17話 通信塔へ向かう途中で俺のアークブレードが壊れ始めました
第7小隊の次の任務は、
旧ハルシオン長距離通信塔。
ですが。
目的地へ着く前に、
キョウジのアークブレードへ異常が発生します。
ブリーフィングルームの壁面に、旧市街地の立体図が浮かんでいた。
市街地の大半は崩落区域として暗く塗り潰され、その北西を横切るように1本の赤い経路が伸びている。
その先に、今回の目的地が白く点滅していた。
周囲の建物より遥かに高い、細長い構造物。
旧ハルシオン長距離通信塔。
『今回の任務地点は、旧ハルシオン長距離通信塔です』
ミオの声と同時に、表示が塔の断面図へ切り替わった。
ただし、内部構造の大半には情報欠損を示す斜線が掛かっている。
『72時間前より、施設上層から断続的なエネルギー反応を検出しています』
キョウジは腕を組んだまま画面を見る。
『管理局は、通信設備の一部が現在も稼働可能な状態にあると判断しました。第7小隊は現地へ入り、通信中枢への接続経路を確保してください』
ユーリが椅子の背へ腕を掛けた。
「経路確保ってことは、俺たちが修理するわけじゃないんですよね?」
『現地設備の状況次第です。中枢へ遠隔接続できる場合は、私が操作を試みます』
少し間を置いて、ミオが続ける。
『遠隔接続が不可能な場合は、追加手順を指示します』
ユーリが嫌そうな顔をした。
「その追加手順、嫌な予感しかしないんだけど」
隣に座っていたリオが笑う。
「聞かない方が幸せなんじゃない?」
「俺は事前に知りたい派なんだよ」
「例えば?」
「現地でいきなり『塔のてっぺんまで登ってください』とか言われたら困るだろ?」
リオが首を傾げる。
「言われても登るでしょう?」
「登るけど、文句を言う時間が必要なんだって」
2人のやり取りを聞きながら、グレンは立体図から目を離さなかった。
「周辺の反応は?」
『通信塔を中心とした半径2km以内で、複数のアバレント反応を確認しています。既知種との照合では、ハウラー級が最も多く確認されています』
画面へ赤い点がいくつも追加される。
さらに、塔の南側。
道路や建物の一部が沈み込んだ広い水域にも反応が表示された。
『南側の低地では、レヴィン級と思われる反応も記録されています』
カイが地図を拡大した。
「低地というより、水域ですね」
『地盤沈下と地下設備の崩壊によって形成されたものと推定されています』
ミオが2本の経路を表示する。
『通信塔へ向かう場合、東側を迂回するか、水域上の旧高架道路を通過する2経路があります』
「迂回すると?」
『移動距離が約6.4km増加します』
「高架の状態は?」
『観測可能な範囲では連続しています。ただし、構造強度までは保証できません』
キョウジは2つの経路を見比べた。
「現場で決める」
全員の視線が集まる。
「高架が使えそうなら最短で行く。駄目なら東へ回る」
『了解しました』
「他には?」
『通信塔付近では、地形と施設構造の影響によりN-LINKへ遅延が発生する可能性があります。完全な通信断が発生した場合は、各員のローカルマップを基準に行動してください』
カイが小さく息を吐いた。
「塔に着く前から面倒そうですね」
その横で、ユーリが手を上げる。
「最後に1つ」
キョウジが見る。
「なんだ?」
「帰る頃には飯の時間ですかね?」
カイがすぐに返した。
「お前はブリーフィングで何を聞いてたんだ」
「塔が高いことと、敵が多いことと、飯が遅くなる可能性があることです」
リオが呆れる。
「最後のは誰も言ってないでしょう」
「だから聞いてる」
キョウジは端末を閉じて立ち上がった。
「生きて帰れたら好きなだけ食え」
ユーリの顔が明るくなる。
「隊長、それ約束ですよ」
「奢るとは言ってないからな」
「そこまで言ってくれてもいいじゃないですか」
グレンがユーリの肩を軽く押した。
「行くぞ。飯の話は歩きながらでもできる」
「お、グレンさんが今日は優しい」
「置いていくぞ」
「やっぱりいつも通りだった」
最後まで喋りながら出ていくユーリの後を、リオが追う。
カイ、グレンも続く。
キョウジは消えていく立体図を一度だけ振り返ってから、4人の後へ向かった。
◇
地表へ出てから約2時間。
第7小隊は旧市街地を北西へ進んでいた。
吹雪と呼ぶほどではないものの、細かな雪が絶えず流れている。
