ばないようお気をつけください」
「ま、待ってくれ……あいつらは……」
「話は安全な場所へ着いてから伺いますよ」
ダリウスがマルクの腕を支えて後退し、アシュもその前へ入って進路を確保する。
ガルム級は、その動きを追うように頭部を向けた。
「そっちは見なくていい」
レイジが正面から距離を詰めた。
大剣を低く引いたまま最後の数歩を一気に踏み込み、振り上げた発振刃をガルム級の頭部へ叩き込む。
青白い刃が鼻先の外殻を削り、火花を散らした。
だが、厚い装甲を断ち切るまでには届かない。
直後、ガルム級が頭部を大きく振り上げた。
レイジは大剣ごと押し返され、その身体が横へ飛ぶ。
崩れかけた外壁へ肩からぶつかったものの、大剣を雪面へ突き立ててどうにか身体を止めた。
「隊長、大丈夫ですか」
「こっちはいい!」
レイジはすぐに顔を上げる。
ガルム級は自分を追わず、後退するマルクへ身体を向けようとしていた。
「あいつをマルクへ行かせるな!」
ツキノが薙刀型アークブレードを構え、その進路へ入る。
振り下ろされた前脚を横へ抜けてかわすと、直撃を外した一撃が床材と雪をまとめて砕いた。
そこへアシュが左側から潜り込む。
「左脚を削ります。セイルは関節を探してください」
シミター型アークブレードを斬り上げる。
しかし、刃は灰白色の外殻へ浅い傷を残しただけで弾かれた。
「表からじゃ通らないな」
「少し前へ抜けてください。肩の内側を狙います」
アシュがガルム級の視界を引きつけたまま位置をずらす。
その背後から放たれたセイルの光矢が、左肩の継ぎ目へ突き刺さった。
外殻の隙間で青白い光が弾け、ガルム級が大きく首を振る。
「そこなら効くか」
戻ってきたレイジは、傷ついた肩と前脚の動きを見比べた。
「左側へ集中する。表面は捨てろ。継ぎ目だけ狙え」
マルクを壁際まで下げていたダリウスも、すでに戻っている。
バトルアックス型アークブレードを両手で構えながら前へ出た。
「マルクさんは移しました。ひとまず踏まれる心配はないでしょう」
「助かる。突っ込んできても止めなくていい。向きだけ外へ流してくれ」
「それでしたら何とかしましょう」
ガルム級が身体を低く沈める。
次の瞬間、巨体がダリウスへ向かって突進した。
振り下ろされた前脚へ、ダリウスが斧の柄を斜めに差し込む。
真正面から受け切ろうとはせず、自分も横へ動きながら勢いを外側へ逃がした。
踏ん張った両足が雪面を削り、身体ごと押し込まれる。
それでも前脚の軌道はずれ、傷ついた左側が大きく開いた。
「そこだ! 関節へ入れて、すぐ離れろ!」
アシュがダリウスの横を抜ける。
先ほど光矢が傷を作った継ぎ目へシミターを滑り込ませると、今度は刃が外殻の内側まで入った。
引き抜いた軌跡から黒い体液が雪へ落ちる。
「離れてください。そこへ重ねます」
アシュが身を引く。
入れ替わるようにセイルの光矢が傷口へ突き刺さった。
ガルム級が怒りに任せて身体を捻り、尾を横薙ぎに振るう。
ツキノが薙刀の長柄を当てた。
まともには止めず、先端を押し上げる。
その下をアシュが身を低くして抜けた。
「左前脚の反応が鈍っています。このまま同じ箇所へ集中できます」
「なら崩す。ただし欲張るな。脚1本傷めたくらいで安全になる相手じゃねぇ」
『こっちでも確認できた。左前脚だけ接地時間が短くなってる。まだ動きを止めるほどじゃないけど、確実に効いてる』
「その変化だけ追ってくれ」
『任せて』
ガルム級が頭を巡らせ、再びレイジへ身体を向ける。
「俺のことは覚えてるらしいな」
鼻先を低く向けた巨体が、ゆっくりと沈み込んだ。
セイルが後方から言う。
「最初に顔を殴ったからじゃないですか」
「だったら最後まで俺を見てろ」
