第15話 初めて地表へ出た新人エンジニアを、2つの戦闘小隊で守ることになりました
今回は、エアダクト管理局のエンジニア・エリスが初めて地表へ出ます。
戦うことが仕事ではない彼女を、
第8小隊と第9小隊が守ります。
エリスの仕事は、
壊れた設備を直して、地下へ帰ること。
ネオ・ヘイヴン中層の大型搬入口では、地表へ送る資材の積み込みが進んでいた。
補修部品、予備の制御装置、耐寒用の作業装備。
整備員たちが忙しく行き交うその間を、小柄な女性が大きな工具ケースを抱えて走り回っている。
「それ、3番コンテナです! こっちじゃありません!」
栗色のショートヘア。
頭にはゴーグル。
エアダクト管理局所属のエンジニア、エリス。
地表設備の教育課程を終えたばかりで、今回が初めての地表メンテナンスだった。
向きを間違えた整備員へ声を飛ばし、自分の工具ケースへ戻ったところで、年配の主任が近づいてくる。
「エリス。本当にお前が行くのか?」
「そのつもりで準備してます」
「地表は訓練区画とは違うぞ。図面通りにいかないことなんて、いくらでもある」
「分かってます」
主任が眉を寄せた。
「分かってないから心配してるんだ」
エリスは工具ケースを床へ置き、主任を見上げる。
「誰かが行かなきゃいけないんですよね?」
主任は答えなかった。
「だったら、初めてだからって逃げてたら次も初めてのままです」
そこで少しだけ声が弱くなる。
「怖くないわけじゃないですけど……GRIDも護衛についてくれるんでしょう?」
「ああ」
「なら、私も自分の仕事を覚えたいです」
主任はしばらくエリスを見ていた。
それから、彼女の襟元を指差す。
「そこ」
「え?」
「隙間がある。締めろ」
「あ……」
「地下なら平気でも、地表じゃ洒落にならん」
エリスは慌てて留め具を締め直した。
主任はそれを確認してから続ける。
「工具を手放すな」
「はい」
「何か起きたら、自分でどうにかしようとする前にGRIDを頼れ」
「はい」
「直して終わりじゃない」
主任はエリスを見る。
「直して、帰ってくる。そこまでが仕事だ」
エリスはしっかり頷いた。
「じゃあ、帰ってきたら褒めてください」
「無事に帰ってきたらな」
地表作業車のハッチが開く。
エリスは工具ケースを抱え直した。
「行ってきます」
「ああ。行ってこい」
◇
地表作業車のハッチが開いた瞬間。
エリスは思わず身体を縮めた。
「うわっ……!」
吹きつけた雪粒が頬を叩く。
一歩外へ出ただけで、冷気が服の上から身体へ噛みついてくるようだった。
「さ、寒っ……!」
地表の気温。
風速。
凍傷までの時間。
訓練では何度も習っている。
それでも、数字で知っている寒さと、身体で受ける寒さはまるで違った。
息を吸うだけで鼻の奥が痛い。
「お前が今回のエンジニアか?」
声をかけられ、エリスが顔を上げる。
目の前には、長身の女性が立っていた。
180cmを超える身体。
背中へ流れる長い金髪を、大きなリボンでまとめている。
腰にはハンドアクス型アークブレード。
第8小隊長、ヴァルカ。
「は、はい!」
エリスは慌てて姿勢を正した。
「エアダクト管理局所属、エリスです!」
「第8小隊長のヴァルカだ」
ヴァルカが笑う。
「今日は私らがついてる。作業で必要なことがあったら遠慮なく言いな」
「よろしくお願いします!」
「そんなに固くならなくていいよ」
その横から、赤いショートヘアの女性がエリスを見る。
第8小隊のルネ。
一度エリスを見てから、工具ケースを見る。
それから、もう一度エリスへ視線を戻した。
「工具ケースの方が大きく見えますね」
エリスが固まった。
「……それ、私が小さいって言ってます?」
ルネも固まる。
「あ」
ヴァルカが横を見る。
「ルネ」
「すみません! 悪気はなかったんです!」
「それは分かりますけど!」
少しむくれたエリスを見て、後ろにいたジードが笑った。
大柄なガレスも口元を緩める。
