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18/34

第18話 仲間の手を掴める距離まで戻ったのに、あと少しだけ届きませんでした

通信塔へ向かうため、

第7小隊は水域上の旧高架道路を渡ります。


その下には、

レヴィン級と思われる複数の反応。


そしてキョウジのアークブレードは、

まだ不調を抱えたままです。

旧高架道路の下には、黒い水が広がっていた。


都市の一部が地盤ごと沈み、そこへ地下水や雪解け水が流れ込んでできた水域らしい。水面からは建物の上部や道路標識の残骸が突き出し、薄く氷の張った場所も見える。


だが、高架の真下には凍っていない水面が広がっていた。


風に押された黒い水が、ゆっくりと波打っている。


キョウジは数m先まで路面の状態を確認してから足を進めた。


舗装には無数のひび割れが走り、ところどころで内部の鉄骨が露出している。雪に隠れた損傷もあるはずだが、少なくとも今のところ、高架そのものが大きく揺れる気配はなかった。


『現在地点から対岸まで約580mです』


ミオの声がN-LINKへ届く。


『水中には複数の生体反応があります。正確な数は取得できません』


「一番近いのは?」


『約31m。ただし深度が変化しています』


キョウジは高架の端から水面を見下ろした。


何も見えない。


降り続く雪が水面へ落ち、そのたびに小さな波紋が広がっていた。


「全員、端へ寄りすぎるな」


後ろへ声を飛ばす。


「敵が出ても追うな。まず高架を渡り切ることを優先する」


「了解」


カイが答え、グレン、リオ、ユーリも続いた。


5人は互いに距離を取りながら進んでいく。


足場をまとめて踏み抜かないためでもあり、突然水中から襲われた時に、全員が同時に巻き込まれないためでもあった。


しばらくは何も起こらなかった。


吹きつける風の音と、雪を踏む足音だけが続く。


「こういう時間が一番嫌なんですよね」


後方を歩いていたユーリが、小さく息を吐いた。


リオが振り返らずに答える。


「さっき『今日は静かですね』って言ってハウラーを呼んだ人が何か言ってる」


「だから俺のせいじゃないって。アバレントが会話を聞いてるわけじゃないだろ」


「だったら今回は黙ってみたら?」


「黙ってた方が怖いんだよ」


「面倒くさいなあ」


そんなやり取りが聞こえた直後だった。


『下です!』


ミオの声が鋭く変わる。


キョウジが足を止めた。


右側の水面が、不自然に大きく盛り上がる。


次の瞬間、黒い水を突き破って巨大な影が飛び出した。


細長い胴体には濡れた外殻が張り付き、発達した前鰭が水を撒き散らしている。


レヴィン級。


水域へ適応したアバレントが高架の側面まで身体を跳ね上げ、そのままリオへ襲いかかった。


「リオ!」


リオは咄嗟に横へ飛んだ。


大きく開いた口が目の前を通過する。


着地と同時に双剣を抜いたが、雪の積もった路面で右足が滑った。


体勢を立て直そうとした時には、身体が高架の端へ向かって流れている。


その時、青白く発振した銛がリオの横を抜けた。


ユーリのアークアンカーだった。


銛はレヴィン級の胴体へ深く突き刺さる。


「そっちじゃない!」


ユーリが巻き取り機構を作動させた。


張ったワイヤーに引かれ、リオへ向かっていたレヴィン級の身体が横へ逸れる。そのまま高架の側面へ激突し、路面全体へ鈍い振動が走った。


リオは片手をついて踏み止まり、すぐに中央へ戻る。


「助かった!」


「今度こそ帰ったら1品追加な!」


「分かったから前見て!」


リオが叫んだ直後、再び水面が動いた。


今度は1か所ではない。


『右下から2体目!』


カイが高架の端へ向き直った。


手にした蛇腹剣型アークブレードを振り出すと、青白く発振した刀身が節ごとに展開される。


水中から飛び出したレヴィン級の首へ伸びた刃が絡みつき、飛びかかる軌道を強引にずらした。


「グレン!」


「ああ!」


グレンが大型シールドを構えて前へ出る。


落ちてきたレヴィン級の身体を正面から受けたが、力任せに止めようとはしなかった。盾を斜めへ流しながら身体を捻り、突進の勢いをそのまま横へ逃がす。


巨体が高架の上を滑った。


そこへ右手のハルバード型アークブレードを振り下ろす。


刃が外殻を割ったものの、致命傷にはならない。


レヴィン級は激しく身体を捻りながら、再び水中へ戻ろうとした。


キョウジが踏み込む。


アークブレードを起動すると、青白い刃が形成された。


そのまま首元を狙って振り下ろす。


だが、刃が届く直前だった。


光が突然消えた。


「またか!」


手の中に残ったのは、発振を失った柄だけだった。


『出力低下を確認! 継続時間2.1秒です!』


ミオの報告が入る。


レヴィン級が頭を振り上げた。


キョウジは下がらず、発振していない柄をその頭部へ叩きつける。


一撃。


それでも止まらない。


もう一度振り上げたところで、青白い刃が突然戻った。


キョウジは動きを止めず、そのまま刃を首元へ押し込む。


外殻を切り裂かれたレヴィン級は高架の端から滑り落ち、黒い水へ消えていった。