レイジが大剣を腰の高さまで引く。
ガルム級が雪を蹴った。
傷ついた左前脚が振り上げられ、その巨大な影がレイジの頭上へ迫る。
「正面で止めないでください。外側へ流せます」
「ああ、そのつもりだ」
振り下ろされる直前まで軌道を見る。
レイジは大剣を下から斜めに振り上げ、前脚の内側へ発振刃を合わせた。
接触した瞬間、凄まじい衝撃が両腕へ抜ける。
それでも押し返そうとはしなかった。
刃を外側へ滑らせながら身体を横へ動かし、ガルム級の踏み込みそのものを逸らす。
巨大な前脚がレイジを外れ、横の雪面へ叩きつけられた。
傷を負っている左側へ一気に荷重が偏り、巨体の重心が崩れる。
「左脚に体重が乗った! 踏み直させるな!」
ツキノが薙刀を関節へ差し込み、前脚が戻る動きを抑える。
そこへセイルの光矢が突き刺さり、さらにアシュが側面からシミターを走らせて裂け目を広げた。
ガルム級が激しく身体を振る。
正面へ回ったダリウスが斧の腹を頭部へ当て、その向きを反対側へ押し流した。
「数秒だけ頭をそっちへ向けてくれ!」
「長くは持ちませんよ」
「それで十分だ!」
レイジが大剣を両手で引く。
開いた左前脚の傷へ踏み込み、一気に振り下ろした。
青白い発振刃が外殻の裂け目へ食い込み、厚い装甲を押し割りながらさらに奥まで傷を広げる。
ガルム級の左前脚が沈んだ。
同時に、頭上から細かなコンクリート片が落ちてくる。
何度も衝撃を受けた建物は、すでに限界へ近づいていた。
梁が歪み、壁面にも大きな亀裂が走っている。
「ここはもう保たない。外へ出すぞ」
ツキノが周囲を確認する。
「西側の開口部ならまだ使えます」
「ツキノとセイルは先に外へ出て射線を取れ。アシュは左側から誘導。ダリウスは後ろを頼む。俺はマルクを連れて出る」
ツキノとセイルが出口へ向かう。
アシュは左前脚へ浅い斬撃を入れては距離を取り、ガルム級の進行方向を西側へ寄せていった。
レイジは一度発振を切り、壁際のマルクへ走る。
「立てるか?」
「あ、ああ……だが、あの2人は……」
「今は自分の足だけ気にしてろ。肩を使え」
マルクの腕を肩へ回して立たせる。
出口側では、セイルが光矢をガルム級の肩へ撃ち込み、その向きをさらに外へ寄せていた。
「誘導できています。今なら出せます」
「先に連れていく。向きが変わったら知らせろ」
レイジがマルクを支えながら出口へ向かう。
途中で鉄骨が落下した。
ツキノが薙刀で横へ払い、2人の進路を空ける。
その背後で梁が大きく裂けた。
ダリウスが落下する瓦礫を斧で払いながら後退する。
「そろそろ急いだ方がよろしいでしょう。建物そのものまで支えるのは、さすがに無理です」
「頼むつもりもねぇよ!」
アシュも最後の斬撃を入れ、出口へ抜けた。
追うガルム級が外壁へ身体をぶつける。
その衝撃で残っていた構造物がまとめて崩れ、雪と瓦礫を押し出しながら巨体も開けた地表へ姿を現した。
レイジはマルクを近くの遮蔽物へ座らせる。
「ここから動くな。戦闘が終わるまで頭を上げないでくれ」
マルクは何かを言おうとした。
だが、建物が崩れる轟音に声を呑まれる。
レイジは雪煙の向こうへ目を凝らした。
先ほどまで近くにいた2人のサベージは、すでに少し離れた場所まで移動している。
灰色の外套は確認できる。
それでも第3小隊へ攻撃する様子はなく、ガルム級にも近づこうとはしなかった。
『レイジ、崩落の影響で索敵が乱れてる。周辺はしばらく目視を優先して』
「分かった。サベージもこっちで見る」
ガルム級が瓦礫を踏み越えて雪原へ出た。
壁がなくなったことで、巨体の全体が見える。
4本の脚は、どれも人間を容易に踏み潰せるほど太い。
ただし、左前脚だけは明らかに踏み込みが浅かった。
