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第13話 前の小隊を襲った地上の人間について話していたら、俺たちがその「地上の人間」に助けられたことを言えなくなりました

管理局。


SEC。


そして地表。


少しずつ増えていく「知らなかったこと」について、

キョウジとグレンが話します。

SEC本部を出た時には、ネオ・ヘイヴンの人工照明が夜間モードへ切り替わり始めていた。


天井を覆う偽物の空は昼間より暗くなり、青から深い群青へ少しずつ色を変えている。


地表の本当の空とは違う。


風もなければ、雲も動かない。


それでも、この街で生まれ育った人間にとっては、これが空だった。


キョウジはSEC本部の階段を下りながら、さっきまでのやり取りを思い返していた。


外部情報の開示を求める住民。


それを抑えるSEC。


そして、騒ぎが大きくなる前に人々を解散させたダリル。


力ずくで押さえ込むだけの男ではなかった。


だが、だからといってキョウジがすべて納得したわけでもない。


「随分考え込んでますね」


隣を歩いていたカイが言った。


「顔に出てたか?」


「隊長は分かりやすいですよ」


「お前にだけは言われたくないな」


カイは少し笑った。


その後ろでは、グレンが黙ってついてきている。


SEC本部へ来る前に聞いた、第13小隊の公式記録。


《アバレント群との交戦により壊滅》


管理局の人間はそう言った。


それ以上の憶測はするなとも。


だが、グレン本人が話した内容は違う。


第13小隊が地表で遭遇したのは、アバレントだけではなかった。


人間がいた。


地下都市の外で生きている人間。


そして、その人間たちは第13小隊へ武器を向けた。


「俺はこのまま戻ります」


しばらく歩いたところで、カイが足を止めた。


キョウジが振り返る。


「飲んでいかないのか?」


「今日は遠慮しておきます」


「珍しいな」


「明日の装備確認、朝からなんですよ」


「真面目だな」


「副隊長なので」


そう言ってから、カイはグレンを見る。


「グレンもほどほどにしてくださいね」


「俺は酒に強い」


「隊長も同じこと言います」


「俺と一緒にするな」


キョウジが言うと、カイは呆れたように息を吐いた。


「そこは否定するところじゃないでしょう」


軽く手を上げ、カイは別の通路へ向かっていった。


キョウジとグレンだけが残る。


「どうする?」


キョウジが聞く。


グレンは少し考えた。


「さっきの話を聞いた後で真っ直ぐ部屋へ戻る気にもならん」


「同感だ」


2人はそのまま中層区画の酒場へ向かった。


         ◇


店内はそれほど混んでいなかった。


勤務を終えた作業員が数人。


奥の席にはGRID隊員らしい姿もある。


キョウジとグレンは壁際の席へ座った。


注文した酒が届くまで、どちらもすぐには話を始めなかった。


先に口を開いたのはグレンだった。


「さっきの管理局の話だが」


「ああ」


「やはり、俺が見たものとは違う」


グレンはテーブルの上で両手を組んだ。


「あの時、第13小隊が遭遇したのはアバレントだけじゃない。人間がいた」


キョウジは黙って聞く。


「人数までは分からなかった。吹雪も強かったし、距離もあった。ただ、こちらへ向けていたものがアークブレードじゃなかったことは覚えている」


「GRIDの装備じゃない」


「ああ」


グレンが頷く。


「俺たちが知っている武器とは違っていた」


そこまで話したところで、店員が酒を置いていった。


グレンはグラスへ手を伸ばさない。


「あいつらが最初から俺たちを狙っていたのか、それとも俺たちが向こうの領域へ入り込んだのか。それすら今となっては分からん」


「交渉は?」


「できなかった」


「いきなり攻撃された?」


グレンは僅かに眉を寄せた。


「少なくとも、俺にはそう見えた」


即答ではなかった。


キョウジはそこを聞き逃さなかった。


「断言はできない?」


「ああ」


グレンは正直に答えた。