そこへ、もう1つの小隊が近づいてきた。
長い槍を持つシオンを先頭に、ノエル、フィル、セラが続く。
第9小隊。
シオンが足を止めた。
「到着早々、もう賑やかですね」
ヴァルカが手を上げる。
「おお、シオン。久しぶりだな」
「ついこの間会ったでしょう?」
「地表で一緒になるのは久しぶりじゃないか」
シオンは少し考える。
「それなら、まあ久しぶりということにしておきましょうか」
「素直じゃないね」
「ヴァルカさんほど分かりやすくないだけです」
ノエルが横で笑う。
エリスは2人を交互に見た。
なんとなく、思っていたのと違った。
地表で戦うGRID隊員。
もっと張り詰めていて、近寄りがたい人たちを想像していた。
少なくとも、目の前の2小隊はそうではないらしい。
そのおかげで、強張っていた肩からほんの少しだけ力が抜けた。
◇
目的のエアダクト施設は、エリスが図面から想像していたより遥かに大きかった。
巨大な円筒状の外壁は半分近くが雪へ埋まり、そこから伸びる太い配管にも分厚い霜が張り付いている。
内部からは低い駆動音が響き、足元へ微かな振動を伝えていた。
エリスは思わず見上げる。
「……こんなに大きいんだ」
「見物は帰りにしな」
ヴァルカが言う。
「何を直せばいい?」
エリスは我に返り、端末を開いた。
「熱循環系の圧力低下です。まず制御弁を確認します」
表示された図面と周囲を見比べる。
「それと、この辺りには冷却配管が通ってます」
「それで?」
「強い衝撃は入れないでください」
エリスの目が、ヴァルカのハンドアクスへ向く。
「特に、アークブレードを地面へ叩きつけるのは絶対駄目です」
ヴァルカが眉を上げた。
「……私を見て言ったね?」
「一番やりそうなので」
ジードが顔を横へ向ける。
ヴァルカがすぐに睨んだ。
「笑ってるだろ」
「いえ」
「笑ってるね」
「合理的だと思っただけです」
シオンまで少し口元を緩めた。
その時だった。
『シオン』
第9小隊のオペレーター、アイラ。
『右奥。動いてるのがいる』
ほぼ同時に、第8小隊のエルドからも通信が入る。
『隊長、ガルムです。15体以上。さらに後方にも反応があります』
ヴァルカの表情から笑みが消えた。
ハンドアクスを抜くと、青白い光が雪の中へ伸びる。
「エリス」
「はい!」
「作業を続けな」
エリスが驚いて顔を上げた。
「でも――」
「そのための護衛よ」
シオンも長い槍を構える。
「施設から離れる時だけ、必ず私たちに伝えて」
エリスを見る。
「あとは作業に集中して」
吹雪の奥に赤い光が1つ浮かぶ。
さらに1つ。
その後ろにも次々と増えていく。
エリスは一度だけ息を飲んだ。
それから、工具ケースを開く。
「……はい!」
◇
最初のガルムが高架残骸から飛び降りた。
ルネの十文字槍が胸元へ入り、正面から止めるのではなく落下軌道を横へ変える。
そこへジードの双剣が入り、着地する前に仕留めた。
さらに2体が続く。
ガレスが前へ出て、巨大なグレートソード型アークブレードを振り上げた。
「ガレスさん!」
エリスが叫ぶ。
「そこは駄目です!」
ガレスは刃を振り下ろす直前で身体を捻った。
地面へ叩きつける軌道から外し、ガルムの肩口へ刀身を当てる。
そのまま配管から離れる方向へ押し流した。
「これは思った以上に気を使うな!」
「最初から護衛任務ですから」
シオンが槍で別の個体を押し返しながら答える。
ヴァルカも大きく振りかぶらなかった。
ハンドアクスを短く返し、迫ったガルムの顎を下から打ち抜く。
倒れた身体を蹴って設備から遠ざけ、そこで首を断った。
「窮屈な仕事だね!」
「帰ったら好きなだけ振ってください」
ジードが答える。
「相手が動かないとつまらないんだよ!」
「それは知ってます」
その間にも、群れは次々と押し寄せてくる。
右側を守る第8小隊では、ルネが槍の長さを使ってガルムを設備へ近づけない。
