第11話 「守る」ことにこだわる新隊員が、前の小隊で自分だけ生き残った理由を話してくれました
初任務を無事終えた新しい第7小隊。
今回はグレンの歓迎会です。
そして少しだけ。
彼が第13小隊で何を経験したのかが語られます。
E-17での探索を終え、第7小隊がネオ・ヘイヴンへ戻った頃には、人工空も夕刻の色へ切り替わっていた。
地表装備を返却し、任務記録も提出する。
今回地表へ出たのは5人。
そして、帰ってきたのも5人だった。
誰も欠けていない。
GRID本部を出たところで、ユーリが大きく伸びをした。
「疲れた……」
カイも首の後ろへ手を回す。
「結局、予定していた経路のほとんどを回りましたからね」
ユーリがキョウジを見る。
「隊長。昨日、全部回ることにはこだわらないって言ってませんでした?」
「行けそうだったから行ったんだよ」
「そういうところですよ」
「無事に帰ってきたんだから上出来だろ」
それを言われると、ユーリも反論できなかった。
少し前を歩くグレンは、大型シールドとハルバートを整備区画へ預けたばかりだった。
地表であれだけ大きな装備を背負っていたせいか、何も持っていない今は少し小さく見える。
キョウジは歩調を合わせて横へ並んだ。
「肩、痛むか?」
グレンは左肩を回して確認する。
「少し重いだけだ。盾を使えばいつものことだ」
「初日から随分受けたからな」
「寝れば戻る」
「なら今日はちゃんと寝ろよ」
「ああ」
その会話を聞いていたユーリが、横から割り込んできた。
「せっかく明日休みなんですよね」
キョウジには嫌な予感がした。
「何だ」
「飲みに行きません?」
「お前、あれだけ歩いてまだ元気なのか?」
「逆です。疲れたから飲みたいんですよ」
後ろからカイも乗ってきた。
「いいですね」
リオもすぐに頷く。
「私も行きたい。お腹空いた」
自然と3人の視線がグレンへ向いた。
グレンが少し眉を上げる。
「……俺もか?」
ユーリが笑う。
「他に誰がいるんです?」
「歓迎会ですよ」
グレンは今度はキョウジを見る。
「こういうものなのか?」
「第7小隊では……」
キョウジは少し考えた。
「今日が初めてだな」
「そうか」
グレンも少しだけ考えてから頷いた。
「なら行こう」
それで決まりだった。
◇
酒場へ入ると、5人は奥のテーブルを囲んだ。
席に着くなり、リオがメニューを開く。
「何か食べたい。地表にいる間ずっとお腹空いてた」
ユーリが横から覗き込む。
「携行食、食べてたじゃないですか」
「あれで足りると思う?」
「俺も足りませんでしたけど」
「じゃあ頼めばいいじゃん」
「それ辛いやつですよね?」
「美味しいよ」
「一口だけ――」
リオは最後まで聞かずに答えた。
「嫌」
「まだ最後まで言ってないんですけど」
「顔に書いてあった」
カイが笑いながら自分の注文を決める。
キョウジはいつもの酒を選んだ。
その横で、グレンだけが酒の一覧を開いたまま指を止めている。
「普段は何飲む?」
キョウジが聞く。
「特に決めていない。店で飲むこと自体、あまりないからな」
「じゃあ俺と同じのでどうだ?」
キョウジが自分の注文を見せる。
グレンは表示を確認した。
「これか」
「少し強いぞ」
「そこまで弱くはない」
「なら大丈夫そうだな」
注文を済ませ、やがて酒と料理が運ばれてきた。
最初にグラスを持ち上げたのはユーリだった。
「じゃあ、グレンさんの第7小隊加入と、初任務を無事終えたことに」
キョウジが見る。
「お前が仕切るのか?」
「誰も始めないからですよ。じゃあ隊長、お願いします」
「一番大事なところだけ渡すなよ」
キョウジもグラスを持った。
グレンを見る。
「まあ、改めてよろしく。今日は助かったよ」
グレンもグラスを上げる。
「ああ。こちらこそ」
5つのグラスが軽く触れた。
◇
料理が揃うと、話題は自然と今日の戦闘へ向かった。
最初に聞いたのはカイだった。
「ボアグ級を流した時、盾を少し逃がしてましたよね?」
「ああ」
グレンは左腕を軽く動かした。
「全部受けたら、こっちが先に壊れる。止める必要がないなら、力を流した方がいい」
カイは納得したように頷く。