「俺たちも地表で未知の人間を見つけて、かなり警戒していた。相手も同じだったかもしれん」


グラスへ視線を落とす。


「ただ、その後にアバレントまで現れた。そこから先は、もう敵味方を確認している余裕なんてなかった」


第13小隊は4人だった。


そして、帰ってきたのはグレンだけ。


以前聞いた話を、キョウジはもう一度思い出す。


コード4は届かなかった。


通信中継も不安定。


仲間は1人ずつ倒れた。


最後まで盾を持っていたグレンだけが生き残った。


「公式記録に地上の人間が書かれてない理由、心当たりあるか?」


キョウジが聞く。


「ない」


グレンは首を振った。


「帰還後の報告では話した」


「誰に?」


「管理局の担当官だ。GRIDの上層にも伝わっているはずだ」


「それが今は、アバレントとの交戦で壊滅したことになってる」


「そういうことだ」


グレンはようやくグラスを持ち上げた。


一口だけ飲む。


「俺が何かを見間違えたことにされているなら、それでもいい。だが、最初から記録に残す気がなかったなら話は別だ」


キョウジも酒へ口をつける。


苦い。


いつもと同じ酒のはずなのに、今日は妙に苦く感じた。


「地表で生きてる人間がいる」


グレンが言う。


「それを管理局が知っている」


「少なくとも、第13小隊の報告を受けてたならな」


「なのに市民には何も知らされていない」


「GRIDにもな」


グレンがキョウジを見る。


「隊長クラスにも?」


「俺は知らなかった」


「……そうか」


グレンはそれ以上言わなかった。


キョウジはグラスを置いた。


ここで話すか。


少し迷った。


第7小隊が地表で遭遇した人間。


管理局がサベージと呼ぶ者たち。


グレンの話とは違う。


少なくとも、キョウジたちが遭遇した相手は最初から敵ではなかった。


むしろ。


助けられた。


あの廃棄地区で。


第7小隊が追い詰められた時。


地表で生きる人間がいなければ、今ここに座っていなかった可能性すらある。


グレンがグラスを置いた。


「どうした?」


「いや」


キョウジは一度視線を落とした。


それから覚悟を決める。


「グレン」


「ああ」


「俺たちも会ってる」


グレンの動きが止まった。


「何に?」


「地表で生きてる人間だ」


数秒、グレンは何も言わなかった。


店内の雑音だけが聞こえる。


「……いつだ」


「少し前だ」


「第7小隊で?」


「ああ」


「戦ったのか?」


キョウジは首を振った。


「逆だ」


グレンの眉が寄る。


「助けられた」


その言葉を聞いた瞬間、グレンの表情が変わった。


驚きというより、理解できないものを聞いた顔だった。


「助けられた?」


「ああ」


「地上の人間に?」


「そうだ」


グレンはしばらく黙っていた。


「俺たちを襲った連中と同じなのか?」


「分からない」


キョウジはすぐに答えた。


「同じ集団なのかも、別の集団なのかも分からない。ただ、地下の外で生きてる人間だった」


グレンが考え込む。


「武器は?」


「GRIDのものとは違ってた」


「やはりか」


「ただ、少なくとも俺たちが会った連中は話が通じた」


そこまで言って、キョウジは止まった。


管理局。


SEC。


第13小隊の記録。


廃棄地区の未登録通路。


第7小隊が見つけた記録がすぐに閲覧制限されたこと。


そして、今まで何度も繰り返されてきた情報の欠落。


全部が頭の中で繋がり始めていた。


グレンが低い声で言う。


「それ、報告したのか?」


キョウジは答えなかった。


正確には。


報告できなかった。


あの時の状況。


地表の人間と接触したことを正面から出せば、何が起きるのか分からなかった。


彼らがどう扱われるのかも。


第7小隊がどう扱われるのかも。


何より、管理局が地上の人間の存在をすでに知っている可能性がある。


知らない相手へ秘密を報告するのとは違う。


知っていて隠している相手へ報告することになる。


その違いは大きかった。


「……してない」


キョウジが答える。


グレンがじっと見る。


