第16話 初地表の新人エンジニアが修理を終えたので、今度は全員で地下まで連れて帰ります
修理が終わっても、
任務は終わりではありません。
地下へ帰るところまでが仕事。
第8・第9小隊は、
エリスを中央に入れて帰還を開始します。
第16話 初地表の新人エンジニアが修理を終えたので、今度は全員で地下まで連れて帰ります
「エリス、伏せな!」
ヴァルカの声に反応し、エリスはその場へ身を屈めた。
直後、大型ガルムが雪を蹴り上げながら目前まで迫る。
だが、その牙が届くより早く、横からシオンの槍が伸びた。
スピア型アークブレードの穂先が大型ガルムの前脚へ深く入り、その勢いを強引に横へ逸らす。
「ヴァルカさん、そちらへ流します!」
「そのまま寄越しな!」
ヴァルカが踏み込んだ。
体勢を崩した大型ガルムの首筋へ、ハンドアクス型アークブレードを叩き込む。
青白い刃が外殻へ食い込んだが、途中で止まった。
「ずいぶん硬いね!」
大型ガルムが前脚を振り回す。
ヴァルカは一度刃を抜いて攻撃をかわし、さっきと同じ場所へもう一度斧を振り下ろした。
外殻へ亀裂が走る。
さらにもう一撃。
今度は刃が深く入り、そのまま首を断った。
巨体が黒い体液を撒き散らしながら雪へ崩れ落ちる。
『もう1体はガレス達が抑えています。そちらへ行く必要はありません』
エルドの声が届く。
ヴァルカは少し不満そうに息を吐いた。
「分かったよ。ここを守ればいいんだろ?」
『ええ。それでお願いします』
「本当に細かい男だね」
『仕事ですので』
ヴァルカは返事をせず、次に迫ってきたガルムへ向き直った。
◇
エリスは震える指で工具を握り直した。
目の前にある制御弁は、まだ凍りついたまま動かない。
背後では戦闘が続いていた。
アークブレードの発振音。
ガルムの唸り声。
雪を蹴る音。
GRID隊員たちが飛ばす短い指示。
何か聞こえるたびに振り返りたくなる。
それでも、エリスは制御弁から目を離さなかった。
戦うのは自分の仕事ではない。
自分にできるのは、ここを直すことだ。
「お願い……」
工具を両手で握り、体重をかける。
動かない。
もう一度。
さらに力を込める。
その時、手元に僅かな感触が返ってきた。
「……動いた?」
エリスは一度力を緩め、もう一度押し込んだ。
ギギッ、と鈍い音が鳴る。
今度は確かに動いた。
「動いた……!」
制御弁がゆっくりと回り始める。
エリスは両手へ力を込め、そのまま最後まで押し切った。
一瞬、何も起きない。
不安になって顔を上げた直後、巨大なダクトの奥から低い振動が返ってきた。
止まりかけていた熱循環系が再び動き始める。
外壁を覆っていた霜へ亀裂が走り、配管の継ぎ目から白い蒸気が噴き出した。
「復旧しました!」
エリスが声を上げる。
『熱循環、正常値まで戻ってる!』
アイラからも確認が入る。
シオンが槍を引き戻した。
「それなら、もうここに残る理由はないわね」
ヴァルカも目の前のガルムを斬り伏せる。
「待ってたよ!」
周囲を見回し、声を張った。
「第8、第9小隊! エリスを中央に入れる!」
そして帰還ゲートの方向を示す。
「撤退するよ!」
◇
2つの小隊はすぐに陣形を変えた。
それまで守っていたのは施設だった。
今度は、その施設を直したエリスを守る。
第8小隊が後方を固め、第9小隊が左右へ回る。
その中央へ、エリスが入った。
「走れる?」
シオンが尋ねる。
「はい!」
エリスは工具ケースを抱え直した。
「走れます!」
そう答えて走り出したものの、すぐに現実を思い知らされた。
雪が深い。
防寒装備も重い。
さらに工具ケースまで抱えている。
普段から地表を走り慣れているGRID隊員たちと、同じ速度を保てるはずがなかった。
それでも、エリスは必死に足を動かした。
数十m進んだだけで息が上がる。
「はっ……はぁ……!」
足が雪へ沈むたびに、身体が大きく揺れた。
隣を走っていたシオンが工具ケースを見る。
「それ貸して」
「大丈夫です。自分で持てます……!」
「持てるかどうかじゃないわ」
シオンは走りながら手を伸ばした。
「今は、走れる方を優先して」
返事を待たずに工具ケースを受け取る。
エリスの腕から一気に重さが消えた。
「す、すみません……!」
「謝るのは帰ってからでいいから」
「帰ったら本当に言われそうですね……!」
「覚えてたらね」
こんな状況なのに、エリスは少しだけ笑った。
◇
後方では、追ってくるガルムを第8小隊が抑えていた。
ガレスがグレートソードを振り、前へ出てきた個体を大きく横へ弾き飛ばす。
その脇ではルネが十文字槍の長い間合いを使い、後続を近づけさせない。
別の個体の脚へフィルの発振ワイヤーが絡みつき、体勢を崩したところへジードとノエルが入る。
さらに遠くから迫るガルムには、セラの矢が突き刺さった。
ヴァルカは最後尾近くを走りながら、何度も後方を確認している。
『帰還ゲートまで700m。現在の進路でそのまま到達できます』