接地するたび、傷口から黒い体液が落ちている。
『左前脚の歩幅がさらに落ちてる。さっきの攻撃がかなり効いてるよ』
「方針は変えない」
レイジが大剣を再び発振させる。
「あの脚を使えなくして、追ってこられなくする」
第3小隊の任務はガルム級の討伐ではない。
マルクを連れて帰ることだ。
「ここは広い。突進は止めるな。避けてから削るぞ」
5人が間隔を広げる。
ガルム級も頭部を低く下げた。
次の瞬間、巨大な身体が一気に加速する。
雪を左右へ押し分けながら、第3小隊の中央へ突っ込んできた。
「正面を空けろ!」
5人が左右へ分かれる。
ガルム級がその間を抜ける直前、ツキノが側面から薙刀を伸ばし、傷ついた左前脚を払った。
走行中の脚が僅かに外へ流れる。
それだけでも巨体の進路が乱れた。
「左脚が開きました。今なら通ります」
「そのまま維持してください。傷口へ重ねます」
セイルの光矢が外殻の裂け目へ突き刺さる。
ガルム級が速度を落としたところへアシュが回り込み、シミターを前脚の後ろへ深く差し入れた。
すぐに引き抜く。
傷口がさらに広がり、黒い体液が雪へ飛び散った。
「離れろ! 尾が来る!」
アシュはすぐに身を低くした。
横薙ぎに振られた尾を潜り、距離を取る。
その後ろへ回っていたダリウスも斧の柄を尾へ当てたが、まともには受けずに外側へ滑らせた。
「これは受け止めるより、避けた方が良さそうですな」
「次は無理に受けなくて大丈夫です。距離を取ってください」
「そうさせていただきましょう」
ガルム級が身体を捻り、立ち上がったアシュへ頭を向ける。
「右へ抜けろ! ダリウスは前脚の軌道だけ外へ!」
アシュが走る。
背後からガルム級が迫った。
振り上げられた左前脚へ、ダリウスが斜めから斧の柄を当てる。
傷ついていることもあり、前脚は大きく外へ流れた。
「今なら関節を押さえられます。少しだけ止めます」
ツキノが左前脚の内側へ薙刀を差し込み、外殻の隙間を広げながら動きを抑える。
「射線が通ります。そのままで」
セイルの光矢が開いた線を抜け、傷の奥へ突き刺さった。
左前脚が大きく沈む。
「隊長、もう左脚へ体重を掛けられていません」
「よし。頭をこっちへ向けさせるな。アシュは右から注意を散らしてくれ」
レイジは大剣を肩越しまで引く。
動きを止めた左前脚へ一直線に踏み込んだ。
接近に気づいたガルム級が首を振ろうとする。
そこへダリウスが斧を頭部へ当てて外へ押し、反対側からツキノが薙刀の長柄で向きを制限した。
さらにアシュのシミターが右肩を走る。
ガルム級の注意が僅かに逸れた。
「その傷、ここで使わせてもらうぞ」
レイジが全身を捻って大剣を振り抜いた。
青白い発振刃が左前脚の裂け目へ深く食い込み、外殻を押し割りながら関節部まで切り込む。
巨体が大きく傾いた。
そのまま左前脚を雪面へ落とす。
ガルム級は低い咆哮を上げ、どうにか立ち上がろうとした。
だが、負傷した脚へ力を入れるたびに身体が沈む。
先ほどまでの速度は、もうない。
『左前脚の反応が大きく低下してる。これなら追撃はかなり難しい』
「十分だ」
レイジは距離を取った。
「追ってこられないなら、ここで終わりにする」
ガルム級は頭部を持ち上げ、第3小隊を睨み返している。
しばらく低い唸りを続けていたが、やがて右前脚へ体重を移し、後退を始めた。
傷ついた左脚を引きずりながら、吹雪の奥へ下がっていく。
誰も追わなかった。
「俺たちの仕事は討伐じゃない。行かせろ」
ガルム級の輪郭が完全に白の中へ消えるまで、ツキノとダリウスも武器を構えたままだった。
「全員、動けるな?」
「問題ありません。装備にも大きな損傷はありません」
ツキノが確認する。