「なぜだ」


「分からなくなったからだ」


「何が?」


キョウジは少し考えてから言った。


「誰に何を言えば正しいのかが」


グレンは何も返さない。


「第13小隊は地上の人間と戦った。でも、その記録は消えてる」


キョウジは続ける。


「第7小隊は地上の人間に助けられた。もしそれを報告したとして、今度は何が記録に残る?」


グレンの目が僅かに細くなる。


「なるほどな」


「別に地上の連中を信用してるわけじゃない」


キョウジはグラスへ手を伸ばした。


「俺たちを助けた奴がいる。それとは別に、お前たちを襲った奴もいる。それだけだ」


「全員が同じじゃない」


「地下だってそうだろ」


グレンが少しだけ笑った。


「確かにな」


酒を一口飲む。


それから、ゆっくり息を吐いた。


「妙な話だな」


「何が?」


「俺たちはずっと、この地下が世界の最後だと思ってた」


グレンは天井を見る。


そこにはもちろん空なんてない。


「地表は死んだ場所で、そこにいる人間はまともじゃない。そう教えられてきた」


「サベージ」


「ああ」


「俺もそう思ってたよ」


「だが実際には、人間が生きている」


「しかも俺たちが知らないやり方でな」


グレンは少し黙った。


「隊長」


「なんだ?」


「俺たちはこの地下にいて、世界のことを何も知らないのかもしれんな」


キョウジはすぐには答えなかった。


人工の空。


閲覧制限された記録。


地表の人間。


第13小隊。


廃棄地区。


エミル。


いくつものものが頭を過ぎる。


「……かもしれないな」


それしか言えなかった。


         ◇


店を出る頃には、ネオ・ヘイヴンの照明は完全に夜間モードへ切り替わっていた。


通りを歩く人影も少ない。


グレンとは途中で別れた。


1人になったキョウジのN-LINKへ、ミオから通信が入る。


『キョウジ』


「聞いてたか?」


『共有範囲内の会話は記録しています』


「相変わらずだな」


『オペレーターですので』


キョウジは歩きながら、人工の夜空を見上げた。


「ミオ」


『はい』


「俺たちが地表の連中に助けられたこと、管理局は知ってると思うか?」


少し間が空いた。


『判断材料が不足しています』


「だろうな」


『ただし』


キョウジが足を止める。


『第13小隊の報告内容と現在閲覧可能な公式記録に差異があることは事実です』


「……そうだな」


『それ以上は推測になります』


「分かってる」


キョウジは再び歩き出した。


その時、視界の端に通知が表示された。


GRIDからの任務通達。


《第7小隊》


《地表任務予定》


《旧ハルシオン長距離通信塔》


キョウジが足を止めた。


「通信塔?」


『はい。先ほど正式に割り当てられました』


「また地表か」


『GRID所属である以上、珍しいことではありません』


「そういう意味じゃない」


さっきまで話していたことが頭に残っている。


地表にいる人間。


隠された記録。


知らされていない世界。


その状態で、また地表へ出る。


キョウジは通知を閉じた。


「詳細は?」


『明日のブリーフィングで開示されます』


「了解」


歩き始める。


少し進んでから、キョウジはもう一度人工の空を見上げた。


青でもない。


黒でもない。


夜を再現しただけの、作られた空。


この街の人間は、それを本物だと思って暮らしている。


自分もそうだった。


問題は。


空だけなのか。


キョウジには、もう分からなかった。

お読みいただきありがとうございます。


第13小隊は、

地表の人間と戦いました。


一方。


第7小隊は、

地表の人間に助けられています。


同じ存在なのか。


違うのか。


そもそも彼らは、本当に「サベージ」なのか。


キョウジたちはまだ、

地表のことをほとんど知りません。


そして明朝。


第7小隊には、また新しい地表任務が待っています。

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