大きな水音が響く。


キョウジは手元のアークブレードを見る。


「2.1秒か」


『はい。先ほどの0.6秒から明らかに悪化しています』


カイが近づいてきた。


「戻りますか?」


キョウジはすぐには答えなかった。


ここまで渡ってきた高架を振り返る。


反対側には通信塔が見えている。


距離だけなら、もう対岸へ進んだ方が近い。


『後方水域にも新しい反応が増えています』


ミオが続ける。


『現在位置から引き返した場合でも、安全性が高くなるとは判断できません』


キョウジは前方へ視線を戻した。


「進む」


カイは一度だけ武器を見る。


「隊長は前に出すぎないでください」


「ああ」


「今の返事、本当に信用していいんですか?」


「努力する」


「信用できない方の返事ですね」


キョウジは少しだけ笑った。


「じゃあ、お前も俺が振る前に敵の前へ出るな」


「それは隊長次第でしょう」


「お互い気をつけるってことでいいだろ」


それ以上言い合っている時間はない。


5人は再び高架を進み始めた。


         ◇


対岸までの距離が200mを切った頃には、旧ハルシオン長距離通信塔がはっきりと見えるようになっていた。


巨大な塔の上部は吹雪の中へ消えている。


近づいてみると、遠くから見ていた時以上に高かった。


「でかいな……」


ユーリが歩きながら見上げる。


リオがすぐに横から言った。


「上を見るのやめた方がいいよ」


「なんで?」


「また『最上部まで登らされる』とか言い出すから」


「いや、あれは絶対登るだろ」


「まだ決まってないでしょう」


ユーリは通信塔を見上げたまま笑った。


「帰ったら自慢できるな。旧通信塔の最上部まで登ったって」


「登ってから言って」


「多分登るって。こういう任務って絶対そういう流れになるから」


いつものユーリだった。


不満を言いながら結局は登り、帰ってからは誰より得意げに話す。


キョウジも塔を見上げた。


本当に最上部まで行くことになれば、途中からずっと文句を聞かされることになるだろう。


そんなことを考えた直後だった。


『後方から急速接近!』


ミオの警告が入る。


5人が同時に振り返る。


高架のすぐ横で水面が大きく弾けた。


レヴィン級が飛び出す。


今度の狙いもリオだった。


大きな前鰭が横薙ぎに振られる。


リオは双剣を交差させて受け止めたが、体格差を埋められるほどの力はない。


靴底が雪を削りながら後ろへ滑る。


その先は高架の端だった。


「リオ!」


ユーリがアークアンカーを構える。


迷わず射出した。


青白い銛がレヴィン級の脇腹へ突き刺さる。


巻き取り機構が作動し、ワイヤーが一気に張った。


レヴィン級の身体が横へ引かれる。


それだけで、リオには十分だった。


押し込まれていた力が抜けた瞬間、前へ転がるようにして高架中央へ戻る。


「ユーリ!」


「大丈夫!」


ユーリはアークアンカーを引き寄せようとした。


だが、ワイヤーは動かなかった。


「……あれ?」


もう一度操作する。


巻き取り機構から小さな作動音はするものの、銛は戻ってこない。


『ワイヤー張力が安全上限を超えています』


ミオが即座に原因を伝える。


『緊急ロックが作動。現在、アンカーの切り離し操作を受け付けません』


「待って、それ困るんだけど!」


ユーリが手元の解除操作を繰り返す。


銛を刺されたレヴィン級は、高架から水中へ戻ろうとしていた。


張りつめたワイヤーが高架の縁へ擦れ、耳障りな金属音を立てる。


そのたびにユーリの身体が少しずつ引かれた。


「ユーリ、武器を捨てろ!」


キョウジが叫ぶ。


「捨てられません!」


「固定を外せ!」


「安全ロックまで掛かってます!」


高張力状態で不用意にアンカーが外れないよう、グリップ側の固定機構まで作動している。


カイがすぐに駆け寄った。


「俺がワイヤーを切ります!」


蛇腹剣型アークブレードを展開する。


伸びた刃が、張りつめたワイヤーへ向かう。


その時だった。


水中で何かが強く引いた。


ユーリの身体が一気に前へ持っていかれる。


「っ!」


靴底が雪を削る。


片膝をつきながら、それでも必死に踏ん張った。


キョウジとグレンが走る。


カイの刃もワイヤーへ近づいていた。


あと少し。


切断できる。


だが、その直前。


黒い水面が大きく盛り上がった。


もう1体のレヴィン級が、水中で最初の個体へ食らいつくように身体をぶつけた。


2体分の力が、一気にワイヤーへ加わる。


「うわっ!」


ユーリの身体が浮いた。


踏ん張っていた足が路面から離れる。


そのまま高架の端を越えた。


「ユーリ!」


キョウジが飛び込むように腕を伸ばした。


落ちていくユーリも手を伸ばす。


距離はほとんどなかった。


キョウジの指先が、ユーリの指に触れた。


掴める。


そう思った。


だが、指を閉じるより先に、ユーリの身体がもう一度強く引かれた。


触れていた指先が離れる。


「隊長――!」