ヴァルカが正面を崩し、その脇を抜けた個体をジードが拾う。
さらに外側では、ガレスの大剣が群れそのものを押し戻していた。
左側では、第9小隊が別の形で群れを抑えている。
シオンの槍が突進の軌道を変え、そこへフィルの発振ワイヤーが絡みつく。
体勢を崩した個体へ、ノエルの刺突型アークブレードが急所を穿った。
さらに遠い位置から迫るガルムには、セラの矢が青白い軌跡を描いて突き刺さる。
2つの小隊は戦い方こそ違う。
それでも、施設と、その中心で作業するエリスを守るという目的は同じだった。
「左側、1体抜けます!」
ルネの声に、エリスが反射的に顔を上げる。
ガルムが1体、シオンの横を抜けて施設内部へ向かっていた。
その進路の先にいるのはエリスだった。
「エリス、下がって!」
シオンが槍を伸ばす。
穂先がガルムの肩へ突き刺さり、身体を横へ崩した。
だが、勢いまでは殺し切れない。
ガルムは雪面を滑りながら、そのままエリスへ迫ってくる。
赤い眼と裂けた口が、急速に近づいてきた。
エリスの脚が動かなかった。
下がらなければいけない。
頭では分かっているのに、身体が止まっている。
「そっちは任せな!」
ヴァルカが横から踏み込んだ。
ハンドアクスがガルムの首元へ深く食い込む。
そのまま刃を押し込み、巨体を配管から離れる方向へ倒した。
黒い体液が雪を染める。
ヴァルカはすぐにエリスを見る。
「怪我は?」
「だ……」
声が出ない。
エリスは一度息を吸った。
「大丈夫です!」
「なら仕事に戻りな」
ヴァルカが笑う。
「こっちはまだ余裕あるから」
エリスは震えかけた指を握り直し、工具を持った。
「はい!」
怖い。
今すぐ周囲を確認したい。
それでも、自分には自分の仕事がある。
エリスは再び制御盤へ向き直った。
◇
『シオン、高架側から増えたよ。8体。その後ろにもまだいる』
アイラの報告を聞き、シオンが槍を返す。
「第9小隊は高架側を抑えるわ。施設へ寄せないで」
続いてエルドも指示を出す。
『第8小隊はその位置を維持してください。右側を通すとエリスが囲まれます』
ヴァルカがハンドアクスを握り直した。
「ここを空けるつもりはないよ!」
飛び込んできたガルムへ斧刃を叩き込む。
「思いっきり振れないのだけは気に入らないけどね!」
ルネが横へ入った。
「隊長、また来ます!」
「よし。設備から離して仕留めるよ!」
群れはさらに増えていく。
吹雪も少しずつ強くなっていた。
その中心で、エリスは凍りついた制御弁と格闘している。
工具を差し込み、両手で力を掛ける。
動かない。
「お願い……」
もう一度体重を掛ける。
「少しでいいから……!」
背後からガルムの唸り声が聞こえる。
アークブレードの発振音。
雪を蹴る音。
仲間同士の短い指示。
全部聞こえている。
何度も振り返りたくなる。
でも、振り返ったところで自分にできることはない。
戦うのはGRID。
直すのは自分。
エリスは工具へさらに体重を掛けた。
「動いて……!」
その時。
エルドの声が、戦闘音の中へ鋭く割り込んだ。
『大型2体、来ます! 通常個体より外殻が厚い!』
ヴァルカが顔を上げる。
吹雪の奥から、これまでのガルムより一回り大きな個体が2体現れた。
1体はガレスのいる側へ向かう。
もう1体も雪を蹴って走り出した。
最初は同じ方向へ進むように見えた。
だが途中で大きく進路を変える。
その先にいるのは、制御弁の前で作業を続けているエリスだった。
ヴァルカの表情が変わる。
「エリス!」
声に反応して、エリスが振り返った。
大型ガルムは、もうすぐそこまで迫っている。
通常個体より大きな頭部。
裂けた口。
赤い眼。
その牙が吹雪の向こうから一直線に近づいてくる。
「伏せな!」
お読みいただきありがとうございます!
ガルムの群れ。
さらに大型個体が2体。
そしてそのうち1体が――
作業中のエリスへ向かいました。
初めての地表任務。
まだ修理は終わっていません




