12話 前の小隊が全滅した記録について聞いたら、管理局に「余計な憶測はするな」と言われました
任務から無事帰還した第7小隊。
今回は戦闘ではありません。
第13小隊の公式記録。
そして、地下都市の治安を守るSEC。
キョウジは少しずつ、
ネオ・ヘイヴンの「守り方」に違和感を覚え始めます。
管理局の任務報告室は、白い壁と白い床に囲まれた、妙に静かな部屋だった。
必要なものだけが置かれ、中央には端末卓が1つある。
任務を終えたキョウジ、カイ、グレンの3人は、その端末卓を挟んで報告官と向かい合っていた。
『第7小隊、報告を』
「ボアグ級9体以上。大型1、中型3、小型複数」
キョウジが答える。
「移動中に奇襲を受けたが、全個体を討伐。周辺の安全確認も済ませた」
『損耗は?』
「軽傷2。死者なし」
そこで報告官の指が止まった。
端末から顔を上げる。
『……生存率が向上していますね』
キョウジは少しだけ眉を上げた。
「そういう言い方するんだな」
『数値上の変化です』
報告官は再び画面へ視線を戻す。
『グレン・バルディス加入後、前衛維持能力が向上しています。今回の大型個体への対応も、生存率上昇要因として記録します』
カイが横から補足した。
「実際、大型の突進を止めたのはグレンです。あれがなければ負傷者は増えていたと思います」
『確認しました』
グレン本人は何も言わなかった。
端末へ入力されていく自分の名前を、黙って見ている。
その様子を見ながら、キョウジは何気ない調子で聞いた。
「そういえば」
報告官の手は動いたままだった。
「第13小隊の件も、アバレントとの交戦で処理されてるんだったか?」
打鍵音が止まった。
カイが横を見る。
グレンも顔を上げる。
数秒の沈黙のあと、報告官が答えた。
『記録上、第13小隊はアバレント群との交戦によって壊滅しています』
キョウジはその言葉を聞き、少しだけ口元を動かした。
「記録上、ね」
カイが目を閉じる。
余計な一言だった。
明らかに。
『何か問題でも?』
「いや。確認しただけだ」
キョウジは平然としている。
報告官の目が僅かに鋭くなった。
『第13小隊について、現時点で追加報告事項はありません』
さらに続ける。
『不要な憶測は混乱を招きます。任務記録に基づいて行動してください』
「了解」
それ以上、キョウジも何も言わなかった。
報告官は再び端末へ入力を始める。
『第7小隊、任務完了を確認しました。以上です』
3人が部屋を出るまで、乾いたキーの音だけが響いていた。
◇
扉が閉まり、管理局の通路へ出た瞬間。
カイが言った。
「隊長」
「なんだ?」
「なんであんな聞き方したんですか」
「第13小隊について確認しただけだろ」
「普通に確認する人は『記録上、ね』なんて言いません」
「そうか?」
「そうですよ」
キョウジはそのまま歩く。
カイも隣を歩きながら続けた。
「職員の反応、見ましたよね?」
「ああ」
「第13小隊って言った瞬間、明らかに警戒してました」
「そう見えたな」
「分かっててやったんですか?」
キョウジは少し考えるふりをした。
「さあな」
「その返事が一番信用できないんですよ」
後ろを歩いていたグレンが口を開いた。
「俺のためなら、もういい」
2人が振り返る。
「第13小隊のことだ」
グレンは前を向いたまま続けた。
「俺がここへ来た理由も、何があったのかも、あんたたちは知ってる」
少し間を置く。
「それで十分だ」
キョウジは歩調を落とした。
「俺たちはな」
グレンを見る。
「でも、管理局の記録は違う」
「あんたの話じゃ、第13小隊は地表で人間と戦った。そのあと未知のアバレントに襲われた」
「ああ」
「でも公式には、アバレントとの交戦で壊滅。それだけだ」
カイが聞く。
「それが気になるんですか?」
「気になるだろ」
キョウジは答える。
「しかも今の報告官、自分から『記録上』って言った」
カイは黙った。
あの間。
あの言い方。
確かに、気にならないと言えば嘘になる。
「……否定はしません」
「だろ?」
「でも、これ以上突っ込んだら面倒になりますよ」
「もう十分面倒だろ」
「そうやって自分で増やしてるんでしょうが」
キョウジが笑う。
グレンもほんの少しだけ口元を緩めた。
◇
管理局施設を出ると、中層の通路は人で溢れていた。
仕事帰りの整備士。
荷物を運ぶ作業員。
夕食を買う住民。
走り回る子供たち。
いつものネオ・ヘイヴンだった。
ただ、その人の流れが前方だけ不自然に割れている。
「だから俺たちは、おかしいって言ってるんだ!」
怒鳴り声が響く。
通路脇には3人の市民がいて、その周囲を黒い制圧服の隊員たちが囲んでいた。
SEC。
地下治安を担当する組織だ。
カイがすぐに言う。
「行きますよ、隊長」
「そうだな」
キョウジはそう答えた。
だが、足は止まっている。
カイがため息をつく。
「その返事しながら止まるのやめてもらえません?」
「いや」
キョウジはSECの方を見る。
「拘束するほどのことなのかと思って」
「やっぱり行く気ないじゃないですか」
カイが呆れる。
グレンは何も言わず、その場に残った。
◇
「外のことを話しただけで、なんで拘束されなきゃならない!」
若い男が叫ぶ。