崩れた建物の隙間を抜ける風が、路面へ薄く積もった粉雪を何度も巻き上げていた。
かつて道路だった場所には、原形をほとんど失った車両の金属骨格が雪から突き出している。
外壁の剥がれ落ちた建物は、内部の柱を晒したまま沈黙していた。
先頭のキョウジが倒れた支柱を跨ぐ。
少し後ろから、ユーリの声が飛んできた。
「今日は静かですね」
カイがすぐに返す。
「言ったそばから何か出てくるから、そういうこと言うなよ」
「俺のせいにはしないでくださいよ。アバレントが会話聞いてるわけじゃないんだから」
グレンも続ける。
「お前なら、そのうち本当に呼びそうだ」
「グレンさんまで酷くない?」
キョウジは前を向いたまま、少しだけ笑った。
5人で地表を歩くことにも、ようやく違和感がなくなってきた。
以前ならガンツの盾が占めていた位置を、今はグレンが歩いている。
セナの声が戻ることはない。
それでも、誰かが抜けた場所へ無理に同じ形を当てはめるのではなく、今いる5人なりの間合いが少しずつ出来上がっていた。
『前方120m。複数の生体反応を検知しました』
ミオの報告で、会話が止まった。
「数は?」
『現時点で6。地下構造物の影響により、追加反応の可能性があります』
「ハウラーか?」
『形態照合では、その可能性が高いです』
キョウジはアークブレードへ手を掛けた。
道路の右側は、崩れた建物と瓦礫で塞がれている。
左側には傾いた高架支柱が並んでいた。
「グレン、正面を頼む」
「ああ」
「リオは左。ユーリは後ろへ抜ける個体を止めろ」
「了解」
「カイは俺と右だ」
「分かりました」
言い終える前に、雪を被った車両残骸の向こうで灰色の長い前脚が動いた。
続いて、裂けた口を持つ頭部が現れる。
1体目が道路へ飛び出すと、左右の瓦礫からも影が続いた。
ハウラー級。
6体。
グレンが大型シールド型アークブレードを展開する。
最初の1体が正面から突っ込んできた。
長い前脚が盾へ叩きつけられる。
グレンは力で押し返さず、半歩だけ重心を落として衝撃を逃がした。
そのまま盾を捻り、巨体の向きを変える。
「左、空いたぞ」
「もらう!」
リオが盾の脇を抜けた。
双剣が青白く発振する。
2本の刃が、硬化した外皮の継ぎ目を続けて裂いた。
ハウラーが雪へ崩れる。
その間にも、別の1体がリオの死角へ回り込もうとしていた。
そこへ、青白い光を帯びた銛が突き刺さる。
「そっちは駄目だって」
ユーリのアークアンカー。
巻き取り機構が作動し、張ったワイヤーがハウラーの身体を横へ引いた。
わずかに体勢が崩れる。
リオはその隙を逃さなかった。
踏み込んだ勢いのまま、首元へ双剣を押し込む。
「助かった」
「帰ったら1品追加で」
「なんで私が払うの?」
「命の恩人に冷たくない?」
「今ので命までは助けられてないでしょう」
「評価が厳しいなあ」
右側から、別のハウラーが迫る。
カイが1本のアークブレードで前脚を斜めに切り払い、体勢を崩したところへキョウジが入った。
首元へ刃を走らせる。
1体を倒す。
さらに、その右からもう1体が迫ってきた。
キョウジは振り下ろされた前脚を半歩外してかわし、その内側へ入る。
アークブレードを振り上げた。
その瞬間だった。
柄の内側から、甲高い異音が返ってくる。
青白い発振光が大きく揺れた。
「……なんだ?」
刃は肩口へ入ったものの、想定より浅い。
傷口から黒い体液を撒き散らしながら、ハウラーが身体を捻った。
反対側の前脚が来る。
キョウジは後ろへ下がらず、逆に一歩踏み込んだ。
柄頭を頭部へ叩きつけ、間合いを潰す。
「隊長、右!」
カイの声。
別の1体が迫っていた。
その間へ、グレンの盾が横から入る。
ハウラーの進路が外へ押し流された。
「そっちは任せた」
「ああ。自分の方を片付けろ」
キョウジは目の前の個体へ刃を返した。
今度は首元を深く切り裂く。
巨体が雪へ倒れた。
キョウジはすぐにアークブレードへ目を落とした。
発振光は戻っている。
それでも、さっきの異音は気のせいではなかった。
『キョウジ』
ミオの声が入る。
『アークブレードの瞬間出力低下を検知しました』
「やっぱりか。ログを見てくれ」
『確認します』
残った2体も、すでに押さえ込まれていた。
グレンとリオが1体。
ユーリがアークアンカーで、もう1体を瓦礫側へ引く。