アシュとセイルにも大きな負傷はない。
ダリウスは左腕を軽く動かしてから斧を担ぎ直した。
「少々痺れておりますが、任務を続けるには支障ありません」
「ならマルクを連れて帰る。ノア、位置を――」
『レイジ』
ノアの声が割り込んだ。
『マルクの反応が動いてる』
レイジが遮蔽物へ振り返る。
先ほどマルクを座らせた場所には、誰もいなかった。
「サベージは?」
ツキノも周囲へ視線を走らせる。
「先ほどの2名も見当たりません」
『マルクの認識バンドは北へ移動中。それと一緒に未登録の生体反応が3つある』
「3人?」
レイジが眉を寄せる。
「見えてたのは2人だぞ」
『途中でもう1つ合流してる。今のところ距離は300m以内』
レイジは、ガルム級が消えた方向から北側へ視線を移した。
「追う。本人の意思かどうかは、見つけてから聞けばいい」
◇
第3小隊はすぐに北へ向かった。
戦闘で荒れた雪原を抜け、半壊した建造物の裏側まで回り込む。
ツキノが吹雪に削られ始めた雪面へライトを向けた。
「痕跡があります。歩幅と靴底から、これはマルクさんです」
マルクの足跡を挟むように2人分が並んでいる。
さらに少し進んだところから、もう1人分の足跡が加わっていた。
「本当に3人いるな」
アシュが周囲を見る。
「連れていかれたんでしょうか」
セイルは足跡の周辺を調べる。
「少なくとも、ここでは争った様子はありません。引きずられた跡もありませんね」
「自分で歩いたか、歩かされたか。本人を見つければ分かる」
その時、ノアの声が入った。
『マルクの認識バンドが急に弱くなってる』
「まだ取れるか?」
『……消えた』
少し間を置く。
『未登録反応も同時にロスト』
レイジの表情から、残っていた軽さが消えた。
「最後の位置を送ってくれ。足跡はまだ残ってる」
『送った。ただ、これ以上北へ行くなら帰還時間も考えて。ガルムとの戦闘で予定より消耗してる』
「分かってる。追えるところまで追う。引き際は俺が決める」
送られてきたマーカーは、足跡の向かう方向と重なっていた。
少し先では、4人分の足跡が白い地表へ伸びている。
風に晒された端から、少しずつ輪郭を失い始めていた。
歩きながら、レイジはガルム級が現れる直前のことを思い返す。
あの2人は第3小隊を攻撃しなかった。
むしろ崩れた建物の奥を示し、迫ってくるガルム級を警告していたようにも見える。
それなのに戦闘が終わる前にはマルクを連れ、さらに別の1人と合流して北へ消えていた。
「敵なのか何なのか、はっきりしねぇ連中だな」
隣を歩くツキノが答える。
「分からないから追うのでしょう」
レイジは前を見たまま笑った。
「違いない。足跡が消える前に行くぞ」
◇
4人分の足跡は、グラフト跡地のさらに北へ続いていた。
マルクのものと思われる靴跡を挟むように2人分が並び、途中から加わったもう1人の痕跡は、少し離れた位置を保っている。
吹雪に削られて輪郭は崩れ始めているが、まだ追える。
ツキノが足跡を確認しながら言う。
「歩く速度はそれほど速くありません。マルクさんに合わせているように見えます」
アシュがしゃがみ、マルクの足跡を確認する。
「無理やり引っ張ってる感じもないな」
「転びかけた跡はありますが、そのあと自分で立ち直っています。少なくとも、ここでは引きずられていません」
セイルの説明を聞きながら、レイジは吹雪の奥を見る。
「助けられてるのか、連れていかれてるのか。どっちにも見えるってのが面倒だな」
『認識バンドはまだ拾えない。周辺の旧設備もノイズが多いから、こっちから追えるのは足跡頼みだ』
「それだけ残ってりゃ十分だ。消える前に詰めるぞ」
第3小隊は足跡から離れないように進んだ。
この周辺には旧物流施設の残骸が多く残っている。
