〇「マッド・キッチン」の産声〜メイラード反応は爆発だ!〜
「ブモォォォォッ!!」
厄災猪が突進してくる。
「アッシュって言ったわね! あんた、やけに鼻が利くみたいじゃない! あいつの『胆嚢』の位置を教えて!」
「はぁ!?」
「イノシシを解体する時、一番やっちゃいけないのは『苦玉』を潰すことよ! あの中の胆汁が肉に漏れたら、苦くて一生食べられなくなるの!」
マジ狂っている。こいつ、こんなデカい魔物との戦闘中に解体の手順を考えてやがる!
だが、逃げ場はない。
俺は自暴自棄になって、過敏な嗅覚と解剖学の知識をフル回転させた。
「右腹だ! 右の前足の付け根から30センチ後ろ! そこに強烈な消化酵素の塊がある!」
「上出来! そこを避けて捌く!」
リズがイノシシの突進を鍋蓋で受け流し、刃渡り1メートルの中華包丁を一閃させる。
見事な一撃で、イノシシの硬い外皮が切り裂かれた。
「でも、ダメだ! 肉の中にヤバめの寄生虫が うじゃうじゃいるに決まっている!」
「生食はしないわ! 豚肉の寄生虫は、中心温度が71℃を超えれば死滅する! そこの防護服の女! 火を出しなさい!」
リズに怒鳴られ、シルヴィがビクッと肩を震わせた。
「ひ、火!? でも私、除菌しか……」
「なら『乾熱滅菌』しなさい! 表面の皮がパリパリに弾けるくらい、高温の熱風を当てるのよ! 皮付きローストポークの極意は、クリスピーな皮の食感なの!」
「わ、わかったわ!えいっ!!」
シルヴィの杖から、超乾燥した熱風が放たれる。
イノシシの表面のヘドロが蒸発し、分厚い皮がパチパチと音を立てて黄金色に焼き上がっていく。
「火力が足りないわ! 中まで火を通すには、もっと強烈な熱源が必要よ!」
リズが叫んだその時。
背後のガレージから、轟音が鳴り響いた。
「お待たせ! 最高のコンロ、用意したからそのデカいのやっつけようぜ!」
ジョーカーが、軍用の大型六輪トラックを運転して壁をぶち破ってきた。
その後部には、むき出しの巨大なプラズマ・エンジンが搭載されている。
「こいつの試作エンジンの排熱機構をハッキングして、リミッターを解除した! 排気口から2000℃の熱風が出るぜ!」
「最高よ、ピエロ! その調理器具、使わせてもらうわっ!」
リズはトラックの荷台に跳躍し、物理法則や人体の限界を完全にガン無視して、飛びかかってきたダンプカーサイズの厄災猪を鍋蓋で受け止めた。
(……いやいや待って、運動量保存や作用反作用の法則はどうした! ていうかお前の腕の骨と関節は特殊合金か何かなのっ!?鍋蓋の衝撃吸収も全くおかしいぞ)
そして、ジョーカーがエンジンの排熱を全開にする。
ゴォォォォォォッ!!
プラズマ排熱の超高温が、イノシシの巨体を包み込む。
メイラード反応が爆発的に進み、アミノ酸と糖が結合して、香ばしいカラメルのような香りが廃墟全体に充満した。
エブロン美女が細長いピックをイノシシにぷっ刺し、さらにそのピックを唇の下に当てて肉の中心温度を確認していく。
「中心温度71℃突破。寄生虫完全死滅。」
「いやいやなんでそんな正確にわかるんだよ」
「それに待てバカ、71℃で死ぬのは旋毛虫などの寄生虫だけだ! 野生のイノシシにはE型肝炎ウイルスとカンピロバクターがいる! 厚生労働省のジビエ加熱基準は『中心温度75℃で1分』だ! もう少し炙れぇぇ!」
「チッ、うるさいわね学級委員長! 75℃まで上げたら肉が硬くなっちゃうじゃない! 防護服! 表面のウイルスだけ追加で焼き切って!」
「もぉぉぉ! 注文が多いのよぉぉ!」
「トドメよ! 『解体・乱れ包丁』ッ!!」
リズの包丁が閃き、空中で巨大なローストポークが、美しく均等な厚さにスライスされていく。
それが、ドサドサとトラックの荷台(後の厨房)へと降り注いだ。