「なるほど……」
リオも口を挟んだ。
「盾の横、思ったより動きやすかった。ガンツの時とは全然違った」
グレンは特に気を悪くした様子もなく答える。
「使う人間が違えば、守り方も変わるだろう」
「私、今日1回盾にぶつかったけど」
「気づかなかった」
「なら次はぶつからないようにする」
「俺も、お前が抜ける方向を見るようにする」
「助かる」
今日、初めて一緒に戦ったばかりだった。
それなのに話題はもう、次はどう合わせるかへ進んでいる。
キョウジはそのやり取りを聞きながら、ゆっくり酒を飲んだ。
◇
1杯目が空き、2杯目も減っていった。
料理もかなり片づいた頃、3杯目を頼んだのはグレン本人だった。
キョウジが少し意外そうに見る。
「結構いけるじゃないか」
「飲む機会が少ないだけだ。嫌いではない」
「なら歓迎した甲斐があったな」
その頃には、任務以外の話も混ざり始めていた。
グレンが初めて大型シールドを持った時、本当に腰を痛めた話。
しかも3日間まともに動けなかったらしい。
リオが改めて確認すると、グレンは真顔で答えた。
「あれは二度と経験したくない」
ユーリが笑う。
「その見た目で言われると、余計面白いんですよ」
「見た目は関係ないだろう」
また笑いが起きた。
しばらくして、カイが何気なく聞く。
「第13小隊の時も、ずっとあの盾だったんですか?」
グレンの手が僅かに止まった。
「今の盾になったのは3年くらい前だ」
「それまでは?」
「もう少し小さいものを使っていた」
「大型にした理由は?」
そこまでは、装備についての普通の会話だった。
だが、グレンはすぐには答えず、手元のグラスへ目を落とした。
「守れる範囲を広げたかった」
さっきまでより少しだけ、声が低い。
「第13小隊では、俺が前を受け持つことが多かったからな」
カイはそれ以上聞かなかった。
他の誰も続きを求めない。
ところが、しばらくするとグレンの方から口を開いた。
「4人だった」
キョウジが見る。
「第13小隊が?」
「ああ。俺を入れて4人」
「長く組んでたのか?」
「ああ」
グレンはグラスを置いた。
「随分長かったよ」
◇
第13小隊の最後の任務は、管理区域の外だった。
そこで、人間が残した可能性のある痕跡が発見された。
足跡。
何かを運んだような跡。
第13小隊は、その正体を確認するために地表へ出た。
キョウジが聞く。
「サベージの調査か?」
「可能性の1つだった」
グレンは頷く。
「人間なら身元を確認する。サベージと判断できれば、可能な限り捕縛。無理なら情報を持ち帰る。それが任務だった」
ユーリが身を乗り出す。
「実際に、いたんですか?」
グレンは僅かに返事を遅らせた。
「ああ。いた」
GRIDの隊員ではない。
それでも、間違いなく人間だった。
そして相手も、第13小隊の存在に気づいた。
「話はできなかったのか?」
キョウジが聞く。
「できなかった。向こうは俺たちを敵だと見ていたし、こっちは捕縛命令を受けていた」
結果として、戦闘になった。
グレンはそこで少し目を細めた。
「武器が妙だった」
「妙?」
「GRIDのものじゃない。それに、今まで地表で見たものとも違った」
キョウジは黙って聞いていた。
「相手には逃げられたのか?」
「ああ。追える状態じゃなかった。俺たちも消耗していたからな」
そこで第13小隊は帰還を選んだ。
それで終わっていればよかった。
◇
帰路で、今度はアバレントに遭遇した。
ネオ・ヘイヴン周辺では見たことのない個体だったという。
「できれば戦わずに済ませたかった」
グレンは言う。
「でも、1人が脚をやられた」
仲間を置いていくという選択肢はなかった。
第13小隊は負傷者を守りながら後退した。
「コード4を送った」
キョウジが聞く。
「応答は?」
グレンは首を横へ振った。
「なかった」
少し間を置いて続ける。
「あとで分かった。中継局に不具合が出ていたらしい。別の局が拾う可能性もあったらしいが、俺たちは遠くへ行きすぎていた」
通信は届かなかった。
当然、救援も来ない。
それでも戦闘は終わらなかった。
グレンの声は静かなままだった。
「最初の1人が倒れた」