かつて道路だった場所も雪へ埋もれ、露出しているのは崩れた支柱や錆びた骨組みばかりだった。
しばらく進んだところで、ツキノが手を上げる。
「ここで進路が変わっています」
4人分の足跡は道路跡を外れ、半ば崩れた建物の裏手へ続いていた。
レイジが先へ回り込む。
雪の中から、古い金属製の扉が斜めに露出していた。
「地下へ降りる入口か?」
「旧搬入路の一部だと思われます。地図上ではこの先に保守区画がありますが、現在の状態までは記録されていません」
『こっちでも一致した。ただしネオ・ヘイヴン側では長期間使ってない場所だ。地表から入れる経路としては登録されてない』
「登録されてないだけで、使えないとは限らないってことか」
レイジが扉へ近づく。
表面は長年の腐食で剥がれていたが、中央付近には新しい擦れ跡が残っている。
セイルが扉の縁を調べた。
「最近開けた跡があります」
雪が完全には入り込んでおらず、隙間には靴底で踏み固められた跡もあった。
「こっちへ入ったな」
「ただ、扉は閉まっています」
アシュが取っ手へ手を掛ける。
ほとんど抵抗なく動いた。
「鍵、掛かってないですね」
レイジが細い隙間を覗き込む。
「それどころか、内側から少し開けてある」
大剣の柄へ手を添える。
「ツキノは後ろを見てくれ。セイルは中央。アシュは俺の後ろ。ダリウスは最後尾」
セイルが尋ねる。
「マルクさんが中にいる可能性は?」
「ある。だから最初から斬りかかるなよ」
「隊長に言われると妙に説得力がありませんね」
「俺だって人間とアバレントくらい見分ける」
アシュが何か言おうとしたが、その前にレイジが扉を押し開いた。
内部には地表の風がほとんど入っていなかった。
薄暗い通路の床には雪が筋状に残っており、その上を4人分の足跡が奥へ続いている。
「当たりだな」
第3小隊は照明を落としすぎない程度に絞り、通路へ入った。
外の吹雪が扉の向こうへ遠ざかる。
代わりに、古い配管が軋む音と、足元の金属板が僅かに沈む音が聞こえるようになった。
壁面には旧時代の案内表示が残っている。
文字の半分以上は剥がれていたが、矢印だけはかろうじて進行方向を示していた。
『内部構造を照合中。そこは旧物資搬入用の連絡通路らしい。北へ進めば保守区画に繋がる』
「出口は?」
『記録上は3つ。ただ、そのうち2つは崩落判定が出てる。残ってるのは北東側だけ』
「なら先回りされる心配は少ないな」
ツキノが通路の奥を見ながら答える。
「問題は、相手がその記録を知っているかですね。サベージがここを普段から使っているなら、こちらの地図より詳しい可能性があります」
「それなら案内してもらいたいくらいだ」
数十m進んだところで、ツキノが足を止めた。
4人分の足跡のうち、1つだけが壁際へ寄っている。
その近くには小さな金属片が落ちていた。
ツキノが拾い上げる。
「マルクさんのものです」
認識バンドの外装だった。
「壊れたのか?」
「外装だけです。認証部はありません」
『だから反応が消えたのかもしれない。バンド本体を外されたなら、こっちからは追えない』
レイジが聞く。
「自分で外したと思うか?」
「痕跡だけでは判断できません」
ツキノは金属片を回収用ケースへ入れた。
アシュが周囲を見る。
「でも、わざわざここで外す理由あります?」
セイルが答える。
「こちらに追われていると知っていたなら、あります」
レイジは足跡へ視線を戻した。
「マルクが自分から外したのか、サベージが外させたのか。どっちにしても、俺たちに位置を知られたくなかったってことになるな」
「少なくとも、偶然外れたようには見えません」
「だったらもう少し先まで行く。ここで引き返したら何も持ち帰れねぇ」
