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〇「最後の晩餐(ラスト・サパー)」結成 ! (※脳はパーティ―参入を拒絶しましたが、胃袋が寝返りました)

 

 戦闘終了後。

 俺たちは、トラックの荷台で車座になっていた。

 目の前には、外側はプラズマで香ばしく炙られ、中は肉汁で信じられないほどジューシーに輝く「厄災猪カラミティ・ボアの極厚・炙りタタキ」が山積みにされている。


「……食えるのか、これ」

「中心まで完全に火を通したわ。……食べてみて」


 リズが、血と脂にまみれた美しい顔で笑う。

 俺は恐る恐る、一切れを口に運んだ。


「…………ッ!」


 美味い。

 なんだこれは。ドッグフードとカビの生えた乾パンしか食べてこなかった俺の舌に、強烈な獣の脂の甘みと、完璧な塩梅の塩味が突き刺さる。プラズマで炙られた表面の香ばしさが、噛むほどに旨味を引き立てていた。

 気がつけば、俺はボロボロと涙を流しながら肉を貪っていた。

 食中毒の危険がない、本物の「料理」を食べたのは、大融解以来初めてだった。


「美味しい……。嘘、美味しい……!」

 シルヴィも、防護服のマスクを半分だけ開けて、肉を頬張っていた。

「私の”滅菌処理”のおかげで、雑菌ゼロよ! こんなに安心できる食べ物、シェルターで食べていたチューブ食以外で初めて……!」


「ひゃはぁっ! こりゃ最高だねぇ!」

 ジョーカーは肉を丸かじりしながら、大笑いしている。

「世界中の防衛システムを作ってた頃より、今、このポンコツトラックのエンジンを弄って肉を焼いてる時の方が、100倍生きてるって感じがするぜ!」


 ただの獣肉の塊が、完璧な火入れによって極上のごちそうに変わった。

 俺たちが夢中で肉を平らげた直後、リズが「はい、これを飲んで」と、欠けた湯呑みを三つ差し出してきた。

 中に入っていたのは、廃墟の片隅に生えていた名もなき野草を炙って煮出した、ただの「熱いお茶」だった。


「お茶? 肉の後に?」

 俺は訝しみながらも、脂まみれの口にその熱い茶を流し込んだ。

 その渋みが、喉の奥へとスッと流れ込んだ瞬間。


「…………あ」

 俺は、雷に打たれたように目を見開いた。

 ただの渋い野草茶が、信じられないほど甘く、深く、そして静かに五臓六腑へと染み渡っていったのだ。

 極上の肉の強烈な脂と塩味が、この一杯の粗末なお茶の輪郭を、何百倍にも引き立たせている。

 荒ぶり、歓喜していた胃袋と脳の興奮が、魔法のようにスッと凪いでいく。


「……美味ぇ。なんだこれ、ただの草のお湯割りが、今まで飲んだどんな飲み物より美味く感じる……」

 俺が呆然と呟くと、リズは愛用の中華包丁を布で優しく拭いながら、月明かりの下で静かに微笑んだ。


「懐石――本来の『茶事』の料理はね、シェフが腕前をひけらかすためのものじゃないの」

「え……?」

「客の舌と胃袋、そして心を完璧に整え……その後に点てられる『一服のお茶』を、この世で最も美味しく、奇跡のように味わってもらうためだけに存在するの。それが和食における、究極の『おもてなし』よ」


 リズの言葉に、場が静まり返った。

 大融解で全てが溶け落ちたこの絶望の世界で、彼女(リズ)はただ腹を満たす餌ではなく、人間の魂を救済する『おもてなし』をやろうとしているのだ。


「この世界は不潔で、残酷で、クソみたいに理不尽よ。……でも、もし私たちが最高のコース料理を完食して、最後に極上のお茶を飲めたなら。その瞬間だけは、この世界も案外悪くないって思えるはずでしょ?」

 バラバラだった4人のイカれた生存者たちが、一枚の肉と茶を通じて、初めて一つになった瞬間だった。

 リズが、中華包丁をトラックの床に突き立てた。


「決めたわ。いつか、最高の食材で究極の懐石コースを完成させた時……あなたたちに、この世で一番美味い『本物の一服』を点ててあげる。だから、それまで私の調理ばんさんに付き合いなさい。そして私が最高の懐石コース料理を完成させるには、あんたたちの力が必要よ」

 リズは俺たちを一人ずつ指差した。


「化学分析と危機管理、それにツッコミ担当の、アッシュ! 絶対滅菌と火力担当の、シルヴィ! 車両管理とトラップ解除担当の、ジョーカー!」


「誰がやるか! 俺は逃げるぞ。だいたい何がツッコミ担当だ!」

「私、バイ菌だらけの冒険なんて嫌よ!」

「俺?安い仕事やタダ働きはしないぜ?」

 オレたちの猛反発を、リズは悪魔と肉食獣をミキサーしたような信じられないくらい美しい微笑みで一蹴した。


「いいえ、やるわ。だってあんたたち、もう私の料理なしじゃ生きられない体になったでしょ?」

「うっ」

「いっ」

「ひゃはぁっ!」


 胃袋を完全に掴まれた俺たちが言葉に詰まっていると、ジョーカーがニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してきた。

「ヘイヘイ頼むぜ『ボス』!俺が派手に花火を打ち上げるから、逃げ道の確保とツッコミは任せたぜ」

「だから俺をボスって呼ぶな! このパーティーの絶対的権力者はどう見てもあっちの包丁女リズだろ!」

「違いねえ。リズはこの狂ったサーカス団の『団長オーナー』 さ。でもな……」


 ジョーカーはピエロメイクの奥の目を少しだけ細め、肩をすくめた。

料理長リズは食材としか対話できねえし、聖女様(シルヴィ)はバイ菌としかお喋りできない。俺の極上のジョーク(やらかし)に、真っ当な人間として『やめろ!』『バカか!』って最高のリアクションを返してくれるのは、アンタだけさ」


「……は?」

道化師ピエロには、猛獣使いの 『ボス』 が必要不可欠ってことさ。それに、狂ったベンチャー企業で、現場で泥水すすってトップと不良社員のケツ拭きをさせられるのは、いつだって『中間管理職』の役目だろ? 元・公務員のお兄さん」

「……その過労死ポジションは止めろ。元エリート社畜が冷静に俺たち小市民を分析するんじゃねぇ」

 俺が深いため息をつくと、ジョーカーは腹を抱えて大爆笑した。


「このトラックは、今日から移動厨房『マッド・キッチン号』よ! そして私たちのパーティー名は……そうね」

 リズが、夜空に浮かぶ割れた月を見上げた。


「世界が終わっても、最後まで美味しくご飯を食べる。……『最後の晩餐ラスト・サパー』よ!」


 こうして、

 世界で一番騒がしく、

 世界で一番美味いものを食う、

 大暴走グルメハンターたちの旅が始まったのだ。


 ……俺の胃薬のストックが、ついにゼロになった記念すべき日でもあった。


【第0章完】

【第一部 マッド懐石コース 完】


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