エルドから報告が入った。
「聞いたね! あと700!」
ヴァルカが声を飛ばす。
エリスには返事をする余裕がなかった。
走るだけで精一杯だった。
何度も雪に足を取られる。
転びそうになっては踏ん張り、また前へ進む。
背後からガルムの唸り声が聞こえた。
近い。
思わず振り返りそうになった時、シオンが前を向いたまま声をかけた。
「後ろはみんなが見てるから」
エリスが隣を見る。
「あなたは前だけ見て」
その一言で、少しだけ怖さが薄れた。
「……はい」
エリスは前を見る。
呼吸は苦しい。
脚も重い。
それでも、もう振り返らなかった。
少しして。
「置いていかないでくださいね……」
思わず出た小さな声に、シオンはすぐ答えた。
「置いていくわけないでしょ」
そして、ほんの少しだけ歩幅を落とす。
エリスに合わせている。
エリスもそれに気づいたが、何も言わなかった。
ただ、もう一度雪を蹴った。
◇
やがて、吹雪の向こうを強い光が横切った。
サーチライト。
エリスが顔を上げる。
白い雪煙の奥から、巨大な防衛隔壁の輪郭が少しずつ見えてきた。
ネオ・ヘイヴンの帰還ゲート。
『あと400mです!』
エルドの声が届く。
後ろからヴァルカも叫んだ。
「出口が見えたよ! そのまま走りな!」
ルネ、ジード、ガレスが先にゲートへ入る。
第9小隊も、エリスを囲んだままその後へ続いた。
フィル。
ノエル。
セラ。
シオン。
そしてエリス。
ゲートの内側へ入ったところで、エリスは振り返った。
ヴァルカだけがまだ外にいる。
「ヴァルカさん!」
シオンが叫ぶ。
「閉まりますよ!」
「あと1体!」
吹雪の中からガルムが迫る。
ヴァルカはその場で踏み込み、ハンドアクスを振り抜いた。
青白い刃が首を断つ。
その勢いのまま雪を蹴り、閉まり始めた隔壁の内側へ飛び込んだ。
巨大なゲートが重い音を立てながら閉じていく。
狭まっていく隙間の向こうには、複数の赤い眼が浮かんでいた。
ガルム達は追ってきている。
それでも、防衛設備の射程へ入る手前で足を止めた。
地表の白い景色が、少しずつ細くなっていく。
そして最後の隙間まで消えた。
重い金属音とともに、隔壁が完全に閉じる。
吹雪も。
ガルムの唸り声も。
全部、分厚い壁の向こうへ消えた。
◇
エリスは閉じたゲートを見たまま、しばらく動かなかった。
やがて全身から力が抜ける。
壁へ背中を預けたまま、ずるずると床へ座り込んだ。
「はぁ……っ、はぁ……」
呼吸がなかなか戻らない。
手も脚も震えている。
シオンが預かっていた工具ケースを隣へ置いた。
エリスはそれを見ると、ようやく少し笑った。
「初地表であれだけやれたなら上出来だよ」
ヴァルカが近づいてくる。
大きな手をエリスの頭へ伸ばしかけたところで、シオンが声をかけた。
「ヴァルカさん」
「なんだい?」
「加減してくださいね」
ヴァルカの手が止まる。
「まだ何もしてないじゃないか」
「これまでを知ってますから」
ジードまで頷いた。
「そこは自分も同意します」
「ジード?」
ルネも口元を押さえている。
ヴァルカがそちらを見る。
「ルネ、あんたまで笑うんじゃないよ」
「隊長の味方です」
ルネは少し間を置いた。
「でも、そこだけはシオン隊長に賛成です」
「さっきから何回裏切るんだい!」
ガレスの太い笑い声が響いた。
ノエルやフィルも笑っている。
セラまで僅かに口元を緩めていた。
その声を聞きながら、エリスはもう一度閉じた隔壁を見る。
「……帰ってこれた」
小さな声だった。
ヴァルカは今度こそ力を加減して、エリスの頭へ軽く手を置いた。
「ああ」
笑う。
「初地表、生還だ。よくやったね」
エリスは隣の工具ケースへ目を向けた。
出発前。
主任に言われた言葉を思い出す。
工具を手放すな。
何か起きたらGRIDを頼れ。
直して、帰ってくる。
そこまでが仕事。
全部できた。
エリスは少しだけ笑った。
「これなら……褒めてもらえますかね」
「誰に?」
ヴァルカが尋ねる。
エリスは首を振った。
「こっちの話です」
まだ震えている脚へ手を置き、ゆっくり立ち上がる。
シオンが置いた工具ケースを、自分でもう一度持ち上げた。
重い。
でも、今度はちゃんと持てる。
隔壁の向こうでは、今も吹雪が荒れているはずだった。
もう、その音は聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは、第8小隊と第9小隊の声。
その中で、エリスは工具ケースを抱え直した。
初めての地表メンテナンス。
修理完了。
そして無事帰還。
主任に言われた通り。
帰ってくるところまで、きちんと仕事を終えた。
お読みいただきありがとうございます!
熱循環系、復旧。
第8小隊、生還。
第9小隊、生還。
そして――
エリス、初地表任務から無事帰還。
「直して帰ってくるところまでが仕事」
主任との約束を、
きちんと果たしました。