◇
通路は次第に下り坂になった。
さらに進むと、左右の壁が崩れた広い保守区画へ出る。
天井の一部は抜け落ちており、そこから吹雪が細く内部へ入り込んでいた。
足跡は、その雪の下で再び分かれていた。
「止まった形跡があります」
ツキノがしゃがみ込み、複数の足跡が重なっている場所を調べる。
マルクの足跡は北東へ続いている。
しかし、3人分あったサベージの足跡のうち、1人だけが反対方向へ向かっていた。
「別れた?」
アシュが反対側を見る。
「1人だけ戻ったとか?」
「戻ったなら同じ場所を踏むでしょう。これは別の通路へ向かっています」
レイジは2方向を見比べた。
「追うのはマルクだ。3人目は捨てる」
「分かりました」
ツキノが立ち上がる。
北東へ進む足跡は、マルクと2人のサベージだけになった。
それを追ってさらに進む。
やがて床面が途切れた。
その先には深い縦穴が口を開けている。
下へ続く梯子は途中で崩れ、普通なら人間が降りられる状態ではなかった。
アシュが縁から覗き込む。
「……ここで終わってる」
「いや」
レイジは少し離れた壁面を見た。
配管と鉄骨の間に、僅かだが足跡が残っている。
縦穴の縁を避けるように側面へ回り、その先で突然消えていた。
「跳んだ?」
「距離があります。マルクさんには難しいでしょう」
セイルが対岸を見る。
数m先に崩れた足場が残っている。
GRID隊員でも、装備を持ったまま簡単に飛び移れる距離ではない。
「じゃあ、どうやって渡ったんだ」
ダリウスが壁際の鉄骨へ視線を向けた。
「こちらに新しい傷がありますな」
錆びた鉄骨の一部だけが削られ、細い線が残っている。
アシュも覗き込む。
「何かを掛けた跡?」
「可能性はあります」
ツキノが傷の角度を追い、対岸の上部を見る。
向こう側にも似た傷が残っていた。
「ワイヤーか」
「少なくとも、それに近いものを使ったように見えます」
レイジが対岸を見る。
「マルクを抱えて渡ったってことか?」
「それなら足跡が途切れる説明にはなります」
対岸の暗い通路は、その先がまったく見えない。
レイジが聞いた。
「追えるか?」
『今いる位置から先は、地下構造の記録がほとんど残ってない』
ノアの声から、いつもの軽さが消えている。
『しかも帰還可能時間を考えると、そろそろ折り返した方がいい。ガルム戦で装備も消耗してるし、今から知らない地下へ入るのは勧めない』
「俺も同意する」
レイジが即答した。
アシュが意外そうに横を見る。
「行かないんですか?」
「行きたいけどな」
レイジは縦穴の向こうを見る。
「知らない穴へ5人で突っ込んで、帰れなくなったらマルクどころじゃねぇ」
ツキノも縦穴から離れる。
「隊長がそう判断するなら異論はありません。それに、ここまでで十分な情報は得られています」
「サベージがネオ・ヘイヴン側で把握していない移動経路を使っている可能性もありますね」
セイルが足跡を振り返った。
「それに、マルクさんがここまで自力で歩いていたことも分かりました。少なくとも負傷して運ばれていたわけではありません」
アシュが息を吐く。
「それだけでも、救助失敗で終わるよりはマシか」
「まだ失敗って決めるな」
レイジは対岸をもう一度見た。
「生きてる可能性は残ってる」
それからノアへ呼びかける。
「この場所を全部記録してくれ。認識バンドの外装と、鉄骨の傷も管理局へ回す。帰ったらマルクが地表へ出た経路と合わせて洗い直すぞ」
『もう保存してる。俺も監視ログの欠損をもう1回掘る』
「今度は消される前に頼む」
『嫌な言い方するなぁ』
「実際消えてるからな」
レイジが踵を返す。
「戻るぞ。次に来る時は、こっちも相手の道を知ってからだ」