少しして、もう1人。
そして最後には、グレンだけが残った。
酒場では変わらず音楽が流れ、別のテーブルから笑い声も聞こえている。
それでも、第7小隊のテーブルだけが妙に静かだった。
グレンの左手が、自分の前腕を掴む。
地表なら、そこに大型シールドを固定している場所だった。
「俺は前にいた」
誰も口を挟まない。
「いつも通り、盾を持ってた」
前腕を掴む指に、少し力が入る。
「あいつら、よく言ってたんだ。俺の後ろにいれば大丈夫だって」
グレンはしばらく黙った。
それから、ゆっくり続けた。
「最後まで盾を持っていたのに、守れたのは俺だけだった」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
その沈黙を無理に埋める必要もない。
やがてグレンは前腕から手を離し、グラスを取った。
「……随分喋ったな」
リオが静かに聞く。
「珍しいの?」
「こんな話をするのはな」
「じゃあ、お酒のせいかも」
グレンの口元が僅かに緩んだ。
「そういうことにしておこう」
◇
しばらくすると、グレンはまた自分から話し始めた。
「第7小隊へ行くと聞いた時、正直、気は進まなかった」
4人がグレンを見る。
ユーリが少し驚いた顔をした。
グレンは続ける。
「また小隊に入って、また地表へ出る。それが……怖かったんだと思う」
自分でも、今日まで認めたくなかったのだろう。
それでも今日、5人で戦った。
誰かが危なくなれば、別の誰かが入った。
守るのはグレン1人ではなかった。
キョウジ。
カイ。
リオ。
ユーリ。
グレンは4人を順番に見た。
「でも、今日一緒に戦って安心した」
少し言葉を選ぶ。
「お前たちは周りをよく見ている。それに……」
グレンが小さく笑った。
「いい奴らだな」
ユーリが困ったような顔をする。
「……なんか、その話のあとに言われると、どう返せばいいのか分かんないですね」
「無理に返さなくていい」
「じゃあ普通に。ありがとうございます」
「ああ」
カイもグラスへ手を伸ばした。
「俺も、今日一緒に戦えてよかったですよ。まだ盾について聞きたいこともありますし」
グレンはすぐに答える。
「それは酒が抜けてからにしてくれ。今聞かれても忘れる」
カイが笑った。
「それだけ飲んでたらそうですよね」
リオも温かい飲み物を持ちながら言う。
「私も、次はもっと合わせられると思う」
「ああ。俺もそう思う」
最後に全員の視線がユーリへ向いた。
「え?」
ユーリが周囲を見る。
「俺も何か言わなきゃ駄目です?」
リオが答える。
「別に」
「じゃあ普通に言いますけど」
ユーリはグレンを見る。
「俺も、グレンさんが来てくれてよかったですよ」
少しだけ間を置く。
「あの盾が前にあると、安心できるから」
グレンの動きが止まった。
自分の左腕を見る。
今は、そこに盾はない。
しばらくして、小さく答えた。
「……そうか」
◇
第13小隊の話は、そこで終わった。
仲間の名前も、最後に戦ったアバレントの詳しい姿も、グレンは話さなかった。
誰も聞こうとはしなかった。
しばらくすれば、また料理へ手が伸びる。
カイは翌日、グレンの補助セルを見る約束を取りつけた。
リオは追加の料理を注文する。
ユーリはもう1杯頼もうとして、キョウジに止められた。
「水にしろ」
「まだいけますって」
「明日後悔するぞ」
「明日休みじゃないですか」
「休みだからって、飲みすぎていいとは言ってない」
「隊長も飲んでるでしょう」
「俺は大人なんだよ」
ユーリがすぐに言い返す。
「俺も大人ですよ!」
笑いが戻った。
普通の酒場。
普通の夜。
その中に、今はグレンもいる。
前の仲間を守れなかった記憶が消えることはない。
それでも今度は、新しい仲間がいる。
そして第7小隊の4人は、グレン1人に守られるつもりなどなかった。
お読みいただきありがとうございます。
「俺の後ろにいれば大丈夫」
そう言われ続けたグレン。
それでも最後に守れたのは――
自分1人だけでした。
だから彼は、今も大きな盾を持っています。
でも今度の仲間たちは、
グレンだけに守られるつもりはありません。