ユーリの姿が高架の外へ消えた。


直後、黒い水面から大きな水柱が上がる。


「ユーリ!」


キョウジは高架の端へ駆け寄った。


水面には大きな波紋が広がっている。


その中心から、ユーリへ繋がるワイヤーだけが水中へ伸びていた。


『N-LINK反応を確認!』


ミオの声が飛ぶ。


『深度3m。現在も下降しています!』


「引き上げろ!」


カイとグレンがワイヤーへ手を伸ばす。


だが、ほとんど動かなかった。


ユーリだけではない。


その先にはレヴィン級が繋がっている。


さらに水中から別の個体まで加わっている可能性がある。


グレンが両腕へ力を込めた。


「駄目だ。引けん!」


『深度5m……7m……』


キョウジは黒い水を見た。


飛び込めばいい。


頭に浮かんだのは、それだけだった。


身体を前へ出す。


次の瞬間、後ろから腕を掴まれた。


カイだった。


「隊長!」


「離せ!」


「駄目です!」


「ユーリが下にいる!」


「分かってます!」


キョウジが腕を振り払おうとする。


それでもカイは手を離さなかった。


「この水温で、今の装備のまま入ったら隊長まで戻れません!」


「まだ反応がある!」


『深度9m……10m……』


ミオの報告に雑音が混じり始める。


キョウジは水面から目を離せなかった。


「ユーリ!」


返事はない。


『深度11m――』


通信が大きく乱れた。


一瞬だけ、N-LINK上の反応が揺れる。


そして消えた。


『……ユーリのN-LINK反応を喪失しました』


キョウジの身体から力が抜けた。


「再取得しろ」


『試行しています』


「もう一度やれ」


『継続中です』


「範囲を広げろ」


『すでに広げています』


キョウジは何か言おうとした。


だが、続く言葉が見つからなかった。


水面には、もうユーリが落ちた場所すら分からないほど雪が降っている。


カイの手は、まだキョウジの腕を掴んでいた。


少し離れた場所にリオが立っていた。


顔色が変わっている。


ユーリがアンカーを撃ったのは、自分を助けるためだった。


それを誰よりも分かっている。


「……私が落ちそうになったから」


声が震えた。


「私を助けようとして……」


グレンが振り返る。


「違う」


「でも――」


「ユーリはお前を助けた。それだけだ」


グレンはそれ以上言わなかった。


リオも答えなかった。


キョウジはもう一度だけ水面を見る。


あと少しだった。


本当に、あと少し。


指先には触れていた。


それでも、掴めなかった。


         ◇


その後、4人の間からほとんど会話が消えた。


高架を渡る。


路面を確認する。


水面を警戒する。


やることは何も変わらない。


だからこそ、ユーリがいないことだけがはっきりと分かった。


これまでなら、こんな時でも何かしら喋っていたはずだった。


飯の話かもしれない。


任務への文句かもしれない。


最上部まで登らされると言っていた通信塔について、また何か言っていたかもしれない。


今は、4人分の足音しか聞こえなかった。


キョウジは何度も後ろを振り返りそうになった。


そのたびに前へ視線を戻した。


任務は終わっていない。


通信塔へ行かなければならない。


分かっている。


分かっているから、余計に腹が立った。


やがて高架の終点が近づいた。


最初にグレンが対岸へ足を着ける。


続いてリオが渡り、カイも高架を抜けた。


最後にキョウジが地面へ降りる。


5人で渡り始めた高架を、4人で抜けた。


旧ハルシオン長距離通信塔までは、もう数百mしかない。


巨大な外壁の下へ到着すると、半ば雪へ埋まった旧式の認証端末と、閉じた隔壁が待っていた。


カイが操作盤を確認する。


「自動開放は死んでます。手動で開けます」


キョウジは小さく頷いた。


カイも返事を求めなかった。


非常解除レバーを動かす。


しばらくして、内部で古い機構が軋み始めた。


重い金属音とともに、隔壁がゆっくり開いていく。


暗い塔の内部から、地表とは違う湿った冷気が流れ出してきた。


グレンがキョウジを見る。


「行けるか」


「ああ」


短い返事だった。


それ以上、グレンも聞かなかった。


リオはまだ俯きがちだったが、それでも双剣から手を離してはいない。


4人は通信塔の中へ入った。


キョウジは最後に隔壁を通る直前、一度だけ振り返った。


吹雪の向こうに高架道路が伸びている。


さらにその先には、ユーリが消えた黒い水域がある。


何も見えなかった。


キョウジは前へ向き直る。


やがて隔壁が閉まり、吹雪の音も壁の向こうへ消えた。


第7小隊は、4人で通信塔の奥へ進んだ。

お読みいただきありがとうございます。


第7小隊は、

5人で高架へ入りました。


渡り切った時には、

4人になっていました。


あと少し。


本当に、あと少しでした。


それでもキョウジの手は、

ユーリへ届きませんでした。

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