カイが横から脚部を切り崩した。
数秒後には、最後の個体も動きを止める。
新たな反応がないことを確認し、キョウジは刃を停止させた。
リオが近づいてくる。
「故障ですか?」
「まだ分からない。さっき一度だけ発振が落ちた」
カイも自分の武器を収めながら、キョウジの手元を見る。
「地表で完全停止は笑えませんよ」
「俺も笑う気はないよ」
『診断結果を共有します』
ミオ。
『発振機構に0.6秒の出力低下を確認しました。コア出力そのものに異常値はありません』
キョウジが眉を寄せる。
「じゃあ、どこだ?」
『制御系から発振部までの、いずれかで瞬間的な伝達不良が発生した可能性があります』
「現地で特定できる?」
『現在の自己診断では困難です。再発の有無を監視します』
「今は使える?」
『現時点では可能です。ただし、安定性は保証できません』
ユーリが嫌そうな顔をする。
「そこで『問題ありません』って言ってくれないのがミオさんなんだよな」
『問題がある可能性を確認していますので』
「知ってますよ。正しいんだけどさ」
キョウジはもう一度アークブレードを起動した。
青白い刃が形成される。
今度は安定していた。
「目的地までは進む」
カイが見る。
「本当に?」
「もう一度大きく落ちたら、その時点で経路を見直す」
「武器がおかしい時は無茶しないでくださいよ」
「分かってる」
キョウジはカイを見る。
「お前も、俺が振る前に敵の前へ出るな」
「それは隊長次第でしょう」
「じゃあ、お互い気をつけよう」
再び刃を止める。
歩き始めると、後ろからユーリがグレンへ声をかけた。
「グレンさん。もし隊長の武器が壊れたら、盾貸してあげてくださいよ」
グレンが横を見る。
「俺は何で戦うんだ」
「俺がアンカー貸します」
「お前は?」
「リオの片方借りる」
リオが即座に返す。
「勝手に決めないで」
「ほら。全員で助け合う精神ですよ」
「ただの武器の押し付けでしょう」
そのやり取りを聞きながら、キョウジは前を見た。
吹雪の向こうに、細長い黒い線が浮かび始めている。
周囲の建造物より遥かに高く、上部は雲へ呑まれるように霞んでいた。
旧ハルシオン長距離通信塔。
目的地は、もう近い。
◇
通信塔が見え始めてから、地形は徐々に低くなっていった。
やがて前方の建物が途切れる。
その先には、都市の一部が丸ごと沈んだような水域が広がっていた。
外壁だけを残した建物の上部や、道路標識の残骸が黒い水から突き出している。
表面には薄い氷が張った場所もある。
それでも、水域全体を覆うほどではない。
吹きつける風に押され、暗い水面がゆっくりと波打っていた。
その上を、旧高架道路が通信塔の方向へ伸びている。
路面の大半は残っていたが、ところどころで舗装が抜け落ち、内部の鉄骨が剥き出しになっていた。
ユーリが水面を見下ろす。
「……想像してたより嫌ですね、これ」
リオが隣から尋ねる。
「何を想像してたの?」
「もっとこう、浅い湖みたいなの」
「事前情報のどこにそんなこと書いてあったの?」
「俺の希望」
「なら却下されても仕方ないでしょう」
グレンは高架の起点まで進み、露出した支柱と路面を確認した。
「少なくとも、ここは渡れそうだ。先は分からん」
キョウジがミオへ尋ねる。
「迂回路との時間差は?」
『現在位置から東側経路へ変更した場合、通信塔到達まで約1時間40分追加されます』
カイが空を見る。
「天候も少しずつ悪くなってますね。帰りまで考えると、余計な時間は使いたくない」
キョウジも同じ考えだった。
今にも崩れそうなら話は別だ。
だが、見えている範囲では歩行に耐えられそうに見える。
「高架を使う」
全員を見る。
「間隔を空けて渡る。固まるな」
さらに、水面へ視線を移す。
「何か出てきても、無理に倒そうとするな。まず足場を守る」
全員が頷いた。
キョウジは先頭へ出る。
旧高架道路へ、最初の一歩を乗せた。
路面から細かな錆が落ちる。
それでも、構造全体が揺れることはなかった。
その下では。
黒い水面が、静かに揺れていた。
お読みいただきありがとうございます。
キョウジのアークブレード。
瞬間出力低下、0.6秒。
今はまだ使えます。
ですが。
通信塔へ向かう第7小隊の前には、
黒い水域と、古い高架道路。
そして水中には、
レヴィン級と思われる反応があります。