◇
第3小隊は来た道を引き返した。
保守区画を抜けて連絡通路へ戻る頃には、外の吹雪がさらに強くなっている。
開け放したままの扉の向こうから、細かな雪が入り込んでいた。
地表へ出たところで、アシュが一度だけ北側を振り返る。
「結局、何だったんでしょうね。あいつら」
セイルがフードを直しながら答えた。
「敵なら、ガルムが来ることを教える必要はありません」
少し考えてから続ける。
「でも味方なら、マルクさんを連れて消える必要もないでしょう」
「だから灰色なんだろ」
レイジの言葉に、ツキノが視線を向けた。
「灰色?」
「白でも黒でもねぇ」
レイジは吹雪の向こうへ目を向ける。
「今の俺たちには、そのくらいしか分からん」
サベージ。
ネオ・ヘイヴンでは、地表にいる危険な人間として語られてきた。
だが、今日会った2人は第3小隊を攻撃しなかった。
それどころか、ガルム級の接近を知らせたようにも見えた。
一方で、マルクを連れて姿を消している。
「勝手に敵だと決めるのも、味方だと信じるのも早い」
レイジは北へ続く景色から視線を外した。
「次に会った時に確かめる」
ダリウスが穏やかに言う。
「その時は会話が成立すると良いのですが」
「成立しなきゃ、そこから考えるさ」
第3小隊はグラフト跡地を離れ、地表昇降施設へ向かった。
帰路ではアバレントとの大きな接触もなく、日が傾く前には地表エレベーターまで戻ることができた。
扉が閉まり、外の吹雪が遮断される。
エレベーターが地下へ向けて下降し始めたところで、アシュが壁へ背を預けた。
「マルクのおっさんを連れて帰るだけの任務だったはずなんだけどな」
セイルが装備を確認しながら答える。
「地表任務で予定通りに終わる方が珍しいでしょう。今回は特に寄り道が大きかったですけど」
「寄り道でガルム級は勘弁してほしいな」
レイジも大剣を壁際へ預け、自分の腕を軽く振って痺れを確かめる。
「帰ったらまず報告だ。マルクのこともサベージのことも、監視記録の件も全部まとめて出す」
ツキノが言った。
「管理局は喜ばないでしょうね」
「喜ばせるために報告するわけじゃねぇよ」
レイジは閉じた扉を見たまま続けた。
「地表に知らない道があって、知らない連中がそこを使ってる。それを知らないまま次の隊を出す方がよっぽどまずい」
ダリウスが静かに頷く。
「では、帰ってからも仕事が残っておりますな」
「そういうことだ。せめて飯くらいは先に食わせてほしいけどな」
アシュが小さく笑った。
「隊長、さっき食ったばかりじゃないですか」
「ガルム級と戦った分は別腹だ」
「それ、別腹って言わないでしょう」
エレベーターの中に、ようやく少しだけ笑いが戻った。
それでも、誰もマルクのことを忘れてはいない。
地表に残してきた足跡。
外された認識バンド。
ネオ・ヘイヴン側では把握されていない通路。
そして、灰色の外套を纏った3人の人間。
まだ、どれも答えにはならない。
それでも、何もなかったわけではなかった。
レイジは大剣の柄へ手を置き、ゆっくり下がっていく高度表示を眺めた。
「次に会ったら、今度こそ話を聞かせてもらうぞ」
誰に向けたとも分からない言葉を残し、地表エレベーターはネオ・ヘイヴンの灯りへ向かって降りていった。
地表の人間たちは、ガルム級の接近を知らせたようにも見える。
一方で、マルクを連れてネオ・ヘイヴンの知らない経路へ消えていきました。
敵なら分かりやすい。
味方でも分かりやすい。
けれど今の第3小隊には、どちらとも決められません。
だから今回の答えは、原作タイトル通り「白でも黒でもなく」。
サベージと呼ばれている人々を、ネオ・ヘイヴン側の常識だけでは判断できなくなり始めています。