SEC隊員たちの中央にいたのは、灰色の髪と鋭い目をした男だった。
隊長章。
ダリル。
その左右には、細身で薄い笑みを浮かべるラックスと、大柄で無言のゴードが立っている。
ダリルが市民へ答えた。
「外部環境に関する未確認情報を公共区画で拡散した。周囲の市民を煽る行為も確認している」
「だから何だよ!」
若い男が食い下がる。
「管理AIが全部決めてるんだろ!」
周囲がざわつく。
「俺たちは地下に閉じ込められて、何が本当なのか知ることすらできない!」
キョウジの表情が僅かに変わった。
管理AI。
外の世界。
何が本当なのか。
最近、妙によく耳にする言葉だった。
ダリルは声を荒らげない。
「正しいかどうかの話はしていない」
「じゃあ何だよ」
「ここは数万人が暮らす閉鎖都市だ」
ダリルは周囲を見た。
「食料が止まるという噂が流れれば買い占めが起きる。浄水設備に異常があると言えば、給水区画に人が集中する」
若い男が黙る。
「事実を確認するより先に、人間は動く」
今度はゴードが低い声で言った。
「言いたいことがあるなら場所を選べってことだ。こんなところで人を集めりゃ、俺らが出てくる」
ラックスが薄く笑う。
「ずいぶん丁寧に説明してやるんですねぇ。どうせ聞く気なんか――」
「ラックス」
ダリルが名前を呼ぶ。
それだけで、ラックスは肩をすくめた。
「はいはい」
ダリルは3人の市民へ向き直った。
「対象3名を一時拘束する。事情聴取後、問題がなければ解放する」
その時。
「待てよ」
キョウジが人垣から出た。
後ろでカイが顔を覆う。
「だから言ったのに……」
グレンも後へ続いた。
ダリルが3人を見る。
GRIDの識別章。
そしてキョウジ。
「地下治安はSECの管轄だ」
ダリルが言う。
「GRIDに要請は出していない」
「分かってる」
「じゃあ何の用だ」
「拘束するほどかと思ってな」
ラックスが露骨に嫌そうな顔をした。
「地表帰りは耳までおかしくなるんですかねぇ。隊長が拘束するって言ったの、聞こえませんでした?」
「聞こえたから話してる」
「お前――」
ラックスが前へ出ようとする。
ダリルが片手を上げて止めた。
「キョウジ・キサラギ」
「第7小隊長だったな」
「知ってるなら話が早い」
「何も早くならない」
ダリルは即答した。
「GRIDとSECは役割が違う」
キョウジの後ろにいるカイとグレンにも目を向ける。
「我々は地表の危険をすべて知らない。同じように、お前たちも地下で起きる問題をすべて知っているわけではない」
「それはそうだな」
「なら理解しろ」
ダリルは続ける。
「この都市で暮らす人間が恐れるのは、アバレントだけじゃない。閉鎖環境で混乱が広がれば、それだけで人は死ぬ」
キョウジは黙って聞いた。
筋は通っている。
「だから、口を塞ぐ?」
「違う」
ダリルは即答した。
「混乱を起こす行為を止める。必要なら拘束する。それがSECの仕事だ」
周囲には、いつの間にか見物人が増えていた。
ダリルもそれに気づく。
少し考えてから、3人の市民へ向き直った。
「……これ以上ここで続ける方が問題か」
少し間を置く。
「今回は警告に変更する」
若い男が顔を上げる。
「ただし、同じ行為を繰り返した場合は拘束する。いいな」
若い男は納得していない。
それでも仲間に腕を引かれ、小さく頷いた。
「行け」
3人は足早に去っていった。
誰もキョウジに礼は言わない。
それでよかった。
◇
ラックスが不満そうに言う。
「隊長ぉ、甘くないですか?」
「判断を変えた理由は説明した」
「はいはい」
「返事は1回でいい」
ラックスが黙る。
ダリルはキョウジへ向き直った。
「1つだけ言っておく」
「何だ?」
「敵とは見ていない」
唐突だった。
ダリルは続ける。
「GRIDもSECも、ネオ・ヘイヴンを維持するための組織だ」
少しだけ声が低くなる。
「ただし、次からは我々の管轄へ不用意に踏み込むな。現場には現場の判断がある」
キョウジは頷いた。
「ああ。覚えておく」
「覚えるだけじゃなく実行してくれ」
SECの一団が去っていく。
最後尾のラックスだけが一度振り返り、面倒そうな目をキョウジへ向けた。
やがて、その姿も人混みへ消えた。
止まっていた人の流れも、少しずつ元に戻っていく。
カイが隣へ来た。
「今日だけで、管理局とSECの両方に顔を覚えられましたね」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
「向こうもそう思ってくれるといいですね」
キョウジは、SECが消えた方向を見る。
ダリルの言っていることは間違っていない。
管理局もSECも、ネオ・ヘイヴンの秩序を守るために必要な仕事をしている。
それでも、キョウジには1つだけ分からなかった。
どこまでが、人を守るための秩序なのか。
どこからが、知られたくないものを隠すための統制なのか。
その境界線だけは、誰も教えてくれなかった。
お読みいただきありがとうございます。
第13小隊は公式には、
「アバレントとの交戦により壊滅」
それだけです。
そしてSECは、
市民を守るために情報の拡散を止める。
どちらにも理由があります。
だからこそ。
「秩序」と「統制」の境界線は、簡単には見えません。




